狙われた結希
クラスメートたちの目の前で、結希に告った白石に影響されたと言う面もあるだろうし、その時の真の反応から、真が結希に特別な想いを抱いている訳じゃないと言う確信を得たと言うのもあるだろうが、由依は真に積極的に自分の想いを伝える気持ちになり始めていた。
その手始めが、結希の家の中での真への急襲である。
結希の家近くのバス停で降りた結希と由依が、民家と田んぼが並ぶ小さな道を話をしながら進んでいく。
「いやあ、久しぶりだね。
結希ん家行くの」
好きな男子に学校で会うのと、その子の家で会うのでは全く気持ちの昂ぶりが違うのだが、真と会うと言うのはそれ以上に由依をわくわくさせている。何しろ真が結希の家で暮らしている事は秘密であって、他の女子ではあり得ないイベントなのだから。
それだけに、意識していないつもりでも、由依の声はいつになく弾んでいて、付き合いの長い結希は当然のように、それを感じ取っていた。
「由依。残念だけど、しばらく真は来ないわよ」
浮かれている由依に少し意地悪い事を言いたくなった結希がそう言ったが、由依は結希のそんな気持ちは感じることなく、にこりとして返した。
「分かっているよ。あのバスに乗っていなかったんだもん。次のバスが来るまでの一時間は帰って来ないってことでしょ」
「そう。そう言う事です。よくできました」
意地悪したくなった自分を隠したくなったのか、結希は茶化し気味に言うと、それからは真の事ではなく、何気ない想いで話に話題を変えた。
結希の家につながる道は普段から人気もなく、通り過ぎる車も少ない。当然、不法駐車なんて車も滅多にお目にかからないのに、今日は他府県ナンバーの車が一台止まっていて、結希はそこに一瞬だけ意識を向けたが、この通りの普段の事を知らない由依は全く気にも止めていなかった。
その車を通り過ぎ、二人が結希の家の門扉にたどり着こうかと言う時だった。道の向こうから猛スピードでやって来る大型のワンボックスが由依たちの目に入った。
スピードから言って、危険すぎる車。そこまでは由依も結希も認識し、極力路肩に寄って、車をやり過ごそうとしたのだが、予想外な事に、その車は二人に近づくと急ブレーキをかけて停車した。危機意識が高ければ、もっと警戒したかも知れない。でも、まだその車に乗っている者たちが、自分たちに害意を持っているとは信じ切れていなかった。
二人が立ち止まって見つめていた車のドアが開くと、二人の男たちが飛び出して駆け寄って来た。その視線の先、目標は結希だった。
結希は逃げる間もなく、二人の男にその腕をがしっと掴まれたかと思うと、そのまま口を塞がれ、車に向かって引きずられ始めた。
結希はもちろん、由依もとんでもない事に巻き込まれている事に気づいたが、打つ手が思いつかず、結希はそのまま車に押し込められようとしている。
押し込められるのを避けようと抵抗する結希の腕から、緑色のカエルのマスコットが付いた結希のスクールバッグが転がった光景が影響したと言う訳ではないだろうが、由依の思考回路が動きを取り戻した。
「きゃぁぁぁ、助けて!」
由依が叫んだ。
「うるさい!」
男の一人が由依を怒鳴りつけ、空いている足で由依を蹴ると、由依は壁に叩きつけられた。
「お前たち何している!」
そんな声に、由依が目を向けると、さっき通り過ぎた車から降りてきたのであろう二人の男が駆けつけてくれていた。
「助けて!」
由依がその男たちに叫んだ頃、結希の体の大半は車のシートの上で、車の外に残っているのはハイソックスをはいた結希の両足だけだった。
間に合わないかも知れない。そう感じた由依が、結希を車の中にさらに押し込もうとしている男の背後を振りまわしたスクールバッグで襲った。
教科書とノートで満たされたスクールバッグの重さはそれなりにある。しかも、角張った教科書の隅のが当たれば、その攻撃力は決してなめたものじゃない。
「痛ぇぇぇ!」
男が声を上げて怯んだ。
「結希、早く!」
由依が怯んだ男の横から結希を掴んで、引きずり出そうとする。
「こいつ!」
由依に鞄で殴られた男が由依に怒声を上げ、由依に向けて右の拳を振り上げた時、その車の運転席に座るもう一人の仲間の声がした。
「間に合わない。
逃げるぞ。乗れ!」
その声に、男は押し込もうとしていた結希を今度は逆に押しのけて、車の中に乗り込もうとしたため、由依が結希を車の外に連れ出した。
よかった。
由依がそう思った瞬間、車は発進しながらドアを閉じ、駆けつけて来ていた男たちに向かって走り出した。前に立ちはだかっても、止まらないぞ! 的な加速に駆けつけて来ていた男たちも車を停車させる事を諦め、その車を見送るしかなかった。
「大丈夫か?」
「ありがとうございました」
声をかけてきた男たちに、頭を下げる由依の横で、結希の動揺は激しく、地面に座り込んでいた。
「なら、俺たちはこれで」
「あの……」
二人に背を向け、自分たちの車に戻ってく男たちに、由依は名前を聞こうとしたが、騒ぎで家を飛び出してきていた人々に取り囲まれてしまい、それは諦めるしかなかった。
「結希ちゃん、大丈夫だったの?」
「何があったの?」
「あの人たちは誰なの?」
「どこもけがは無い?」
矢継ぎ早の質問を受けている内に、由依たちを救ってくれた男たちの車も姿を消した。
「あ、あ、あのう。
結希ちゃんを家に連れて行きたいので、では、これで」
由依はそう言うと、座り込んでいる結希を立ち上がらせ、やじ馬たちを掻き分けて、結希の家を目指した。
結局、この事件は警察もやって来て、田舎の地方都市としては大きな騒ぎとなった。
そして、由依は結希の家で真に会えはしたものの、甘い会話なども交わせない、ぴりぴりした緊張感漂う中で、実務的な会話しかできない結果となった。
その事件の直後、結希たちの知らないところでは、ある男がこの事で怒鳴られていた。
「高山ぁぁ。
そんな報告をしに来たのか!
なぜ、そこで手を出した!
なぜ、男たちを逃した!
よく考えてみろ!」
高山を怒鳴りつけている松下が視線を部屋の片隅に佇んでいる杉本に移した。高山への怒りが収まらないのか、杉本に向けられた視線にも、怒りが宿ったままであった。
「杉本くんなら、どうした?」
「小田の孫娘を狙った奴らの狙いは、我々と同じで、あの技術の奪取の確率が高いと推察します。
と、すればその相手の背後にいるのは、鋼鬼を作り出した者たちかと。
その者たちを監視下におくか、捕まえるかすれば、その背後にたどり着く事ができたでしょう」
「そう言う事だ。
みすみすチャンスを逃したんだ。
きっと、奴らは小田の周辺に再び姿を現すはずだ。
それを逃さないよう、下の者に言っておけ!」
「はい」
高山は深々と頭を下げながら、大統領にそう答えると、部屋を後にした。