突入
大統領官邸に続く道は片側二車線の先には官邸しかないため、普段は車もそう通らない。
その道を何台もの軍用車両が走り抜けていく。
官邸に備え付けられた監視カメラは、その姿を捉えており、官邸の正面玄関が慌てて閉じられると、警備の警官二人が立ちはだかって、直進してくる軍用車両に「止まれ!」と叫び続けている。
が、軍用車両は速度を落とす気配も無く、近づいてくる。
チキンゲームじゃない。
降りるのは自分たちしかない。
警官たちがそう悟り、軍用車両を寸前のところでかわした。
軍用車両はその頑丈さと重量、速度で、官邸の正面玄関を破壊して、先頭車両がその先に侵入すると、次々に後続の軍用車両が侵入してきた。
軍用車両は停車すると、銃を構えた兵士たちが続々と降りてきて、官邸に向かって戦闘態勢をとった。
とは言っても、超人が出てくることを想定すれば、銃はほとんど役に立たない。
主力は兵士たちの一角に集結している柏木たちになる。
それに対して、迎え撃つべく、官邸から出てきたのは、二十名足らずの男たちだった。
銃を構えた兵士たちを前にも、悠然としているところから言って、大橋に教えられたとおりの男の超人たちのはず。
「行くわよ」
柏木の声に、少女たちが頷いた次の瞬間、少女たちの姿は無かった。
そして、男たちの姿も無かった。
超人たちの激突。
その姿を視認できたのは、官邸前の庭のほぼ中央辺りだった。
少女たちはチームを組んでいた。
チームで一人の男の超人と相対する事で、個人の戦闘力の不足を補う作戦だ。
とは言え、力の差を埋めるのは容易ではなく、乱戦はどちら優位とも言えない状況に陥っているようで、地面に突っ伏し、動けなくなった超人はまだ一人としていない。
辺りを取り囲む兵士たち。
手助けをしたくても、役に立つはずもない。
その虚しさに歯噛みしながら、少女たちを心の中で応援していた。
そんな激戦の中、男に殴り飛ばされ、地面に転がった伊藤が立ち上がりながら、言った。
「このままでは消耗戦にしかならない。
使うしかないか」
伊藤がポケットから、ペン状の物を取り出すと、それを手に男の超人たちに向かって行く。
別の少女との戦いに集中している男の背中に、そのペン先を突き立てた。
「なんだ?」
男が背中に何かが接触した事を感じ、振り返ろうとしてそのまま崩れ去った。
地面に横たわり、動かない男の超人の姿に、取り巻く兵士たちが歓声を上げた。
「うぉー」
その歓声に柏木たちは一人の超人を倒した事を悟ったが、兵士たちも、柏木たちも、そこにあの武器が使われた事には気付いていなかった。
しばらくして、再び歓声が起き、地面に横たわる男の超人が一体増えた。
勢いづく柏木たち。
一体、また一体、増えて行く男の超人たちの死体。
その不自然さに気付いた柏木が、戦列を離脱した。
数的な優位さは、戦いの始めよりも大きくなったとは言え、まだ完勝できるほどの差にはなっておらず、乱戦状態に変わりはなかった。
そんな中、伊藤の不自然な行動が目に留まった。
仲間の少女たちに自由を奪われた男の超人に近づくと、脇腹に何かを突き立てたように見えた。
その直後、男は崩れ去った。
柏木が伊藤に素早く近づき、その右手を掴みあげた。
「えっ?」
伊藤が驚いた表情で、柏木を見た。
伊藤の右手に握られているのは、あのペン状の武器だった。
「何をしてるの?」
柏木が怒りの視線で、伊藤を詰問した。
「だって、このままでは私たちは勝てない」
「あなた、これが何だか分かっているの?」
「私たち超人を倒すために、何者かが造った兵器」
「そうよ。
それで、私たちの仲間が殺されているのよ。
それをどうして、あなたが使っているの?」
「所長が保管していたものです。
いざとなったらと言われて、持っていました」
「所長が?」
柏木の言葉に、伊藤が頷いた。
「だとしても、私はその武器を使う事には抵抗感があるわ」
「だから、所長は柏木さんにではなく、私にこれを渡したんだと思います」
柏木が辺りに視線を向けた。
ぼろぼろになりながら、戦い続けている少女たち。
数では優位でも、勝利の確信は得られる状況ではない。
お互い消耗戦。
「分かったわ。
あなたは、あなたのミッションを行えばいい」
そう言って、柏木は掴んでいた伊藤の右手を離すと、戦いの場に戻って行った。
超人同士の激突が続く正面の混乱に乗じ、聡史と二人の少女が官邸の中に忍び込んでいた。
軍から提供された官邸内部の図面には監視カメラの位置と向きまで描かれていた。
内部の者達はそれぞれの持ち場に籠っており、廊下を歩く人など一人もいない。
超人たちは監視カメラに映るエリアを高速で移動しながら、その奥深く侵入し、杉本と真の奪還に成功していた。
そんな五人が官邸正面に戻ってきた時、超人たちの戦いの決着がちょうどついた。
兵士たちから沸き起こる喊声。
そこに芝があったとは面影も無い、えぐれた地面の上に横たわる男の超人たち。
荒い息をつき、ふらふらの少女たち。
戦いは少女たちの勝利に終わったらしい。
「まじで?」
その光景を前にした聡史の第一声だった。
数では勝っていても、男の超人たちを相手に勝利できるとは思ってもいなかった。
「いやあ。よくやってくれた」
そう言って、進み出てきたのは大橋だった。
「杉本さん、あなたを捕らえた副大統領を、今度はあなたが捕えてください」
杉本に向けられた大橋の言葉に、杉本が頷いた。
それを合図に官邸に駆け込んで行った兵士たちは副大統領を捕えるべく、官邸に乗り込んでいった。
官邸建物に向う多くの兵士たちの流れに逆らうように、聡史は真を連れて、軍用車両の前に立つ桐谷たちを目指していた。
「真。大丈夫だった?
怪我は無い?」
駆け寄る理保に、真は一瞬にこりとしたかと思うと、すぐに表情は険しいものになった。
「大丈夫。
でも、どうして、こんなところにいるんだ!」
「だって」
そんな二人のやりとりを見つめていた柏木の耳に、大橋の声が聞こえてきた。
「あれを返しなさい」
振り向くと、伊藤が大橋にあのペン状のものを隠すようにしながら、渡していた。
伊藤の言葉通り、所長の指示だったらしい。
自分たちにとっては、憎むべきもの。
でも、所長は副大統領側の戦力を正しく把握していて、それに頼らなければならない事を冷静に判断したに違いない。
きっと、所長自身にとっても、苦渋の選択だったはず。
そう思い、柏木が一人小さく頷いた時、副大統領が官邸から連れ出されてきた。
両脇をがしっと捕まえている二人の兵士を振りほどこうと、体をよじって足掻く副大統領はわめいていた。
「離せ、離せ、離せ!」
「往生際が悪すぎますぞ」
杉本が副大統領に向かって一喝した。
一瞬動きを止め、声の方向に副大統領が目を向けた。が、近くに大橋がいる事に気づき、大声を上げた。
「大橋、きっさまぁ」
「あなたの悪行もこれまでですよ」
大橋は副大統領とは対照的に、落ち着いた声で言った。
「よくも裏切ったな」
「私は彼女たちを助けたかっただけですよ」
そのとおり。
柏木が所長の言葉に、心の中で頷いた。
「嘘をつくな。
この裏切り者が」
「そもそもあなたが最初に私を裏切ったんじゃないか」
えっ?
どう言う展開?
最初に裏切った?
柏木が所長の言葉の意味を考えようとした時、所長の手にピストルが握られている事に気付いた。
銃口が向けられた先、それは副大統領だった。
嘘っ!
殺っちゃうの?
そう思った時の事だった。
銃口から銃弾と火花が飛び出した。
超人の能力を覚醒している柏木には、スローモーションに見える光景。
止めに行くこともできる。
殺していいのか?
どうしてここで殺しちゃうのか?
葛藤している間に、動いたのは聡史だった。
銃弾の先に回り、銃弾を叩き落すと、銃弾が地面を穿った。
「なぜ、今ここで、こいつを殺す必要がある?」
聡史の言葉が轟いた。
多くの兵たちは一瞬躊躇した後、聡史に銃口を向けた。
敵は副大統領。
それをかばう聡史も敵の可能性ありとの判断だった。
「何をする」
所長に代わって、聡史を一喝したのは杉本だった。
「こいつから、全てを聞き出すべきだろ?
それをここで殺そうなんて、変じゃないか?」
その言葉に柏木たちの視線が、所長に向かった。
柏木にちらりと視線を向けた後、所長が聡史に言った。
「君も超人だったのか。
なるほどね。
小鳥遊君が故意に無くしたとしか思えない超人のためのウィルスの在り処に、知らぬ存ぜぬを通した理由はこれか」
「所長。
彼は大けがをして、それを治療する目的だったらしいんです。
許してください。
それに、大統領がされようとしていたように、私たちが超人から普通の人間に戻る時に、彼も普通の人間に戻りますから」
柏木が所長にそう訴えて、頭を下げた。
「なるほど。
まあ、君たちが人間に戻ろうと、戻るまいと関係ない事だが」
「はい?」
突き放したような言い方に、訳が分からず柏木が頭を上げて、所長を見つめた。
所長は一人歩み出て、一番近くに転がる男の超人の遺体の所に向かった。
何が起ころうとしているのか?
みなの視線が所長に注がれる中、転がる遺体の前で向きを反転させて、柏木たちに向き合った。
遺体を踏みつけながら、両手を上げると、所長は叫んだ。
「邪魔者はいなくなった。
これで、全ては私の物だ。
ふはははは」
不気味に轟く所長の笑い声。
「見ろ。言っただろ。
こいつは嘘つきだ」
必死にわめくように言ったのは副大統領だった。
自分が悪い訳ではない。こいつが悪いと、必死の形相である。
「どう言う事だ?」
杉本が一喝した。
「教えてあげよう。
私は誰も信じちゃいない。
信じているのは自分の力のみ」
柏木が意味を理解できず、正確には、言葉の直接の意味を信じたくなくて、別の解を探し求めて、首をかしげている。
「その子たちが裏切った場合に備えて、こいつらを用意していたんだ」
所長は転がる男の超人たちの遺体を、右手の人差し指で指しながら言った。
そして、その指先を副大統領に向けた。
「ところが、そいつはこいつらを手なずけて、俺に反逆を企てた。
いくら俺だって、この数の超人たちを相手にして勝てる見込みはない。
だから、お前たちを使ったんだよ」
そう言って、今度はつきだした人差し指で、少女たちを指した。
少女たちは所長の言葉を信じきれず、お互い顔を見合わせている。
「お前たちはもう用済みなんだよ。
人間に戻ろうと関係ない。
だがな、俺は俺を裏切った者を許しはしない」
そう言ったかと思うと、所長はさっき伊藤から受け取ったペン状のものを取り出した。
「さて、誰から始末してやろうか」
ペン状の物を握りしめた右手を突き出して、獲物を定めようとするかのように、ゆっくりと少女たちの居場所に向けて行く。
「止めろ!」
叫んで、聡史が所長の腕を掴んで、そのペン先を誰もいない空に向けた。
「何のつもりだ。
まあ、いい。君は生かしておいてやるよ。
小鳥遊君はこれからも、私のために働いてもらわなければならない。
君を捕まえておけば、小鳥遊君は俺を二度と裏切らないだろうからな」
そう言ってにやりとしたかと思うと、次の瞬間、聡史の鳩尾に所長の左の拳が食い込んでいた。
「ぐはっ」
呻いて力が緩んだ瞬間、所長は聡史の腕を振り払っていた。
「お前も超人だったのか」
聡史の言葉に、所長は不敵な笑みを浮かべた。
「残念。
お前たちとは超人のレベルが違う。
言っただろ。俺は自分の力しか信じないと」
所長がゆっくりと辺りを見渡しながら、にやりとした。
「小鳥遊姉弟以外は皆殺しだ。
さあ、ショータイムの始まりだ!」
所長が両手を上げて叫んだ。




