超人出現
理乃の殺害と言う心に与えた傷も、時の流れとともに癒され、教室の中のクラスメートたちはかつての日常を取り戻していた。祖父を亡くした結希はと言うと、心の中にあった頼れる人を失った事で、精神的な不安定さを抱える事になってはいたが、表面上からはそんな気配を察する事はできなかった。
「今日、帰りにあの店寄ってく?」
「うーん、体重がさ、マジやばくなってきたんだよね」
由依の返事に結希が由依の体形に視線を向けてから言った。
「そんな事ないんじゃないかな?」
「何の話してるの?」
そう言って、割り込んできたのは卓也だった。
「帰りに美味しいケーキ食べに行こうって話してたんだ」
「俺も行っていいかな?」
「だったら、白石君に結希は貸すよ。
二人で行ったらどうかな?」
「あ、だったら、河原くん誘ったらどうかな?」
「河原も?」
結希としては由依に気を聞かせたつもりでの提案だったが、その言葉に卓也の眉間に少し皺がよった事に、結希は気づいていなかった。
「あ、いいよ。
二人の邪魔しないから」
由依がそう言った時、由依の向こうに見える教室のドアの所に立ち、手招きしている真の姿が結希の視界に入った。真剣な顔つきと、速いテンポで繰り返す手招きの仕草から言って、急いでいる風に感じた結希が立ち上がった。
「あ、ごめん」
そう二人に言い残して、由依と卓也の横を抜けて真の所に向かって行った。
なんだろう的な視線を由依が、ちょっと不機嫌な視線を卓也が結希の背中に向けていたが、結希は気づいてはおらず、速度を上げて真の下に向かって行った。
「何?」
小首を傾げ気味にたずねる結希を真は廊下に連れ出した。廊下の窓を背に、二人並んでもたれかかると、手にしていたスマホを結希に見せた。真の胸の辺りに顔を近づけて、そのスマホを覗き込んだ結希が目にしたのは、「超人現る!?」と言う記事の大見出しだった。
「どう言う事?」
結希が真に顔を近づけながら、声を抑えてたずねた。
「あの技術が鋼鬼を作ってたやつらの手に渡ったんだ。
高山と言う人が訪ねて来た時、二人だけで色々話をしたんだ。
あの人は大西さんたちのために、犯人をなんとかしたい。
俺としてはじっちゃんの仇をとりたいし、結希ちゃんや俺たちの生活を守りたい。
だから、連携していく事にしていて、鋼鬼や超人が現れた時には、高山さんが迎えに来てくれることになっているんだ。
俺に何かできるのかどうかは分からないが、じっちゃんの仇を討つために、高山さんの所にちょっと行ってくる」
そう言い終えると、真は力強く頷いてから、結希に背を向けた。
「待ってよ!」
腕を掴んで、真を引き留めた結希に、真が視線を向けた。
「私も行く!」
「まずは状況を聞くだけだから。
それより、結希ちゃんも気を付けて」
結希に顔を近づけて、小声でそう言うと、自分の服を掴んでいる結希の腕をそっと掴んで押し戻し、再び背を向けて速足で立ち去り始めた。
一瞬、迷った結希だったが、真を追うようにして廊下を駆け出して行った。
授業が始まる前に、結希が教室に戻って来ると、真に呼ばれるまで話をしていた由依が手招きをしている姿が、結希の目に留まった。結希が悪かった的な表情で、右の手のひらを立てて、ごめん! の仕草をして由依に近づいて行く。
「何の話だったの?」
にこやかな笑顔で由依に問われても、本当の事を言える訳もない。
「えーっと、ちょっとかな?」
疑問形で小首を傾げて逃げようとした時、卓也もやって来て、質問を繰り返した。
「で、何の話だったの?
言えないような事?」
卓也も由依と同じように笑顔を浮かべていたが、少し作ったような感じである事に、結希は気づいていなかった。
「何でもないよ。
大した話じゃないし」
と、思いつく嘘を考えられず、答えにならない答えだけを口にし、困り切っている結希を救ったのはチャイムだった。チャイムと共に、みなが席に戻り始めると、助かったと内心思いながら、にこりとした笑みだけを残して、そそくさと結希も自分の席を目指し始めた。
授業中は授業を聞かなければ一人の時間、その時間に言い訳を考えよう。て言うか、授業時間の間に卓也たちも忘れてくれるかもと言う期待を抱きながら、自分の席に着席した時、そんな事はあり得ないかもと結希は思った。その理由はクラスメートたちが着席した時に、卓也が発した言葉にあった。
「先生、河原君がいませんが」
卓也は真の居場所を気にしている。それはつまり、廊下で真と何を話していたのかを気にしていると言う事だ。
「河原はいないのか?」
そう言って、先生の視線は真の机に向かい、そこに真の姿がない事を確認すると、結希に視線を移した。
「早川、何か知っているか?」
まずい事に、この先生は担任であって、河原が結希の家に暮らしている事を知っていた。そして、その事は内密にと言う事をうっかり忘れたのか、結希に聞いてしまったため、教室内はざわめきはじめ、クロスメートたちの視線は結希に集中した。
「えぇっ?
なんで私に聞くんですか?」
目をぱちくりして驚いた表情で、そう言う結希の態度に、自分の失言に気づいた先生は頭をぽりぽりと掻く仕草をしながら言った。
「いや、単に目があったからだよ。
他に知っている奴はおらんのか?」
そう言って先生は教室を見渡し始めると、多くのクラスメートたちは視線を先生に向けなおしたが、卓也は結希に向けたままだった。
「と言う事は、さぼりかぁ」
今なにかできると言う事が無いため、不機嫌そうにそう言い終えると、先生は手を二回叩いて、注目を集めた後、授業を開始した。
「先生知らないみたいだったけど、河原君、どこ行ったの?
さっき廊下で話していた事と関係あるんじゃないの?」
授業が終わると、卓也からさっきの質問をされると思っていた結希に最初に質問して来たのは由依だった。
「河原君は理乃の家の秘書の高山さんって人に呼ばれてるって言ってたんだよね。
まさか授業サボるとは思わなかったんだけどさ」
「なんで、そんな人とつながりがあるの?」
「理乃の怪我を治すのに関わったから」
「なんで、そんな事を結希にあいつは話す訳?」
話に割って入って来たのは卓也だった。
「そ、そ、そりゃあ、理乃の時に私も関わってたから」
「まあ、いいじゃん。
元々、河原君と結希は幼馴染なんだから、そう言う事だってあるんじゃないかな」
由依がそう言って、結希と卓也の間で視線を行ったり来たりさせている。
「幼馴染ってだけって事でいいのか?」
その言葉で、卓也の心の中をようやく理解した。
自分の事を妬いていたのだ。自分の事を想ってくれていると言うのはうれしい事でもあり、嫉妬は束縛と言う不自由さでもあるが、一人ものには味わえない格別なものだと、結希は一人心の中で幸せな気分になっていた。
「もちろん」
結希が卓也に力強く頷いてみせた。
「そうだよ。
結希は白石君にしか、興味なさげだもん」
由依の援護に結希が再び力を込めて頷くと、由依はにんまりとして結希に囁くように言った。
「だ・か・ら、河原君は私にちょうだい」
「いいよ」
結希は即答だった。結希にとって、真は幼馴染の友達であって、同居人。恋愛対象と考えた事などないのが事実だった。二人の会話に一応、真は機嫌をなおしたらしく、にこりと微笑みを見せた。
その日、機嫌を直した卓也と結希が下校のバスの最後尾の座席で揺られていた。卓也はバス通学ではないが、この日は結希の部屋に行きたいと言ったのだった。自分の部屋に卓也を上げると言うのはうれしい気分もある反面、恥ずかしくある結希だったが、ここのところちょっとぎくしゃく気味な二人の関係修復の期待も込め、部屋の整理を先にさせて欲しいと言う条件の下、卓也の希望を承諾していた。
「そう言えば、結希ちゃんの家って、大きいよね」
「まあ。亡くなったおじいちゃんのだけどね」
なんて、卓也の言葉に受け答えをしていても、結希の頭の中は部屋だけでなく、家の中の整理の事でいっぱいだった。
自分の部屋に上げると言う重大事に、思考がそこだけに集中してしまっていたが、家の中に真の痕跡が無いとは限らない。
たとえば、洗面台に並ぶ歯ブラシ。なんてものは、洗面台に卓也を近づけさせなければいいとしても、どこにどんなものがあるか分からない。今更、取りやめるなんて事もできない以上、完璧を目指すしかない。そのためにも、今、この時間に家の中の危険個所を全て抽出しておく必要があった。
「で、川嶋は結希んちに行った事はあるんだよね?」
「あるよ」
バスの揺れで二人の体は時々揺れはしているが、思考が他に向いている結希の会話は単調としか言いようがなかった。




