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Pandora(改稿版)  作者: あすか@お休み中
第2章:反逆の少女たち
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梶原のなみだ

 揺れるバスの中から、聡史は通りの向こうに見える白く大きな建物に目を向けていた。

 道路から少し入ったところにある、バスも旋回できる大きなロータリーに近づいて行くと、バスは速度を落とし始めた。


「藤谷記念総合病院前、藤谷記念総合病院前」


 バスは車内スピーカーから、高域がカットされた濁った音声を流し、病院正面玄関近くのバス停に停車した。

 バスの座席の2/3ほどを埋めていた乗客の大半が、席を立って、出口を目指しはじめると、聡史も280円を握りしめ、席を立った。

 一人、一人と降車していく波の中ほどで、バスを降りた聡史は、そのまま病院に入らず、立ち止まって建物を見上げた。

 9階建て。

 予想外の大きさに、ついつい立ち止まってしまっていた聡史だったが、足を速めて病院の中を目指しはじめた。

 ズボンのポケットに右手を突っ込み、取り出したメモ。


「藤谷記念総合病院 東病棟4階 415号室」


 職員室に行き、どうしても担任の見舞いに行きたいと言って、聞き出した梶原の病室。

 正面玄関の自動ドアを抜けた先で立ち止まった聡史は、右側の壁にこの建物の案内図がある事に気付き、4階の病室への経路を確認した。

 今いる場所のすぐ横にある総合受付。

 その前をそのまま真っ直ぐ通り過ぎたところの壁の後ろ側にエレベーターがある。

 聡史が目の前の案内図をもとに視線をエレベーターがある方向に向けた時、壁の向こう側から、カーディガンを羽織ったキュロット姿の見覚えのある少女が姿を現した。

 その少女は柏木だった。

 反射的に聡史は柏木に背を向けて、顔を合わせないようにして、その場から遠ざかり始めた。

 柏木がここに来た理由は梶原から白木たちを葬った相手の情報を得るためだろう。それは柏木の立場としたら、当然の事である。

 本当のところ自分も同じ理由で来ているが、立場上不自然過ぎる聡史は理解していた。

 もちろん、表向きはお見舞いであったが、転校したての自分が一人でお見舞いと言うのも、かなり無理があると言う事も理解していた。


 聡史は横目で柏木が正面玄関を出て行くのを確認すると、柏木が乗ってきたであろうエレベーターで4階に向かった。

 4階で開いたエレベーターのドアの前には、ガラスを透かして多くの看護士さんが働いている姿が見えるナースステーションがあって、その上の中央にはそれぞれ「東病棟」、「西病棟」の看板が矢印と共に掲げられていた。

 アルコールらしきにおいが漂う廊下を、部屋の入り口に掲げられた部屋番号に、目をやりながら、聡史が歩いて行く。

 401、403、405。

 廊下に沿って、左側に奇数号室、右側に偶数号室が配置されている事に気づいた聡史が、左側の部屋番号を確認しながら、足を速めた。

 廊下の中ほどに415号室はあった。

 そこは個室のようで、部屋番号の下には「梶原亮太」の名前だけがあった。


 閉ざされたドアを軽くノックし、取っ手を握りしめた。


「失礼します」


 声をかけると同時に、ドアをスライドさせて、部屋の中に目を向けた。

 そこは6畳ほどの狭い空間で、ドアの左手にはロッカー、右側には洗面台があるだけの豪華とは言えない普通の病室だった。

 真正面にはベッドがあるはずだが、カーテンで仕切られていて、向こうは見えない。


「どうぞ。どなたですか?」


 聡史の最初の声は聞こえていたようで、カーテンの向こうから返事があった。

 聡史がカーテンの一歩手前まで歩み寄り、カーテンの端に手をかけた。


「クラスの中島です。お見舞いに来ました。

 カーテン、開けていいですか?」

「ああ。転校生の中島君?」


 カーテンの向こうから、疑問形の返事があった。


「開けていいよ」


 少し遅れて、梶原が言葉を続けた。


「失礼します」


 そう言って、カーテンを開くと、ベッドに横たわった梶原が姿があった。体は布団の中のため、詳しい状況は分からないが、外に出ている顔だけを見ていると、それほど大きな怪我には見えない。ベッドのすぐ横に置いてある小さなテーブルの上の花瓶には、赤やピンクを基調にした真新しそうな生き生きとした花が挿してあった。

 柏木が持ってきたのかも知れない。

 お見舞い。とりあえず、その形式をとるために自分が持ってきた、それと比べるとかなり見劣りする小さな花束に、聡史は目を向けた。


「これ、しょぼいですけど、お見舞いの花です。花瓶に一緒に挿していいでしょうか?」

「きれいな花だね。ありがとう」


 柏木が持ってきたのであろう物に比べ、小ぶりなのがある意味幸いし、そのまま花瓶にさせそうな自分の花束を花瓶に挿した。


「先生、大丈夫ですか?」

「ああ、とりあえずは。ありがとう」


 梶原はベッドに寝たまま、軽く頭を下げる感じで動かした。

 ベッドの横に小さな椅子があるのを見つけた聡史は、その椅子に腰かけた。


「転校したばかりの君が来てくれるとは。

 何か、困った事でもあるのかな?」

「あ、いえ。

 純粋に心配しているだけです。

 で、具合はどうなんですか?」

「ああ。肋骨が折られていてね。

 超人の攻撃で、この程度ですんだのは不幸中の幸いだ。

 きっと、やつらも、ただの一般人だから、手加減してくれたのかも知れないね」

「やはり、テロリストの超人たちにやられたんですか?」

「ああ。そうだろう。

 一瞬の事で、よく分かってはいないんだがね。

 かっこ悪過ぎだね」

「いえ。そんな事ないですよ。

 あんな時に、一人で超人たちの戦いの様子を見に行くなんて。

 超人たちを倒す力でも持っていなければ、怖くていけませんよ」

「は、は、は。そうだね。

 俺にも、そんな力があれば、こんな目に遭わなかっただろうに。

 生徒のためとは言え、無茶はだめだね。

 情けないよ」


 寝転んだまま、梶原が笑みを浮かべながら言った。

 普段のおどおどした感じで、生徒たちからもなめられている梶原があの場で、外に出かけるのは怪しい気がしてならない。

 ただ、最初に聡史が考えた。

 監督 梶原、

 主役 岡田 兄、

と言う説は崩壊していた。

 いくら調べたてみても、岡田兄は体育館にずっといたらしい。


「いえ。先生は立派ですよ。

 生徒たちが無事だったのは、先生が超人たちと白木さんを校庭に誘い出したからですよ。

 全く先生のお考えどおりに事態は動きましたですね」

「それは、たまたまだよ。

 買いかぶられちゃ困るよ。

 俺はただあの中で戦いが起きたら、大変だと怖かっただけだよ。

 それに、俺の一言で白木たちを死なさせてしまった訳だし。

 自分の生徒を守れないなんて、先生失格だよ。情けなさすぎだ」


 そう言った梶原の目じりから、光る物がこぼれた。

 その涙は、聡史の胸の奥に鋭い刃物がぐさりと突き刺さるような痛みを与えた。

 梶原の涙で、自分の瞳も涙で溢れそうになってしまった聡史は話題を変えることにした。


「あ。そう言えば、さっき柏木さんに会いましたよ」

「ああ。君が来る少し前に帰って行ったよ。

 白木たちを殺した犯人に関して、何か分からないかと言うことだったよ。

 俺としては、白木たちは超人たちの戦いの中で亡くなったんだと思っていたんだが、柏木の話ではそうではないらしい。

 白木たちは超人たちを倒した。そして、その後で、何者かに殺されたらしいんだ。

 俺は白木たちの戦いを最後まで、見守ってやれていれば、そんな目に彼女たちを遭わせずにいれたかも知れない」


 そう言い終えると、梶原はまた涙を流した。

 話題を変えたつもりだった聡史の胸を、再び梶原の涙が揺さぶった。


「先生、一緒に仇をとりましょう。

 相手に心当たりはないんですか?」


 聡史が一瞬口にした言葉に嘘は無かった。

 聡史にとって、政府側であっても超人は敵対する事になる存在だったとは言え、政府側の超人たちが、自分と同じ年頃の少女たちばかりだとは知らなかった。そんな少女たちを葬るなんて覚悟はできていないところに、自分が企てた超人たちの襲撃に白木たちを巻き込んで、死なせてしまった。

 心の奥に押し込め、隠そうとしていた後悔の念を、梶原の涙が解き放った。


「柏木にも言ったが、超人同士の戦いと言うのは想像を絶するものだったんだよ。

 破壊力はとんでもないし、目で追えるなんてものでもないし。

 怖くて、旧校舎沿いに移動していたら、突然襲われてね。

 単なる巻き添えだったのか、狙われたのかも分からない。

 そんなだから、何も見ていないんだ」


 聡史は黙ったまま、梶原を見つめていた。


「何が起きたか分かっていないなんて、情けなさすぎだな」

「なんだか、俺って、先生を苦しめるために来たみたいですね。

 すみません」


 聡史はもう何も言えなくなっていた。

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