新たな犠牲者
結希の祖父を殺めたのは松下の手の者だった。
全ては小田悟志が開発した技術を手に入れるため。杉本が企てた親戚の大西理乃を使い、結希を惑わせ、小田哲也を動かすと言う作戦は成功し、その目的の技術は小出の手に渡った。小出は胸に秘めた兄に対するコンプレックスから、自らが開発した技術と言う事に固執し、松下に小田の抹殺を依頼した。
高山の手の者による交通事故に見せかけた小田殺害もうまくいき、全てが順調に見えていた松下だったが、その技術を手にすることはできなかった。土壇場でひっくり返されてしまった松下の怒りは激しく、執務室で高山と杉本を前にして、罵倒を繰り返していた。
「杉本ぉぉ、お前は自信満々だったではないか」
「結果からみて、詰めが甘かったのは事実であり、お詫びするしかありません」
「謝ればいいと言うものではないだろ!
切腹でもしてみせるかぁ!」
恐縮したふりをして黙って、頭を下げている杉本の頭の中は、別の事を考えていた。
松下にだけはあの技術を渡す訳にはいかないと言うのが、杉本の元々考えだった。それは単に国民に銃を向ける事を厭わない人物に渡せないと言うきれい事だけではない。鋼鬼を超える人体改造で生み出される者はある意味、超兵器である。そんなものが松下の手に渡れば、自分たち軍の価値が無に帰してしまうと言う、動物的なものの方が大きかった。
あの技術を松下に渡さず、山本に奪取させ、そのまま山本の根拠地を掴んで殲滅する。
山本が奪取するところまでは計画どおりだったが、その後が狂ってしまっていた。ただの鋼鬼出現事件としていて、その関係を松下に気づかれてはいないが、あの技術を奪った助手の後をつけていた杉本の手の者は鋼鬼の手にかかって全滅していた。
「言葉も出ぬのか!
このまぬけが!」
松下が怒鳴っているが、ある意味杉本はその通りだと考えていた。作戦に失敗したのだから。だが、挽回策のめどがない訳ではなかった。が、それは明かす訳にはいかなかった。
「小出は全てを手に入れたはずだ。
だから、小田を殺すよう連絡をこちらにしてきたはずだ。
だと言うのに、小出の部屋からは、それらしき物は全く見つかっていない。
つまり、小出を殺し、姿を消した女がそれを奪ったと言う事だ。
国家に反逆する者に、あの技術が渡ってみろ、どうなると思っている!」
松下の声が震え気味なのは、怒りにと言うより、今は恐怖によるものではと杉本は感じた。
人を力で踏みにじる者は、自分も力で踏みにじられる姿に恐怖するのかも知れない。それが身近に感じられる事態が起きれば。
「姿を消した女の素性はまだ分からんのか?」
「はい。小出が突然連れて来たと言う事で、それ以外の事は一切他の者たちは知らないようです。
ですが」
高山がそこまで言った時、部屋のドアをノックする音がした。
「なんだ」
不機嫌なままの怒鳴り気味の声で松下が言い終えるのを待って、ドアを開いて入って来たのはひょろりとした体形の秘書官だった。急ぎ足で松下の所に駆け寄ると、一枚のメモを手渡した。そのメモに目を向けて数秒した頃、松下の眉がぴくりと動いたのを杉本は見たが、それが意味するところまでは読み切れなかった。
「間違いないのか?」
松下にたずねられた秘書官が静かに頷くと、松下は左手を振って、出て行けと言うような仕草をした。怒りがおさまった気配もないまま、秘書官の後ろ姿を見送り、ドアの向こうに姿を消すのを確かめると、再び二人に向き直り、高山にさっきの続きを促した。
「ですが、なんだ?」
「はい。そう簡単に使いこなせる技術なのでしょうか?」
高山の質問が松下をさらに不機嫌にさせた。もはや何重にも積み重ねられた怒りに、目をさらに吊り上げ、高山を怒鳴りつけた。
「ばかか、お前は!
いいか、ただの素人が手に入れたとは考えられんのだぞ。
何しろ小出の所に人を送り込んでいたくらいだ。
たとえば、山本だ」
「なるほど」
松下の言葉に高山が反応した。杉本としては、山本は敵ではあるが、山本の周囲を探られるのは避けたかった。大西と山本がつながっていた事が知られてしまえば、自分の立場も危うくなる。
「その件は、私に当たらせてください」
「お前にぃ?」
松下の言葉にはまだ怒気が漂っていた。ちらりと杉本に視線を向けた後、すぐに高山に移した。
「高山、小田の孫娘に人を送れ」
「何と言って?」
「祖父の敵討ちのため、犯人を捜すのに協力が必要だと言って、遺伝子組み換えの事や小田の人脈や小出に関して、知っている事を聞くんだ。
それと、小出からの話ではその孫娘は未知の力を持っているらしい。
決して力に訴えるな。話し合いで聞き出すんだ。
できれば、我々の味方にできればしたいところだ。
分かったな」
「はい。そのように」
高山が一礼して、執務室を後にすると、松下は再び視線を杉本に向けた。
「で、どうやってあたって行くつもりだ?」
不機嫌そうに言い終えた松下は視線を杉本からずらし、ドアに移すと、声を上げた。
「入れ!」
杉本が背後にあるドアに振り返ると、松下の側近中の側近とも言える警護の男たちが入って来て、杉本を取り囲んだ。
「これは?」
取り囲む男たちに視線を向けながら、杉本が言ったが、松下はそんな事に答える気は無かった。
「お前、さっき私にあたらせてくれと言ったが、どうやってあたる気だ?」
「それは適時報告をしますので」
「言えないのか?」
「今は」
「大西光輝か?」
大西光輝は理乃の治療のため、山本と接触していた。その山本の居場所に関する情報は全く語ってくれず、杉本も諦めてはいたが、理乃の体が元に戻った以上、山本を庇う理由はなく、もう一押しすれば語ってくれるはずと考えていた杉本にとって、松下の言葉は図星だった。ふいに突きつけられた言葉に心の防御は完璧にはなれない。冷静を装うつもりの杉本も動揺を抑えられず、頬がぴくりと動いてしまった。
「どうした?
当たりか?」
「いえ。違います」
「知っていたな!
大西が山本とつながっている事を」
松下はさっき渡されたメモを杉本の前に差し出した。受け取ったメモに、杉本が目をやると、そこには全くの想定外の事件が書かれていた。
「これは、本当なのですか?」
狼狽気味と言っていいほどの慌てようで、杉本が松下にたずねた内容は、大西光輝と理乃の一家が鋼鬼に襲われて死亡したと言うものだった。
「間違いあるまい。
山本が口封じに彼らを殺したんだろうな。
と言う事は、つまり、彼らは山本とつながりがあった。
お前は知っていたんじゃないのか?」
「そ、そ、それは」
「こいつを捕らえて、閉じ込めておけ!」
その日、経済界の大物 大西光輝と復活が期待されたフィギュア選手 大西理乃が鋼鬼たちに殺害されたと言うニュースが駆け巡った片隅で、杉本少将がクーデターを企んでいたと言う疑惑で更迭されたと言うニュースがひっそりと流れていた。




