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Pandora(改稿版)  作者: あすか@お休み中
第2章:反逆の少女たち
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疑いの矛先

 聡史の高校の生徒たちを包み込んだ恐怖感と悲しみ。それも、時の流れが徐々に生徒たちの心を落ち着かせ、日常の光景が繰り広げられ日々を運んできつつあった。

 超人たちを殺す力を持つ者が、この高校の中にいる事を確認すると言う、聡史の一番目の目標は達成できたが、聡史が得たのはその事実と白木たちを死なせてしまったと言う罪悪感だけだった。

 力を持つ者とにらんだ、岡田兄はあの時、体育館から一歩も離れていない。

 岡田兄は無関係なのか、それとも他にも力を持つ者がいると言う事なのか?

 だとしたら、それは一体誰なのか?

 全くつかめていない。


 進展のない日々だけが続いているのは、聡史だけではなかった。

 柏木たちも密かに自分たちに敵対する勢力を探っているようだが、未だに何も得られていなかった。

 変わった事と言えば、聡史の教科書が届き、授業中に原田と机を寄せなくなった事と、転校生が入ってきたことくらいだ。

 三人の生徒を失った聡史のクラスに、棚橋 悟と言う男子生徒が入ってきた。

 運動神経抜群で、イケメン。柏木たち超人たちのグループにとけ込み、仲良くやっている。



 今は体育の授業。

 天気は雨と言う事もあって、全員体育館での授業である。

 体操服に着替えて体育館に向かう生徒たちの流れ中に、制服姿のまま歩く女生徒の姿が、聡史の目に映った。それは後姿からも分かるギブス姿の岡田妹であって、彼女は体育の授業はいつも見学である。

 岡田妹は体育館に着くと、そこが自分の指定席であるかのように、体育館の壁に寄り添って、腰を下ろした。


「男子はここに集合」


 声をかけたのは事故に遭って入院中の先生の代わりと言う事で、最近赴任してきた臨時の体育の先生 服部博之だ。

 見た目は40代後半。

 髪の毛は角刈りで短いくせに、髭はたくわえて口の周りに毛がぼうぼうと言う変わった風体で、さすがに体育の先生と言うだけあって、体格はいかつい男の先生だ。


 男子の授業は、体育館の半分を占めるコートでの実戦形式のバスケだった。

 聡史が、ドリブルで走り抜けていく敵チームの棚橋を追いかけはじめた時、その視界の片隅に服部の姿が映った。

 ボールにも目を向けず、何か驚いたような顔つきで、別の方向を見つめている。

 何だ?

 一瞬、気になった聡史だったが、もうすぐ手の届くところまで棚橋に追いついたため、視線を棚橋に戻した。

 棚橋が立ち止まり、ボールを掴んだ。

 ゴールまでの距離を考えると、ここからシュートする気に違いない。

 そう考えた聡史が一気に棚橋に襲い掛かり、シュート直前のボールを叩き落した。

 硬い体育館の床に落ち、弾むバスケットボール。

 敵、味方がそのボールを手に入れようと、群がる。

 棚橋も慌ててボールを目指そうとした時、服部の声がした。


「棚橋。ちょっと来い!」


 試合形式の途中だと言うのに、今のプレーへの指導か?

 部活じゃねぇんだし。

 そもそも、自分もよそ見してたじゃねぇか。

 聡史がそんな思いで、コートから出て服部をめざして歩く、棚橋の後姿にちらりと目を向けたが、棚橋の事など、すぐに意識から消えた。

 棚橋が抜けた事などなかったかのように、試合は再開されていて、みんなはボールを追っていた。聡史もボールを目指し始めたが、直後に起きた女生徒たちの悲鳴に立ち止まった。


「岡田さん、大丈夫?」

「何があったの?」


 生徒たちみんなの視線が、体育館の片隅で見学していた岡田妹とそれを取り囲む女性とたちに集まった。

 岡田妹は横向きに倒れていて、メガネは吹き飛ばされたのか、少し離れた場所に転がっていた。


「こらあ! 棚橋」


 服部が怒声を上げると、みんなの視線は一旦服部に向かった後、その先にいる棚橋に向かった。

 自分が注目を浴びてしまった事で、きょどっているコートの外に立つ棚橋に、服部が鬼のような形相で向かって行った。


「すみません。わざとじゃないんです。

 先生に注意されて、むしゃくしゃしたんで、ボールを投げたら、偶然岡田さんに当たっただけなんです」


 聡史が視線を岡田妹の位置を確認した。

 岡田妹はバスケのコート近くにいた訳じゃない。

 女子がやっているバレーコート近くの壁に寄り添って座っていた。

 女子のバレーのボールが当たったと言うなら分かるが、棚橋のボールが狙わずにどうやれば岡田妹に当たるんだ?

 そんな思いで、聡史が視線を向けている内に、岡田妹は周りの女生徒たちから抱え起こされたが、その表情は普段とは違い困惑気味で、謝りの言葉を口している。


「すみません。すみません」


 そんな岡田妹の前に服部が棚橋を連れて来たかと思うと、棚橋の後頭部に手をかけ、ぐいっとその頭を下げさせた。


「ごめん。悪気はなかったんだ。偶然なんだ」

「あれは直撃だよ?

 本当に偶然なの?」


 そう言って口を挟んできた原田の顔は疑い全開の表情だ。原田の言葉に棚橋が返事をするのかと思いきや、これまた服部が口を挟んできた。


「本人がそう言ってるんだし、この子を狙う理由は無いだろう」


 その言葉を受け入れられない原田と服部がにらみ合い状態で、フリーズしている。


「そうだよ。

 岡田さんが大人しいから、わざとぶつけて憂さ晴らししたんじゃないの?」


 別の女生徒も原田に加勢し、体育館の一角が険悪な雰囲気に包まれ出した。

 その物理的中心にいる当事者でありこの事件としても中心にいるはずの岡田妹は、相変わらず無感情な表情で、ただ正面だけに目を向けている。本人を横に置いて、女生徒たち対服部と棚橋が対決している雰囲気で、傍観している男子生徒たちの多くには、女と争うなんて、怖ぇぇと言う表情が浮かんでいる。


「原田さんたち。そんなわざとぶつけたりする訳ないでしょ」


 女子の体育の先生が間に入って、とりなしを始め、岡田妹が無事な事が確認されると、授業は再開され、その後は何事もなく終了した。




「なあ、原田」


 体育の授業が終わり、次の授業が始まる前に、聡史が声をかけた。


「マジで、直撃だったの?」

「だって、左の顔面にストレートにぶつかって来たんだよ。

 それもかなりのスピードで。

 岡田さんに怪我が無くて良かったよ」


 原田の答えに、聡史が記憶の糸を手繰り寄せる。


 吹き飛んでいたメガネの事を考えれば、かなりのスピードでぶつかったと言う原田の話は、それほど誇張されているとは思えない。

 だが、不自然なのは抱え起こされた時、岡田妹の顔面は真っ赤にもなっておらず、無傷だった事だ。

 赤くもならないなんて事があるのだろうか?

 ボールは岡田妹の長い髪に当たって、顔は無傷だったのだろうか?


「先生に叱られて、むしゃくしゃしていたからって、あいつ危なすぎだよ」


 聡史の思考とは関係なく、怒気を含ませた口調で原田が続けていた。


「だよなあ」


 調子のいい口調で、柳もやって来た。


「でしょ、でしょ」

「服部に注意されて、むしゃくしゃしてとか言ってたけど、服部に何か言われた時にはあいつボール持ってなかったんだぜ。

 その後、ボールをとり行ったんだとしたら、八つ当たりするためにボールをとりに行った訳で、冷静さもあったはずだ」

「マジで?」


 そう言って、原田が棚橋に目を向けた時、聡史たちの前に柏木たちが現れた。

 その顔に笑みは無い。


「ねえ。原田さん。

 白木さんたちが襲われた時、あなた体育館にいた?」

「えっ?

 何で、そんな事聞くの?」

「俺、一緒だったぜ」


 空気が悪くなりそうな気配を感じた聡史が、言いきった。

 嘘をつくつもりはなく、あの事件の時一緒だったと言う印象があったため、考えもせずに行ってしまったが、言った後で、体育館から教室に戻る途中でトイレを出た原田と出会ったんだと思いだしたが、取り消す気にはならず、そのままで押し通す事にした。


「本当に?

 クラスの誰も見ていないみたいだけど」

「俺の横にいた。

 あ、でも、クラスの列じゃなかったかも知れない」


 聡史は、そのまま話を原田に振って同意を求めようかとも思ったが、それでは自分の嘘を原田に援護させようとしている気がして止めた。


「じゃあ、どのクラスにいたって言うの?」

「あー。それはだなぁ。そんな遠い列にいた訳じゃないんだ」

「いいわ」


 柏木はそう言ったかと思うと、にやりと微笑んだ。

 それは、友好的な笑みではなく、不敵な笑みと、聡史がそう感じた瞬間、柏木の右手にはカッターが握りしめられていた。


「不良かよ?」


 聡史がそう言い終えた時、原田の声がした。


「痛い」


 聡史が原田に目を向けると、右の人差し指から血を流していた。


「お前、超人の能力を使って、原田の指を切ったな。

 みんなにはお前が原田の指を切ったところが、見れていないから、自分はやっていないとか言うんじゃないよな?」

「私がそんな姑息な真似する訳ないじゃないの。

 仮にも白木さんたち三人は超人よ。

 それも、白木さんは私とセンター、じゃなかった、リーダーを争う実力者なのよ。

 例え、何かの武器を使ったとしても、普通の人間が殺せるなんて、信じられない。

 だから、試したの。

 原田さんが普通の人間なのかどうかをね。

 カッターナイフ程度で怪我して、血を流しているところを見たら、超人じゃあなさそうね」

「だったら、疑いは晴れたんだろ?

 謝れよ」


 聡史が立ち上がって、柏木を睨み付けた。


「待って。大した怪我じゃないし。大丈夫よ」


 原田は立ち上がると、聡史の前に回り込んで言った。


「遅れてごめんなさい。

 今さらなんだけど、私も原田さんを体育館で見た気がするんだ」


 柏木と仲がいい野田が恐る恐る話しかけてきた。


「優香ちゃん、確かなの?

 だったら、もっと早くに言ってよ」

「ごめんなさい。

 聞かれた事が無かったから」


 野田が申し訳なさそうに言った。

 柏木と仲がいい、野田の証言で、一気に柏木の原田に対する疑いは晴れた。


「そう言えば、俺、あの時、真っ先駆けて体育館を出た訳だけど、岡田のお兄さんみたいな感じの人を見た気がするんだよな」


 聡史としては、いくら調べても貴明が体育館を出たと言う情報は得られなかった。だが、ここで、波を立てれば、水面下で見えないものも浮かんでくるんじゃないだろうか?

 そんな考えで、真剣な顔つきで嘘をついた。


「岡田先輩が?」


 そう言った柏木の口調は、原田に向けられていたような威嚇的なものではなく、戸惑い気味な感じだった。柏木がちらりと視線を岡田妹に向けるのにつられた訳ではないが、聡史も視線を岡田妹に向けた。彼女はいつもどおり顔を正面に向けたままで、視線の先もよく分からない。教室内で騒動があった事も、兄の名前が出た事も気づいていないのか、興味がないのか、全く反応を示していなかった。

 岡田妹をしばらく見つめていた柏木だったが、やがて自分の席に向かい始めた。

 メンバーが殺められ、その犯人に関するかも知れない手がかりを前に、行動しなければリーダーではない。柏木はそんな事は分かっている。

 柏木の後ろ姿を見つめながら、聡史は自分が蒔いた餌に、柏木は必ず行動を起こすと確信していた。

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