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Pandora(改稿版)  作者: あすか@お休み中
第1章:すべてを与えられし少女
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絶望と希望

 特に問題もなかった結希は入院した翌日には退院となった。


 家に戻った結希が祖父と真に話があると言うと、その真剣な表情に二人は気付き、さっきまで結希が無事帰って来れた事で緩みまくっていた二人の顔も真剣になった。

 三人は重い表情で何もしゃべらず、リビングに向かい、テーブルを挟んだ奥のソファに結希が座ると、その向かい側に祖父と真が座った。


「ねえ。私って、何なの?」

「どう答えてほしい?」


 真剣な表情でたずねた結希に、いつになく低いトーンの声で祖父が返した。


「私はあの男たちに襲われた時、昔のあの事件の事を思い出したの。あれはとても怖い経験で、ずっとそれは私がやったんじゃないと思い込んでいたんだけど、本当の事を思い出したの」

「あの腕を潰されて死んだ男の事か?」

「うん。そう。

 ずっと、あれは私がやったんじゃないと思っていたんだけど、本当は私が握りつぶしたのかも知れない」

「どこまで、思いだした?

 そんな事は小さな女の子にはできないだろう?」

「そう。普通なら。

 小さかった時、私は気付くと普通の子ではなかった。

 時々、信じられないような事ができたの。それを隠そうと、無理をし続けていた。

 そして、何とか自分が普通ではない事を隠し続けられていた。あの時までは」

「そうか。そこまで、思い出したか」

「うん。やっぱり、私は普通じゃなかったの?

 あの事件はやっぱり私がやった事なの?」


 結希の瞳には逃げも惑いも見えないと感じた祖父が、ゆっくりと答えた。


「あの事件は、結希、お前がやったんだよ」

「やっぱり」


 予想通りの答えとは言え、結希には衝撃だった。

 自分は普通の人間ではなく、ずっと否定してきた殺人事件の犯人も自分だった。

 落胆した表情を浮かべている結希に、真が口を挟んだ。


「結希ちゃんの力は悲しむ事なんかじゃない。

 ある意味、素晴らしい能力なんだよ」


 力を望んでなかいない結希に、そんな言葉は何のフォローにもならない。落胆した表情のまま結希は失ンを続けた。


「この力は何なの?」

「遺伝子操作だよ」

「遺伝子操作?

 誰かが私にしたって事?」

「お前の遺伝子を操作したのは、私の息子だよ。

 私は全てが終わってから、電話で話を聞いた」

「叔父さんが?

 どうして、そんな事を」


 両親を亡くした結希の親代わりとなって、祖父と一緒に育ててくれていた叔父。

 滅多になかったが、仕事が休めた日には色々なところに連れて行ってくれた。

 一人ではさみしいだろうと、仕事場である研究所にも連れて行ってくれた。

 優しくしてくれていた叔父がどうしてこんなひどい事をしたのかと、結希は裏切られた気分である。


「全てはお前のためだよ」


 そんな結希の気持ちを察してか、祖父が言葉を続けた。


「私の?

 どうして、こんな事が私のためなのよっ?」


 目の前の相手に罪がない事は分かっていても、こみ上げてくる怒りを抑える事ができずに、非難気味の口調で結希が言った。


「あの日、つまりあいつが研究所を燃やした日だ。

 あいつは命を絶つ気だった。

 だとすると、お前に残された肉親は私だけだ。

 私はそれなりの年だ。いつ亡くなるか分からない。

 そうなると、お前は一人っきりになる。そうなった時に、非力なお前の将来の力になればと思ったんだそうだ」

「そんな。私は一人でも、こんな力は無い方がよかった」


 結希がうつむきながら、ぽつりと言った。


「それともう一つ。

 お前はずっと小さい頃、両親を奪った奴らを許さないと言っていただろう。

 その言葉が、お前に災いをもたらすやもしれんし、逆にお前が仇討ちをする場合にも役立つ。

 そう考えたんだよ。最後にあいつは」


 両親の仇を討つ。

 それは少し結希の心を揺らしたが、その事件もあまりにも昔のことで、今の結希に政府に対する積極的な敵意は霧散してしまっていた。


「でも、私はこんな力は要らない。

 お父さんやお母さんを奪った政府は憎いけど、そんな仇討ちなんて考えた事も無い」

「あいつは元々医学の発展のために、生きたまま人間の遺伝子を組み換える技術を開発した。

 そして、組みかえる遺伝子を変えることで、色々な病気の治療に活かそうとしていたんだ」


 祖父の言葉に、結希がはっとした表情で顔を上げた。


「病気の治療?」


 結希の頭の中に思い浮かんだ一つの仮説が正しいのかを確かめようと、視線を真に向けた。


「そう。僕もそうなんだ」


 真が頷きながら、結希に言った。


「どう言う事?」

「あの頃、僕は脳や脊椎にも損傷を受け、寝たきりだった。

 そんな僕でも、両親を失った結希ちゃんにとって、大事な友達だったんだろう。

 大学病院の先生であるじっちゃんに結希ちゃんは僕を治してくれるよう、何度も頼んでくれていたんだ。でも、一度損傷を受けた脳や神経がそう簡単に治る訳は無い。

 じっちゃんは、叔父さんに相談してくれたんだ。

 叔父さんは結希ちゃんの大事な友達と言う事で、僕にその治療を特別に施してくれたんだ」

「それで、元気になったってこと?」


 結希を見つめながら、真はうなずいてみせた。


「あの時、叔父さんは僕にこう言ったんだ。

 君には特別な治療を施す。

 すでに、病院の先生から聞いていると思うが、これはまだ発表していない技術なんだ。

 それだけに、この事は誰にも話してはいけないだけでなく、もしかすると悪い影響が出るかも知れない。

 それでも、いいんだね、と。

 そして、僕は3つの遺伝子を同時に組みかえる治療を受けたんだ。

 一つは脳を高度に活性化する遺伝子、

 もう一つし神経活動を早める遺伝子、

 そして、最後が治癒/再生能力を極限まで高める遺伝子だったんだ。

 それらが僕の体内で細胞を作り変え、やがて一人で動けるようになったんだ」


 真の異常なまでの能力の理由。それは作られたものだった。


「じゃあ、私は何なの?」

「お前には全てが組み込まれている」

「全て?」


 祖父がうなずくのに合わせて、真も知っていたのか、同じようにうなずいている。


 全てが私に組み込まれている?

 だとしたら、私は真以上の力があるはずだ。今の私から言って、祖父たちの話は納得できない。

 結希はその話を受け入れることができず、反論を始めた。


「それじゃ、私も真みたいに運動神経もよくて、勉強もできるはずでしょう。

 そうじゃないなんて、変じゃない」

「あの日以来、お前に体育の授業を受けさせておらんだろうが」

「でも、受けてたって、真みたいにはできないわよ。勉強だって、そうだし」

「結希、はっきり言おう。

 あの日の衝撃で、お前は記憶さえ書き換えた。

 そして、お前はその原因である力全てを無かった事にした。

 無意識の内に、お前の脳がその力を使わないように、押し込めておるんだよ。

 もちろん、その力を抑える能力は組み換えた遺伝子の一つに元々含まれていたのだが、お前は無意識の内にずっと、その力を抑える遺伝子の力が働く状態にしているんだよ。

 私はお前がそうするなら、それもよいと思った。だから、その抑えが解除してしまうような興奮をさせないため、体育などは控えさせていたんだよ。

 うっかり、異常な能力を発揮してしまってはお前が傷付くと思ってな」

「じゃ、今もその力は私が無意識の内に、押し殺しているってこと?」

「おそらく」

「じゃあ、私が興奮でもして、無意識の内に抑え込んでいる力を解放したら、その力を使えるってこと?」

「おそらくな」

「で、さっき言ってた全ての力って、他にはどんな力があるって言うの?」

「視覚、聴覚、嗅覚が改良されている。

 そして、脳の働き、神経の反応速度、筋肉も効率化されている。

 骨の強度もアップされている。

 大体はそんなところかな」

「もしかして、あの鋼鬼とか言う生き物のように私はなるの?」

「それはない。

 確かにあれも、遺伝子操作した人間だが、使われた遺伝子は未完成レベルなんだ」

「私を書斎に連れて行った時って、私の人差し指を使って、何かしてるけど、あれは何なの?

 あの時にも鋼鬼の姿がディスプレイに映ってたよね?」

「研究所を燃やした日、あいつは表向きは研究成果を全て焼却した。

 だが、その前に全データをマイクロチップに焼き込んでいたんだ。そして、あの日、そのマイクロチップを、お前の人差し指に埋め込んだんだよ」

「はあ?

 私の指の中?」

「そうだ。それには小さなループアンテナがあり、読みだす場合の電力供給と、信号のやり取りが行えるようになっている」


 結希がじっと自分の指を見つめた。


 ここに、自分を不幸にしていた全ての元がある。

 はっきり言って、不幸の塊を押しつけられた気分だ。

 そんな憂鬱さに襲われ、結希は黙り込んだまま、自分の指先を見続けている。


「はぁー」


 結希は深いため息を一度つくと、ソファから力なく立ち上がり、二人の顔を見ることも、言葉をかけることも無く、リビングを離れて行った。

 そんな結希を困惑顔で二人は見送っていたが、結希の姿が階段の向こうに消えると、真が祖父にたずねた。


「希望の話はいいのですか?」


 真の言葉に祖父は振り向くと、一度目を閉じて、上を向いた後、真に小さな声で言った。


「希望とは絶望が昇華したもの。

 絶望を乗り越えてこそ、希望を手にする事ができる。

 そして、結希だけには希望がある。

 あの日、確かに息子はそう言った。

 だが、その意味は分かってはいない。

 分かっていない以上、言う術もない。

 だろ?」

 

 そう言う祖父に、真が頷いて返した。

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