狂気
「痛っ! 何?」的な表情で、梶原と自分の脇腹に視線を向けたかと思うと、少女は地面に崩れ落ちた。
原田たちは目の前の出来事として、全てを見ていたが、超人の少女たちの多くは背後で起きた事件であり、その少女が崩れ落ちた音に振り向いて、初めて異変を知った。
校庭の地面に崩れ落ちている少女。
さっきまで、元気に戦っていた仲間。
少女の姿が物語っているのは死。白木を始め、これまでに見た事のある姿である。
柳と棚橋は何が起きたのか一瞬分からず、呆然としていたが、とんでもない事が起きた事を悟ると、慌てて梶原から距離をとり始めた。
遠巻きにして事態を見守っていた生徒たちから、悲鳴が上がる中、立ち去り始めていた柏木が、一瞬の内に梶原の数m手前に移動してきた。
柏木に続いて、超人の少女たちが柏木の背後に続々と集結した。
「田辺さん」
超人の少女たちが梶原の前に倒れている少女を一瞬の内に自分たちのところまで、移動させると、その名前を呼びかけた。
ほんのわずか、瞳が動いた気がする。その呼びかけに応じようとしたが、それが精いっぱいなのか、返事を返す事もなかった。
胸に目を向けても、その胸のふくらみに周期的な運動は見えず、呼吸が停止している。
一人の少女が胸に耳を当てた。
しばらくすると、胸から耳を離し、真っ青な顔で涙を流した。
「早く、心臓マッサージに人工呼吸」
柏木は少女たちに指示を出すと、視線を梶原に向けた。
その表情には怒りの表情が浮かんでいる。
超人たちの怒り。普通なら怯むはずだが、梶原はどちらかと言うとへらへらした風な表情だ。
「先生、これは、どう言う事?」
恫喝気味に言った柏木は、梶原の右手に何かが握られている事に気付いた。
それはかつて柏木も閲覧したネット上のホームページに載っていた超人抹殺兵器を思わせる物だった。
「あの情報は本当だったの?」
柏木がつぶやいた。
梶原が右手を挙げ、その物体を自分の顔の横付近に持ってきて、にやりとした。
「これの事かな?」
柏木はその言葉に何も返さず、梶原を睨み付けた。
「白木さんたちを殺したのは先生なんですか?」
「そうだよ」
「じゃあ、あの旧校舎にいた超人は?」
「武勇伝でも語りたかっただけのはったりだろ。
正真正銘、俺がこの手で白木たちをやったんだよ。
俺たち、ただの人間だって、君たちを倒せるんだよ。
君たちは自分たちが最強だと自惚れていたんじゃないかな?
俺たち普通の人間は自分たちより下だと。
そんな下だと思っていた普通の人間に倒されるって、どんな気分だい?
くやしいだろ?
自分の馬鹿さ加減を悔やむだろ?
俺は爽快さ。自分たちを蔑んでいた相手をこの手で倒すんだからね。
もっとも、あの時、逆襲にあって、大怪我を負いはしたがな。
くははははは」
「狂ってる」
原田が言った。梶原の笑い声はそう思わせるに十分に狂気で溢れていた。
笑い続ける梶原を見つめる聡史の目は大きく見開いていた。
白木たちを死に追いやる原因を作ったのは自分。その負い目は心の奥で、聡史を苦しませ続けていた。犯人が分かったところで、自分がやった事の償いにはならない。そんな事、分かっていても、気分は少し楽になる。自分自身に向かっていた怒りを向ける相手を目の前に見つけたのだから。
「ははははは」
聡史が笑い続けている梶原に殴り掛かった。
その前に柏木が立ちはだかり、梶原の数m前で聡史の足を止めた。
梶原に背を向けた状態で、柏木が聡史に言った。
「勝手な真似は許さないわ」
「しかし、こいつは」
「こいつに殺されたあの子たちは私たちの仲間なのよ。
その私が止めなさいと言っているの。
それとも、中島君はあの子たちの誰かの事を好きだったの?」
「いや、そんな事はないが」
「だったら、あなたは部外者よ。
この先生の事にはかかわらないで」
「分かった」
突き刺すような視線を柏木に向けられると、そう言うしかなかった。
聡史が言い終えた時、梶原は静かに忍び寄って来ていた。
さっき聡史が超人の力を使って、離れた位置から梶原に殴り掛かった。
それに気付いて柏木が止めるため、その間に割り込んだ。
柏木が気付いて行動を起こすまでの時間差。
それが梶原との距離が数mと言う場所に柏木を立たせていた。
ぼんやりしていれば、梶原の手が柏木の背後を襲うに十分な距離。
「危ない」
聡史が柏木を突き飛ばし気味にして、梶原の前に割り込んで、忍び寄る梶原の腕を掴んだ。
「きゃっ」
何をするの? 一瞬そんなきつい視線を聡史に向けた柏木だったが、事情を飲み込むと表情を和らげた。
「ありがとう。礼を言っておくわ」
「で、こいつどうする?」
「まだまだ、聞きたい事があるのよね」
そう言って、梶原に視線を向けた。
「本当は自分が殺したのに、どうして白木さんたちを殺したのは岡田先輩たちだって、私たちに言ったの?」
「知りたいか?
いいだろう。
お前たち、あの子を普通以下の子だと思っていたんじゃないのか?」
梶原が岡田兄に抱きかかえられながら、地面にはいつくばって、何かぶつぶつとわめいてる妹に視線を向けながら言った。
「だがな。俺は知ったんだ。
あの子はお前たちなんかより、はるかに強い事を」
柏木たちの顔色が変わった。
柏木だけは梶原から目を離さなかったが、少女たちの何人かは岡田妹に目を向けた。
「さっきのあの子の攻撃は偶然じゃなく、やはり実力?」
柏木がぽそりと言った。
「お前たちを戦わせて、あの子に君たちを抹殺してもらう。
自分たちより下だと思っていた相手に、手も足も出ず倒される。
素晴らしいじゃないか。
当然だと思っていた結果ではなく、予想外の事が起きる。これでなければ、人生つまらんだろ?
そして、最後に勝ち残った、あの子を私がこの手で倒す。
一番弱いと思われていた普通の人間が、超人たちの頂点に立つあの子を倒す。
素晴らしいだろ?
はははははは」
不気味な梶原の笑い声が轟いた。
「だが、思い通りにならなかった」
聡史が強い口調で言った。
「柏木がこんな情けないとは思わなかったよ。
あいつらが白木たちを殺した犯人。その証拠として、あいつらは超人の能力を持っているとまで、言ってやったと言うのに。
白木の敵をとろうとせず、戦いを止めるなんて。
俺としては、この勝負に負けてしまった訳だ。
このまま終わらせても、俺はもう戻れない」
「戻れない?」
柏木が梶原の最後の言葉に反応した。
聡史はその言葉の意味を柏木以上に理解した。
梶原が言う「戻れない」とは、彼が属する組織にであって、原田の梶原に対する言動からいって、二人は仲間である。
が、岡田兄妹は?
聡史の思考が解を見つけようとしている時、梶原が大声を上げた。
「だったら、俺の手で超人をたとえ一人であっても、再び倒して終わらせるしかないだろ」
そして、続いて梶原が発した言葉には力が無かった。
「だが、それが限界だった」
そう言い終えた瞬間、左手をポケットに入れた。
梶原と接近し過ぎていた聡史からは見えなかったが、柏木はその梶原の動きを見逃さなかった。
一瞬、驚いたような表情を浮かべ、柏木が視線を動かした。
「なんだ?」
そう思った瞬間、梶原は力無く崩れ去った。
聡史に掴まれていた右腕だけが高く差し上げられ、その体は力無く重力に身を任せていた。
そして、さっきまでその手に握られていたペン状の兵器も地面に落下し、小さく数回バウンズした。
「これは?」
「左手を探ってみて」
柏木の言葉に、聡史が梶原の左手をポケットから引き出すと、右手に掴まれていた武器と同じものが零れ落ちた。
「自害したのよ」
「自害?」
掴んでいるのが生きた人間の腕から、死んだ人間の腕に変わった。
その恐怖感に包まれた聡史が真っ青な顔で、掴んでいた梶原の腕を離して、数歩後退すると、梶原の体は完全に、地面に突っ伏した。
予想外の出来事で停止していた聡史の思考が、再び動き出した。
「今、俺って、危なかったんじゃねぇのか?」
誰に言うともなく、聡史が言った。
左手に握られていたあの武器が自分に向けられていたら。
そう思うと、死体の腕をつかんでいたのとは別の恐怖が聡史を包んだ。
「大丈夫よ。
中島君に向けられそうだったら、すぐに止めたわよ」
所詮、人間の速度。ポケットから、それが姿を現してからでも、十分間に合う。
だから、柏木はすぐに行動に出なかった。
なるほどと、納得しかけた聡史はもっと深い意味に気づいた。
柏木は梶原が自害する可能性に気づいていたに違いない。
だとしたら、なぜ止めなかったのか?
梶原を死なさせてしまえば、口を割らせることができない。
得られない情報は柏木たちにとって、損失である。
だと言うのに、なぜむざむざ死なせてしまったのか?
梶原への憎しみ。
そんな事と引き換えに、梶原が持っているはずの「組織」の情報を捨て去るのか?
新たな音がした。人が立ち上がる音。
少しは落ち着きを取り戻したのか、岡田妹が兄に抱きかかえられながら立ち上がっていた。
柏木と聡史の視線が二人に向かった。
二人を見つめる寂しげな表情を浮かべた柏木に、聡史は全てを悟った。
梶原は濡れ衣を着せて、柏木たちに岡田兄妹を襲わせた。
梶原は岡田兄妹が超人であると言う事を知っている。
捕えられた梶原は、きっとその事を口にするに違いない。
そして、見知らぬ超人の存在を政府が許す訳がない。
二人を守るため、梶原の自害を防がなかった。そして、もし、梶原があの武器を自分に向けてきていたなら、 梶原を殺して全てを闇に葬ったかも知れない。
きっと、そう言うことだ。
聡史が一人、頷いた。
全てが終わった空間の中、寄り添うようにして、歩き始めた岡田兄妹。
二人が目指そうとしているのは校門。
このまま帰るに違いない。
それに気付いた聡史が二人の下に向かい始めた。
柏木たちも、原田たちも立ち止まったまま聡史の動きを見つめている。
「待ってくれ」
聡史の声に、岡田兄が振り返った。
「俺の話を聞いてくれないか。
頼みたい事がある」
「君も超人だったんだ。
今日の事は感謝している。
でも、悪いが今日はこのまま帰らせてくれ」
岡田兄の言葉に聡史は頷くしかなかった。
岡田兄妹の後姿を見送っていた聡史が、落胆の表情を浮かべて、原田たちの所にやって来た。
「お前、超人だったのか?」
柳は驚きの表情を浮かべている。
「あ、ああ。実はな」
「初めての日、政府側の超人は女の子だけだって話を、嘘だって言ったけど、そう言うことだったのね」
聡史は、原田の視線はどこか冷たい気がした。
「あ、ああ。政府側と同じ能力なんだ、俺」
原田は不機嫌そうな表情で、ぷいと横を向いた。
超人を倒す組織の人間。ある意味、当然の態度かも知れない。
そう思い、聡史が肩をすくめながら、呼びかけた。
「なあ、原田」
「気安く私を呼ばないで」
視線を合わす事もなく、原田はそう言って、校舎に向かって歩き始めた。




