接近
仲間を失った当初は怒りと復讐のオーラを放っていた柏木たちも、さらに秋野と言う仲間を失ったばかりか、逃げた犯人の手掛かりすらつかめないままとあって、怒りは無力感に遷移していた。
他の一般の生徒たちもクラスメートを失った事で悲嘆にくれていたが、日々の時の流れと人として生きていく雑音で、悲しみは次第に薄められていた。
そんなある日の朝の教室だった。
「おはよう」
柏木の声に、視線を向けた生徒たちは、柏木のすぐ斜め後ろに立つ岡田兄妹の姿に気づいた。
「じゃあ、岡田先輩」
柏木の言葉に笑みを浮かべ、岡田兄は軽く手をあげて、一人教室を後にした。
「何、何、何?」
「何があったんですか?」
一人、自分の席を目指して歩く岡田妹の横を女生徒たちが通り過ぎて、柏木の周りに集まり始めた。
「駅からここに来る途中でさ」
柏木は少し照れ気味の表情で、話を始めた。
「私の前を理保ちゃんと岡田先輩が歩いてたの」
「理保ちゃん?」
柏木が岡田妹の事をそう呼んだ事が意外で、みんなの口からそんな言葉が出た。
「そう。でさ」
柏木はみんなの反応には意を介さず、そう言葉を続けた。
「路地から突然スマホを操作していて、前を見ていないチャリがすごいスピードで飛び出してきたの。
そのままだったら、理保ちゃんにぶつかるところだったんで、私が飛び出して、そのチャリを止めたの。
そしたら、岡田先輩に感謝されちゃって」
「そりゃあ、あの人、妹さん大事な人だもんね」
その言葉に柏木は少し表情を曇らせたが、そのまま話を続けた。
「でさぁ。今日は帰りに何か奢らせてくれないかって言われちゃったの。
そんなつもりで飛び出した訳じゃないから、いいって言ったんだけど、ぜひって言われて」
柏木たちの会話を聞いていた聡史が原田に言った。
「あれって、恋する乙女?」
「じゃない?」
「俺もそう思う」
二人の会話に割って入ってきた棚橋に、聡史が少し冷めた目を向けた。
「棚橋。最近さ、よく俺たちのところに来るけど、元々柏木たちと仲よかったじゃんか。
どうしたんだよ?」
「もしかして、柏木さん狙いがうまくいかないからなんじゃね?」
柳も加わって来て、棚橋を茶化した。
「えっ? じゃあ、それって、私狙いっになったって事?
困っちゃったなぁ。
中島君に、柳君だけでも選びきれなかったのに、棚橋君までぇ~」
「いや、それはないから」
「あー。何よ、それ」
原田が棚橋にふくれっ面を作って見せた。
「だったら、私?
私は今フリーだし、考えてもいいよ?」
新たに鳥居が加わり、原田のふくれっ面とは対照的な笑顔で、鳥居が言った。
「いや、それもないし」
「だったら、柏木狙いのままか?」
「でも、それも簡単じゃないよねぇ。
柏木さんの岡田先輩に対する態度って、ちょっと変だったもん」
「だから、恋する乙女だったんだろ」
「はあー。残念だわぁ」
原田のため息に、聡史たちの視線が集中した。
「柏木さんって、かわいいじゃない。そんな子に狙われたら、いくらシスコンのお兄ちゃんだって、おちるんじゃない?
みんなの憧れだったのになぁ」
「おいおい。原田。お前は俺と中島狙いじゃなかったのかよ」
「あ。そうだったね。一応」
聡史たちが柏木をネタにした話で盛り上がる中、当の本人の柏木はクラスメートたちに取り囲まれた中央で、岡田兄妹の話をしていた。
明るく弾む声が聞こえる教室の風景に、少しずつ普段の姿に戻って来ていると聡史は感じていた。
その日の放課後、柏木と岡田兄妹の三人は、駅近くのケーキ屋さんの中で、ティーカップとケーキ皿が並ぶテーブルを挟んで、向かい合っていた。
「さすが柏木さんだ。
本当に助かったよ」
どちらかと言うと、無口な雰囲気さえあった岡田兄が、明るい声と表情を柏木に向けた。
「そんなぁ。人として、当然の事をしたまでですよぅ」
「あそこで、あの自転車が理保にぶつかっていたら、かなりの怪我をしたに違いない」
「あ。そう言えば、理保ちゃんの左腕の怪我、どうなんですか?」
「あ、ああ。そうだね」
岡田兄は、妹のギブスをした左腕の具合に関する明確な返事を避けるため、曖昧な返事をした風だったが、柏木はそう受け取らず、そのまま話を続けた。
「早く、よくなるといいですね」
「ああ。そうだね。
でも、残念だけど、たぶん、ずっとこのままだと思う」
「ええっ! そうなんですか」
予想外の言葉だったようで、柏木は身を乗り出して、叫ぶかのように言った。
そして、その後で、少し恥ずかしさから頬を赤らめ、周囲に目を向けて、辺りの様子をうかがいながら、椅子に腰をおろした。
「私たちのようになれば、すぐに治っちゃうんでしょうけど。
治癒力だけ向上させるなんてのはできないから、理保ちゃんが超人になっちゃうしね」
「できるよ。
超人にならなくても、治るよ」
「そ、そうだね。
私って、変な事言っちゃったかな」
自然治癒力で治る。
さっきの言葉と相反する気がするが、岡田兄の言葉の意味を柏木はそう受け取っていた。
「そもそも。俺たちは超人に襲われた事がある」
突然の岡田兄の言葉に、柏木は驚きの表情で、視線を岡田妹の左手に向けた。
この怪我は超人にやられたものなのだろうか?
だとしたら、超人と言う存在をこの二人は憎んでいる?
柏木がそんな不安に駆られ、真っ赤な顔と震え気味の声で言った。
「ごめんなさい」
嫌な事を思いださせたんじゃないだろうか? と言う気づかいと、自分が超人である事への引け目から、柏木にそのような言葉を吐き出させた。
「何も君が謝る事じゃない」
「あ、あ、ありがとうございます」
柏木がなぜだかお礼の言葉を口にした時、岡田兄の口から、柏木を絶望に追い込むような言葉が吐き出された。
「だが、超人たちを憎む気がない訳じゃない」
その言葉に、柏木が両膝のあたりで、両拳をぎゅっと握りしめた。
「そう言えば、最近テロリスト側の超人二人が殺される事件があったけど、その犯人はうちの生徒だって言う噂があったって聞いたけど」
重苦しくなりかけた雰囲気の中、岡田兄が柏木にたずねた。
その表情は普段のままで、自分に悪い感情は向けられていないと感じた柏木の気持ちが緩んだ。
「はい。
噂で犯人になっていたのは私と同じクラスの女の子だったんです。
でも、本当はご存じだと思いますけど、旧校舎に潜伏していたテロリストの超人の仕業だったみたいです」
「そうなんだ。
でも、どうして、そんな同じクラスの女の子の仕業だって、噂が流れたんだ?」
「ネット上に画像がアップされてたので」
「なるほど。
で、そんな画像があるって、どうやって知ったの?」
あれ? 今、私は尋問されてる?
超人の事がやっぱ嫌いだから、この話に熱が入っているの?
柏木はそんな疑問を抱きながらも、岡田兄の質問を断れず、答えて行った。
そこには、拒否れば、この時間がそこで終わってしまうのではないかと言う、恋する乙女独特の恐怖心が彼女の行動を縛っていた。
片側二車線の道路を挟み込むように、高層ビルが林立している。その道路を走る一台の車の後部座席に桐谷がいた。
「で、どうすればいいの?」
左手にスマホを持って電話をしながら、右手で鞄の中からメモを取り出すと、相槌を打ちながら、メモを取り始めた。
「うん。うん。
分かったわ。
たぶん、何とかできると思うわ。
でも、準備するのに時間がちょっとかかりそうだけど、いいかな?」
桐谷がメモから顔を上げ、赤いテールランプが煌く夜の道路に視線を移した。
「分かったわ。
じゃあ、準備ができたら、連絡するから」
桐谷が電話を切った。
「誰からだったんですか?」
ハンドルを握っている男がたずねた。
「彼からよ」
それだけ言って、桐谷は別のところに電話をかけ始めた。
「杉本中将。
私です。
少し力をお貸しいただきたいのですが。
これも、私の専門分野ではありませんので」
桐谷がそう切り出し、桐谷、杉本中将とハンドルを握る運転手だけの空間で、語られたのは、これからの作戦の準備についてだった。




