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Pandora(改稿版)  作者: あすか@お休み中
第1章:すべてを与えられし少女
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よみがえった恐怖

 ずっと記憶の最果てに押し込め、何重にも蓋をしていたはずだったあの日の真実。それが走馬灯のように一気に結希の意識の中で再生された。

 そこにあったのは濃縮された恐怖。その中核は悪い大人の男の人に襲われた恐怖ではなく、自身に伝わって来た五感と結末だった。


 手に伝わる腕を握り潰した感触。

 視界を覆いつくさんばかりに噴出す鮮血。

 頬から始まり、やがて全身を包み込む鮮血の生暖かさ。

 鼻から伝わる血なまぐさいにおい。

 血の気が引いた顔色で倒れ込み、やがて死を迎えた男。つまり、人を殺した事実。

 

 あの日の真実の光景だけでなく、蘇って来た恐怖に目を見開いた結希の視線の先には、男の拳があった。

 ごつごつした色黒の拳。

 その拳の向こうに見える男の顔には、睨み付けるような鋭い視線でどこか一点を見つめたまま停止していた。


 全てが止まっている?

 何なの?

 結希がそう思ったのは一瞬だった。すぐに呼び覚まされた記憶の中から、結希はその答えを見つけ出していた。


 あの時、自分自身に向かってきた男の拳はスローモーションのようだった。

 としたら、これもあの時と同じ状態。

 男の拳を止めようと、目の前の男の腕を掴んだら、またあの時の事が起きる。

 そこまで結希の思考がたどり着いた時、結希を恐怖が包み込んだ。


「きゃああああ」


 結希は悲鳴を上げると、恐怖から逃れるように意識を失い、路上にぐったりと倒れこんだ。




 学校の中では男たちの怒声と結希の悲鳴で外で何かが起きている事に気付いた生徒達が騒ぎ始めていた。校庭で体育をやっていた生徒たちは壁近くに集まってはいたが、深く関わるのを恐れてか、10mほど離れた所で立ち止まり、ただのやじ馬になっている。

 窓を通して聞こえてくる怒声と校庭にいた生徒たちの騒ぐ声に、教室の中の生徒たちも窓を開けて、外の様子を確認し始めた。


「女の子が倒れたぞ」

「うちの生徒じゃないのか?」


 校舎の中でも授業が中断状態となり、多くの生徒たちが窓際に集まって、騒ぎ始めていた。

 結希の身に何かが起きていると言う可能性を感じていた真が、外の状況を確認しようと、窓際に集まる生徒たちを掻き分けて、窓際にやって来た。

 路上に倒れ込んでしまった結希の姿は真の場所からは見えなかったが、見知らぬ男たちに殴られても蹴られても、必死にすがりつき、その動きを邪魔しようとしているのは間違いなく白石だった。

 確信を得た真は躊躇なく、二階の窓から校庭に飛び降りると、校庭を一気に駆け抜け、白石と男たちがいる場所を目指した。

 事件を遠巻きに見守るやじ馬たちの壁をすり抜けて、校庭と道路の間に設けられている壁に向かってジャンプした真は金網の上部に手をかけ、その上をひらりと飛び越えた。

 真が道路に着地した時、自分たちの車の中に結希を連れ込もうとしている男たちに、ぼろぼろになった白石がしがみついてまだ抵抗していた。

 男が食い下がる白石を足蹴にすると、すでに体力を使い果たし、気力だけで立ち向かっていた白石は壁際まで吹き飛んだ。


「止めろ!」


 再び白石が駆け寄ってくるまでに結希を車の中に押し込め、ドアを閉めればいいと思っていたであろう男たちだったが、真の怒鳴り声に、新たな邪魔者の登場に気づいた。


「ちっ」


 白石を足蹴にした男が舌打ちして、真に襲い掛かる。

 男が右の拳を真の腹部めがけて繰り出したが、一瞬の内に真はその男をかわすと、その横をすり抜けて、結希を車の中に押し込もうとしている男の背後までたどり着き、その背中を掴んだ。


「ちっ!

 すばしっこい奴」


 目の前にいたはずの真を見失った男が振り返ったその先で、すでに車にたどり着いている真に気づき、吐き捨てるように言うと、体を反転させた。

 背中を掴まれた男も新たな邪魔者を先に片づけようと、反転して、真に相対した。

 さっき真がかわした男も真に襲い掛かって来ていて、真は完全な挟み撃ち状態に陥っていた。

 これで決まりだ。そんな余裕を感じたかも知れない男たちだったが、真は一瞬の内に男たちの横に移動し、素早り蹴りを二人の側頭部に入れた。

 防ぐ間もなく側頭部に受けた蹴りの衝撃は大きかったようで、ふらつき気味の二人の隙をついて、意識を失い車の中でぐったりとしている結希を移動させようと、真が結希の体に手をかけると、車の中から結希を引きずり出した。


「させるか」


 ふらつきながらも、男たちはまだ戦意を失ってはおらず、結希を抱えたままの真を取り囲もうとした。

 そこに白石が襲い掛かった。

 男たちの注意が白石に向かった一瞬をついて、真は結希を足元に寝かせると、男たちの間合いに入り込んだ。

 真の拳がみぞおちに食い込む。

 顔を歪め、口を大きく開け、男たちが腹部を抱えこむ。

 男たちは鍛えられており、真の攻撃程度で倒されはしないが、戦況は真に有利である。


 そんな時だった。男たちには獣のうなり声のようにさえ聞こえるパトカーのサイレンが近づいてきた。

 時間がかかりすぎた。

 男たちは自分たちの失敗を悟り、慌てて車に乗り込むと、急発進して逃げ去って行った。

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