反逆の始まり
チャイムが鳴ってほどなく柏木が岡田兄の前に現れた。
「岡田先輩。急なお話って、何でしょうか?」
柏木は一度岡田兄に視線を合わせたかと思うと、すぐに視線を逸らし、振り子のように視線を定められずにいた。
しかも、少し俯き加減で、下腹部の当たりで両手を結んで、そわそわした感じだった。
「まだ何も、政府から連絡は来ていない?」
「はい?」
予想外の言葉に、驚いた表情で柏木が岡田兄を見上げた。
「大統領が暗殺された」
「えっ?
そんな。じゃあ、警護についていた鳥居さんは」
柏木の視線が定まらず、おろおろ感満載であるのとは対照的に、貴明は落ち着いた表情で、ゆっくり柏木にたずねた。
「今日の護衛の担当が鳥居さんなのか?」
柏木が頷いた。
「どんな人?
確か梶原先生が、その名を言っていたが」
「はい。
超人だと言うのを隠して、私に敵対する態度で、私に反感を持つ人たちの情報を探ってました。
今はばれたので、超人としての任務に就いています。
なんですけど、心配です。」
「心配は君たちの方だ」
「どう言う事です?」
「君に敵対しているふりをしている内に、本当に敵対する気になったのかも知れない」
「そんな事はありえません」
柏木が激しく首を横に振った。
鳥居を絶対的に信用しているからと言うより、今の動揺している感情が柏木の動作をオーバー気味にしているだけと、岡田兄は感じていた。
「時間がないので、そんな事の論争をしている時間はない。
きっと、君たちには招集がかかる。
どこかの場所に集まれと」
「じゃあ、みんなにその準備をさせておかないと」
「待ちなさい」
身をひるがえして、自分の前を離れて行きそうな勢いの柏木の腕を持って、岡田兄が引き留めた。
「あっ」
柏木の動きが止まった。
「あ、あ、あのぅ」
岡田兄の胸の辺りに視線をさ迷わせながら、柏木が言った。
「これは君たちが超人を無くそうとした事への妨害行動だ」
「えっ?」
柏木が驚きの声を上げて、今度は視線を岡田兄に向けた。
だが、その視線の焦点は岡田兄に向いていると言うより、どこにも合っていなかった。
柏木が頭の中では、視界に捉えられる情報ではなく、岡田兄が発した言葉の意味とその可能性、その背景を考察する処理で満たされていた。
大統領を暗殺する理由。
その理由を背景に、実行できる勢力。
柏木が一つの仮定にたどりついた。
とは言え、その仮定が正しいかどうかは判断できない。
「いいか」
迷っている柏木の頭の中に、岡田兄の言葉が届いた。
他の人の声なら届かなくても、岡田兄の声なら、どんな時にでも届くように柏木の頭の中はできていた。
視線の焦点を岡田兄に合わせると、真剣な表情で、岡田兄が話し始めた。
「君たちの採れる選択肢は3つ。
一つは政府の指示に従う。
この場合、君たちを待っているのは処罰だ」
「そんな」
疑いを含むような言葉とは裏腹に、柏木の表情には落胆の色合いが濃くにじんでいた。
「二つ目は、今から自分たちだけで逃げる。
三つ目は俺を信じる事だ」
「えっ?」
三つ目の選択肢は柏木にとって予想外だったようで、驚きで目を点にしていた。
「信じた場合、どうすればいいんですか?」
「みんなを連れて、二日間、ある場所に身を潜めて欲しい。
当然、スマホとかは持って行くな」
「ある場所に二日間?
その後は?」
「おそらく、政府は君たちをすぐにでも捕えたいはず。
戦力が十分だったら、大統領暗殺と同時に動いてもおかしくないはずだが、君たちを相手に力でねじ伏せるほどの戦力がない。
だから、君たちを自主的にどこかにすぐに集めて、わなにかけて処罰しようと考えているはずだ。
それを避けるために、逃げて、身を隠す。
とは言え、君たちの中に、政府に通じる者がいないとは限らない」
岡田兄はそれだけ言って、柏木を見つめた。
「分かりました。
私たちを信用できるかどうかを見極めるために、時間が必要。
それは二日もあれば十分。
そう言う事ですね」
「俺としても、君たちをかくまってもらう人を危険な目に遭わせられない。
で、どうする?」
柏木が返事をしようかと口を開きかけた時、柏木のスマホが鳴った。
「大橋所長」
そう表示されているのを確認すると、岡田兄に差し出して見せながら、頷いた。
政府側からの連絡。
そう態度で示しながら、柏木は電話に出た。
「はい。柏木です」
視線を貴明に向けると、じっと見つめながら、電話に相槌を打って行った。
「承知しました。
では、全員でうかがいます」
柏木が電話を切った。
「岡田先輩の言ったとおりの内容でした。
このまま命令を無視すれば、私たちは正真正銘の反逆者になります。
ですけど、これまでの事を考えると、政府側は何かを隠しています。
そして」
この段階で、全員を組織の研究所に召集する理由。
論理的な理由は見つけられない。
頭の中に浮かんでいた仮定。
全ては超人と言う存在を無くすと言う事を許さない者たちの逆襲。
その者たちとは、自分たちが所属する組織。
その仮定が事実に限りなく近づいた気がした。
柏木が何かを吹っ切るかのように、大きく深呼吸して、岡田兄を見つめた。
柏木は決断した。
「私は、先輩を信じますっ」
きっぱり言って、右手を差し出した。
一瞬、戸惑った岡田兄も、右手を差し出した。
「で、どこに身を潜めればいいんですか?」
岡田兄は言葉で返さず、破ったノートを差し出した。
そこには住所と簡単な地図が描かれていた。
この市の山沿いに切り開かれた工業団地。
かつては多くの工場が稼働していたが、今ではその大半が廃工場となっていた。
「分かりました」
「一つ、教えておいてくれないか。
鳥居と言うのは、俺たち兄妹の事を知っているのか?」
「あの梶原先生の事件の時、あの子はあの場にはいなかった」
「じゃあ、君が超人の少女たちを全員引き連れて行けば、あの時の事を知っている君たちの仲間はいないと言う事でいいんだな」
柏木が頷いてみせた。
「ありがとう」
「では」
そう言って、柏木は岡田兄の前から立ち去って行った。
そして、この学校内にいた超人の少女たちは全て姿を消した。




