軌道修正
朝の校庭で起きた惨劇。
警察や治安組織が駆けつけ始めた頃、生徒たちは教室の中で待機させられていた。
超人の少女たちのいない教室に、スピーカーから流れる校長の声が響いていて、聡史たちの教室の教壇には、亡くなった梶原に代わって副担任が黒板を背に、険しい表情で立っていた。
校長の校内放送は、事件の詳細、犠牲者が出てしまった事などをぼんやりとした表現で生徒たちに語り、最後にその日の授業の中止を告げて終了した。
校長の放送が終わり、副担任の指示の下、生徒たちは一斉に下校準備にとりかかると、自然と口をついて、事件の事が出始めた。
さっき終了した放送の中で、校長からは梶原の名前を始め、事件の詳細は語られなかったが、校庭で事件を見ていた生徒たちもいたため、学校から話されなくとも、生徒たちの多くは何が起きたか知っていた。
「やっぱ、あの先生、変だと思ってたんだよな」
「でもさ、超人を倒す武器って、誰が作った訳?」
ざわつく教室の中、聡史が原田に声をかけた。
「なあ、原田」
隣の席の原田に聡史が声をかけても、原田はまるでその声が聞こえていないかのように、振り向くことさえせずに、鞄を持って廊下に向かって歩き始めた。
「超人嫌いだったんじゃね?」
柳が原田の後姿を見つめながら言った。
そのとおりだろう。だから、梶原たちの組織に入っているに違いない。
だが、その理由を聡史は知ってはいない。
「なんで?」
柳がその答えを知っている可能性は低いが、とりあえず聡史はきいてみた。
「そんな個人的な理由まで知る訳ねぇよ。
だけど、超人嫌いな奴って、結構潜んでいると思うぜ。
何しろ、超人たちの被害に遭った奴らはそれなりにいるはずだし、梶原じゃねぇけど、超人と言う存在を疎ましく思っている奴も多いだろうからな。
とにかく、原田本人に聞かなければ分かる訳ないだろ」
「まあ、それはそうだな」
聡史はそう言うと立ち上がって、鞄を手にした。
「なあ、中島、どこで超人の力を手に入れたんだ?」
棚橋が駆け寄ってきて、たずねてきた。
「あん? 色々あってな」
「岡田兄妹と同じか?」
「いや。全然関係ない。って言うか、あの二人がどんな力を持っていて、どこで手に入れたのかなんて、知りやしない」
「そうなんだ」
下校を急ぐ生徒たちの流れの中、そんな会話を交わしながら三人が一階にたどり着いた時、進路を塞ぐように柏木が現れた。
決して友好的な表情ではない厳しい表情で、三人を見つけると近寄ってきた。
「中島君、ちょっといいかな?」
「それは命令ですか?」
「いいえ。クラスメートとして、聞きたい事があってだけど。
でも、拒否するなら、職務権限で同行してもらうけど、どっちがいい?」
「クラスメートとしてで」
「じゃあ、ついて来てくれるかな?」
柏木が聡史たちに背を向けて、歩き始めた。
「悪い。じゃあ」
聡史が柳たちに背を向けて、職員室につながる廊下を進んで行く柏木を追い始めた。廊下の窓から見える校庭の片隅には、警察や治安組織と思われる事後処理をしていた。
柏木は職員室の隣にある生徒指導室の前に立ち止まって、ドアを開けると、その中に入って行った。
そこは10畳ほどの広さの部屋で、片側の壁に沿って本棚が置かれていて、部屋の中央に配置されていたテーブルを囲む椅子の一つに柏木が腰を下ろした。
柏木が、手で合図したので、聡史はその向かいに腰掛けた。
「田辺さんだっけ? あの子はどうなんだ?」
犯人が分かったとは言え、白木たちの事件を引き起こした事に対する自責の念が、無くなってなんかいない聡史は、梶原の手で倒された少女の事が心に引っかかっていた。
「ありがとう。
私たちの研究所に運ばれて行ったわ。まだ治療中のはず。
どうなるかは分からない」
最初に振った話題が悪かったらしく、柏木の表情が曇り、そこまで言った後、黙り込んでしまった。
「俺を呼んだ理由は大体分かるんだけど、何から聞きたい?」
話題を変える意味と、少し沈み気味の雰囲気を変える意味から、明るく聡史が言った。
柏木は大きく息を吸い込んで、聡史を見つめた後、話し始めた。
「そうね。
あなたのその力は何?
私たちと同じだと言うのは本当なの?」
「同じだ」
「どこで手に入れたの?
私たちと同じだと言うなら、テロリストたちの力ではなさそうだけど」
聡史が腕を組んで、一瞬、目を閉じた。
「小鳥遊未来」
聡史は柏木を見つめながら、その名を口にした。
人は誰かの名を聞いた瞬間、ほんの一瞬、その人物に対する感情が表情に出る。
聡史はそう考えて、柏木の表情を観察していた。
その名を聞いた柏木の目が見開いたが、その表情に悪感情は浮かんでいなかった。
政府側に捕えられ、無理やり研究を続けさせられているに違いないが、柏木は未来の敵ではない。
柏木の反応は聡史の予想外の展開となってしまった。
軌道修正が必要かも知れない。
そして、ここに転校してきた時には、考えてもいなかった事だが、柏木に賭けてみる。
聡史はそう決めた。
「あなた、小鳥遊さんにその力をもらったって言うの?」
聡史は黙って頷くと、ポケットからスマホを取り出して、操作を始めた。
柏木はうつむいて、スマホを見つめて操作を続ける聡史に言葉を続けた。
「小鳥遊さんは私たちの生みの親みたいなものなのよ。
攻撃力を増強する遺伝子をつくりだし、元々の超人技術を改良する技術を開発した研究者。
どうして、あなたが知っているの?」
柏木が言い終えた時、聡史がスマホの画面を柏木に向けた。
この国一番のテーマパーク ティモシーランドの雪の女王の城を背景ににこりとした笑顔で写っている一人の女性。
「小鳥遊さん」
柏木がどうして、そんな画像を持っているの? と言う疑問の顔を聡史に向けた。
「俺の姉貴だ」
その言葉に、柏木が目を丸くして、写真の小鳥遊の顔と、聡史の顔に視線を行ったり来たりさせていた。
「似てるね」
「当り前だろ。実の姉貴なんだから」
「じゃあ、どうして、名前が中島なの?
偽名?」
「姉貴が俺の安全のために用意してくれた他人の名前だ」
「中島君、いえ、じゃあ、小鳥遊君の安全のため?」
「だいたい想像ついてるんだと思うけど、俺に超人を造るためのウイルスを使ったからだよ」
「小鳥遊さんがどうして、小鳥遊君にあのウイルスを使ったの?
そもそも、男の人には使えないって聞いてるんだけど」
「男に使えないとか言う話は、俺は詳しくないから知らないが、俺が存在するんだから、そんな事は無いと思う。
姉貴が俺に使った理由だが、テロリストに襲われて、大けがを負った俺を助けるためだったんだ」
そして、ある夜に、この街の東山区の住宅 小鳥遊の家で起きた事件を聡史は語り始めた。




