鋼鬼出現
ついに現れた鋼鬼!(第三章の鋼鬼とはちょっと違いますけど、どちらも同じような容姿なので、同じ呼び方がされます)
敵の敵は味方? それとも、敵の敵も敵?
その日は結希にとっては、いろんな出来事があった。
体育の見学の時、白石に突然話しかけられると言う出来事があったかと思うと、遠藤にからかわれ、涙を流すと言う最悪の事態があり、その後は白石に告られると言う結希自身にとっては悪い事ではないが、決して喜びだけで満たされるものではない複雑な出来事もあった。
精神的に起伏が激しい一日だったため、家に帰るとすぐにベッドに倒れ込んでいた。
コン、コン。
そんな結希の耳に部屋のドアをノックする音が届いた。結希がベッドから上半身を起こした時、ドアの向こうから真の声がした。
「結希ちゃん。じっちゃんが呼んでいる」
真が言う「じっちゃん」とは結希の祖父の事であって、真と血のつながりは全くないのだが、幼き頃より暮らしているからなのだろうが、「じっちゃん」と真は呼ぶのである。結希自身としては違和感を抱いてはいるが、呼ばれる側の結希の祖父 小田哲也もそれをよしとしているのだから、文句を言ってはいない。
「なんで」
そう言いながらドアに向かい、ドアを開くと、にこやかな笑みを浮かべた真が立っていた。
「ちょっとした事件があったんだ。
で、じっちゃんが書斎に来てくれって」
「また、あそこ」
結希は祖父の書斎に呼ばれる事は好きじゃなかった。過去に何度か、そこに呼ばれたことがあるのだが、そこでの結希の役割と言うのは、なんだか訳の分からない装置の上に、自分の右の人差し指を置くことなのだ。それに何の意味があるのか分からないだけに、その時間と空間は結希にとってフラストレーションを感じる時空でしかない。とは言え、祖父の言葉に逆らうだけの理由はなく、不機嫌な顔で自分の部屋を出た。
祖父の書斎のドアを開けると、そこには何年も時が止まっているかのように、幼い頃からずっと変わり映えの無い光景のままだ。そう広くはないスペースの壁に沿って据え付けられた本棚には、元々大学病院の第一外科部長だった祖父にふさわしい医学やら遺伝子やらの本がずらりと並んでいる。そして、窓際に窓を背にして大きな机があり、その上に大きなLCDディスプレイが置かれている。
「来たよ。おじいちゃん。
いつもどおり、指を置いたらいいんだよね?」
大きなLCDディスプレイを挟んで向き合う祖父に、ちょっとげんなり気味な口調で言いながら机の前に置かれた椅子に腰を駆けた。
「ああ」
祖父との間にある液晶ディスプレイが壁になっていて、そう答えた祖父の顔を見る事はできないし、自分の顔も祖父には見えない。ここでうんざり気味な事を表情に表しても、無駄だと諦め、素直に結希はいつものように机の上に置かれた名刺大で1cmほどの高さの装置の上に指を置いた。
机を挟んだ向こう側から、PCのマウスを滑らす音やクリックのカチカチと言う音が聞こえ始めた。祖父の横に立つ真が真剣な表情で、ディスプレイを食い入るように見つめている。
「これじゃないですか?」
「いや、待て。同じ属性だが二つのものがあるな。
どちらも、シミュレーションにかけてみるか」
「そうですね」
「これは違うな」
「これは外観が人間ですもんね」
祖父と真のマジな会話を聞きながら、結希は指を置いたままのため、席を立つ訳にもいかず、ただ虚しい時を過ごしている。真と祖父が実の血族であって、自分がよそ者気分の空間から逃れたくて、不満げな口調で言う。
「ねぇ。もういいかな?」
「もうちょっと待って」
真に言われ、結希はふくれっ面で横を向いて、祖父と仲良さげな真の姿を視界から追い出した。
「ダウンロード完了したようです。
シミュレーションにかけましょう」
「結希、もういいぞ」
もういいと言われても、もう十分不満を募らせていた結希は無言のまま手を引っ込めると、このまま部屋を出て行こうか、二人の間に割って入ろうか、ちょっと迷い、立ちあがったまま動かなかった。
「これ、ビンゴじゃないですか?」
「こんな特徴的な赤い肌は他にはいないだろうからな」
「でも、外見がこれだけ人間離れしてちゃあ、だめなんじゃないですか?」
「開発者は山本。あそこの副所長だな。
話では研究者としてはレベルは低かったらしいからな」
「でも、どうして、これが漏れているんでしょうか?」
「あの日、警察の発表では、死者の数が職員の数より一名少なかったらしい」
「じゃあ、誰かが生き延びた?」
「可能性はあるな」
まだ自分もいると言うのに、全くいないかのように続く二人の会話にムッとした口調で、結希が割って入った。
「何がなの?」
祖父の横に立っている真を押しのけると、机のディスプレイに映し出されている画像に目を向けた。そこには筋肉隆々な赤銅色の肌をした人のような者が映し出されていた。その異様な姿の画像を指さして、結希が言う。
「これ、何なの?
赤鬼?
何かのキャラ?
こんなキャラの話を真剣な顔して続けてたって訳?」
結希の心の中に溜まっていた不満が連続する質問となって、口から吐き出された。
「鋼鬼と、政府は名付けたらしい」
「はい?
アニメキャラに国が名付けたの?
それとも、これって、何か国の機関のゆるキャラな訳?
さすが極悪非道の大統領の国が作るゆるキャラは外見からして違うわね」
「結希ちゃんはニュースを見ていないから知らないんだ。
今、首都で、この生き物が暴れまわっているって言うんで、騒動になっているんだ」
「鬼が現れたの?」
「鬼じゃなくて、鋼鬼な」
「どこから?」
そう言いながら、自分の人差し指と何か関係があるのかと言う疑念から、結希は自分の人差し指を見つめた。白っぽい肌色のほっそりとした指。ここで、私の人差し指を使って、祖父たちは何をしているのだろう? 結希の疑問はそこに移っていたが、祖父はさっきの質問の答えを口にしていた。
「分からない。
こいつは銃弾も効かない体を持っていて、治安維持部隊が梃子摺っているらしい」
「マジで?」
喜色を浮かべてそう言った結希の言葉には二つの確かめたいことがあった。一つは銃弾が効かないなんて体があるのかと言う事、そして喜色を浮かべた理由である治安維持部隊が梃子摺っているのは本当なのかと言う事である。
結希も真も治安維持部隊の銃撃で両親を奪われているだけに、結希にしてみれば治安維持部隊は敵なのだった。
「ああ。TVのニュースでやっているよ」
真の言葉が終わるや否や、結希は部屋を飛び出して階下のリビングのテレビを見に行った。そこには確かに、さっき祖父のPCのディスプレイに映し出されていた赤銅色のキャラと同じような生き物 二体の鋼鬼が治安維持部隊を相手に暴れまわる姿が映し出されていた。
鋼鬼に向けて発砲し続ける治安維持部隊に対し、避ける様子もなく鋼鬼は両手を顔のあたりでクロスしたまま突進し、治安維持部隊に襲い掛かる。筋肉隆々の容姿からも推測できるとおり、腕力も並外れているらしく、鋼鬼が一殴りするだけで治安維持部隊側の人間が、まるでアニメの戦闘シーンのように吹き飛んで行く。
そんなシーンを両手を強く握りしめ、わくわくしているかのように体を小躍りさせて見ている結希の背後から、真が声をかけた。
「結希ちゃん。その気持ち、分からない訳でもない」
「だよね!
こいつらは私たちの仇だもんね」
振り返った結希が真に見せたのは輝かんばかりの笑顔だった。
「でも、その鋼鬼と言うのは俺たちの味方とは言い切れない」
「なんで?
敵の敵は味方でしょ」
「敵の敵も敵って事はあるんじゃないか?」
「そうかな?
でも、今は敵をやっつけてくれてるんだから、応援しなきゃ!」
そう言い終えると、結希は再び視線をTVに戻して、握りしめた右拳を大きく天井に向けて、突きあげていた。
両方とも敵だったら、共倒れしてもらった方がいいだろ? と言う言葉を真は飲み込んで、そんな結希の後ろ姿を見つめていた。