二人の死
その部屋の声は外の廊下からでは聞こえやしない。その理由は喋っているのが小出一人と言うだけではない。一人しかいない部屋で他人に遠慮する必要もないのに、声を潜めて喋っているからだった。
一通りの会話が終わり、受話器を置こうとした時だった。部屋のドアから、コンコンと、乾いた断続的な音が二回した。
小出はドアに視線を向けながら、まだ手にしていた受話器を置いた。
「入れ」
小出の言葉に一人の女性がドアを開いて、部屋の中に入って来た。
「やあ、君か。
どうした?」
その女性はかつて小田が研究室を訪れている時にかかってきた電話で、大西理乃の祖父に頼まれて雇った20代後半のきりりとした目鼻立ちをした助手だった。彼女に小出としては好感を抱いていたが、それは大西からの紹介された人物と言うだけではなかった。いつもにこやかな笑顔で小出の事を「教授、教授」と慕ってきている態度をかわいく思っていた事の方が大きかった。それだけに、彼女の容姿を見るのも、会話するのも小出にとっては一時の清涼剤的なのものでもあり、小出はにこやかだった。
「はい。目的の物は手に入れられたのですか?」
彼女が知っているはずもない言葉を口にしたため、小出は驚いた顔をした。
小田からは大西理乃の治療を依頼された。
当然、大西理乃から祖父に話が伝わる事は当然で、それだけだと思っていたが、どうやら大西の下には、治療に使った技術に関する情報まで伝わっていたらしい事に気づき、小出の顔が少し歪んだ。
「君は知っていたのか?」
「ええ、もちろん」
いつものかわいい笑顔を返して来た事に、小出はちょっと迷った。
「厄介な事になった」
ぽそりと心の本音が口を突いて出てしまった。
この技術は小田悟志ではなく、自分が開発したものとすべく、策を巡らせていた。その障害となる人物が新たに現れた事に気づいた。
一人は経済界の大物、大西光輝であり、もう一人は目の前の女性であった。女性の方はかわいいだけに、気が引けるが闇に葬ると言う手段をとる事も可能だが、大西はそうはいかない。
「なにがですか?」
彼女は小出の心の奥に渦巻く闇に気づかず、相変わらずにこやかな表情で小出に近寄って来た。
「いや、なんでもない」
小出は大西光輝に説得し、協力してもらう以外に現実的な選択肢はないと判断し、彼女に負けないほどの笑みを浮かべて、心の闇を隠した。その頃には、彼女は小出の机の前まで来ていて、視線をさっき小田かもらったばかりのマイクロチップに向けていた。
「これですね?」
それは小出にとって、さらに意外な一言だった。
「あれ? 物がマイクロチップだと知っていたの?」
物がマイクロチップだとは、さっき初めて小出も知ったのだ。
「ええ。もちろん。
そこに全てがあるんですよね?」
小田との接点があればそう言う事あると、一人納得した。
「ああ」
そう頷いた小出の視界の先で、彼女は白衣のポケットに右手を突っ込んで少し持ち上げるような仕草をした。それはまるで、ポケットの中に隠し持っている銃の銃口を小出に向けたかのようだった。
「何?」
彼女にそうたずねたのが、小出の最後の言葉だった。
「さようなら」
好感を抱いていた彼女の笑顔の裏側は闇よりも冷たく凍てついていた事に気づいた時には、小出自身の意識自身が二度と光を見る事の無い死と言う闇に落ちて行った。
一方、小出の下を出た直後、結希の祖父は交通事故に遭い、運ばれた病院で死亡が確認された。
急な知らせを受け、駆け付けた病院の遺体安置所で、結希は祖父と無言の再会をすることになった。




