モーセの出
謎の少女 早川結希の体に埋め込まれた超人の技術情報が格納されたマイクロチップの奪取を図らんとする敵は、俺たちの主戦力、つまり超人少女の沢井と鋼鬼狩りの俺、そして早川と行動を共にする河原を、早川から切り離すため、鋼鬼の大群で俺たちをおびき出した。正確には、それを知りつつ俺たちは鋼鬼の前に体をさらした。
俺達が鋼鬼の群れに取り囲まれると、俺たちの読みどおり、早川を奪うため敵の兵たちが姿を現したらしい。
鋼鬼たちの厚い壁の向こうから轟く銃撃音に、俺たちは反転を開始し、鋼鬼の壁に斬り込んだ。
俺の妹 詩織が持つはずだったレーザーソードで、超人少女の沢井が鋼鬼を切り裂く。人の運動能力を超えた沢井の動きは、俺たち普通の人間には視認できやしない。
気づいた時には、鋼鬼の体が分断され、鮮血をまき散らしている。
幅数m程度で沢井が鋼鬼を倒して、奥に進んで行くが、その奥にも、奥にも鋼鬼がいて、視界は開けやしない。
それどころか、進んで行く沢井の背後にすら新たな鋼鬼が迫っていく。それを倒すのは超人と同じ速度で動く能力を持つ河原の仕事だ。
さらにその河原の背後にも鋼鬼が迫って来る。それを土居が対超人兵器で、倒していく。
俺もレーザーソードで、鋼鬼を倒して、退路の確保を図る。
が、やはり数が多すぎた。
「真ぉぉぉ」
圧倒的な数の鋼鬼に取り囲まれそうになる俺の耳に、再び早川の声が届いた瞬間、俺は奇跡を見た。
視界を塞いでいた鋼鬼たちの肉体が突如として一気に崩れ落ちはじめ、視界が開けて行く様は、紅海に追い詰められたユダヤの民を引き連れたモーセが神に祈ると、海が真っ二つに割れて道ができたと言う光景のようだ。
切り裂いても、切り裂いても塞がり、俺たちを包み込もうとしていた巨大な圧力を持った鋼鬼たちの壁。それが一気に瓦解し、幅は10mほどはあろうかと言う道のような空間ができた。
助かった。と言う気持ちと共に、何が起きたのかと言う疑問が沸き起こって来る。
視界に映るのは、幅10mほどの視界が通った空間の下に横たわる鋼鬼の肉体。その肉体は、物理的な損壊を与えられたらしく、血を噴出し、地面はモーセの出の紅海と言う名を映したかのように、真っ赤な液体で埋め尽くされつつあった。そして、その道のほぼ半ほどのところに、沢井の後ろ姿があった。
沢井がやったのか?
それ以外は考えられやしないが、これほどまでの力があったなら、もっと早くその力を発揮してくれててもいいんじゃないのか?
そんな疑問に囚われ、立ち止まっていた俺は、突然腕を掴まれた。
「何してるの!
早く、今の内に逃げるよ!」
土居が俺の腕を掴んで、引っ張るようにして駆け出した。
10mほど空いた空間も、鋼鬼たちが再び埋め尽くそうとしている。その空間が再び鋼鬼たちに埋め尽くされる前に、通過しなければならない事に、改めて気づいた。
土居と共に駆け抜けていく。その足元は、損壊し、血まみれとなった鋼鬼の肉体。
舗装された道路とは違い、平ではない上に弾力もあり、しかも血液でぬめる事で、うまく駆けて行けない。それは鋼鬼たちも同じようで、足を取られてよろめく鋼鬼。その背後の鋼鬼が、押し出す圧力となり、前の鋼鬼が倒れていく。
ただ、俺達には知能があった。足元の鋼鬼の肉体の胸の辺りを踏みつけ、足場のよい場所を確保して進んで行く分、有利だった。
「沢井さん、何しているの!」
沢井の所にたどり着いた時にもまだ、沢井は突っ立っていた。
「嚙まれたのか?」
動こうとしない沢井に、俺はそんな疑問を口にした。
「ううん」
沢井が否定する言葉を発した時には、土居の視線は沢井の全身をチェックし終えていた。
「大丈夫みたいだね。
行くよ!」
土居は俺を掴んでいた手を離して、沢井の腕を掴むと、再び駆け出した。
俺たちは鋼鬼たちに取り囲まれる前に、福原たちの所までたどり着いた。
が、ほっと一息つく間もなく、土居は予想通り病院の建物から現れたらしい異国の兵たちとの戦いに加わった。
「わ、わ、私も」
少し呆然気味だった沢井が、そう言って土居に続いて参戦すると、その決着はすぐについた。
「超音波を出している装置は、これよ」
超音波を聞き取ることができる沢井は敵を倒しただけでなく、小型のスマホくらいの装置を手に戻って来た。
「お疲れ様。
さすが沢井さんだ」
戻って来た沢井に、すぐに俺はそう声をかけた。
沢井は、俺の言葉に軽く頷きながら、横を通り過ぎて行った。沢井が近づくと鋼鬼の群れが後退し始めたのが分かった。
今まで、推測レベルと言えば、それまでだった鋼鬼を操る超音波の装置。それが正しかった事が、今証明された。
これで、俺たちが鋼鬼たちに襲われる事は無くなった。
そんな安心感に包み込まれた余裕からだろうか、沢井の表情が硬い事に気づいた。
「どうしたんだ?
疲れたのか?」
そうだ。あれほどの鋼鬼たちを一瞬の内に葬ったのだ、疲れていても不思議じゃない。
「あれは、誰がやったの?」
俺の問いに答えず、沢井は意味不明の言葉を口にした。
あれ。それについて、色んな選択肢が俺の頭の中に浮かんでは消えた。
俺たちをここに誘い込むための爆破工作とかだとすると、それはたった今、倒したUNを騙る異国の者たちに決まっている。
鋼鬼たちを使って、俺たちをその輪の中に閉じ込めた者も、同じ者たちだ。
その輪から脱出するために、多くの鋼鬼たちを一瞬の内に葬ったのは、当の沢井である。
そして、その後、早川を狙って現れた異国の者たちを葬ったのは、福原たちとこれまた沢井自身である。
「あれって、何の事だ?」
率直な質問だ。
「あれよ!
鋼鬼たちを一瞬の内に葬ったのは、誰?
私たちを救ったのは誰なの?」
「え、沢井さんがやったんじゃないの?」
土居の言葉に、俺も軽く頷きながら、沢井を見つめた。
「違う。私じゃない。
斬っても、斬っても、現れる鋼鬼。
だと言うのに、一瞬の内に鋼鬼たちを瞬殺したのは、誰なの?」
沢井の語尾は絶叫に近い気がした。
確かに、鋼鬼たちの肉塊の胸の部分を踏みつけるように移動して来た時の光景を思い出してみると、鋼鬼たちの肉体はレーザーソードで損壊させられたと言うより、物理的に力で破壊された風だった。
「沢井さんじゃない?
としたら?」
河原なのだろうか?
そんな思いで、河原の姿を探した。
完全に河原の居場所を見失っていたと言うか、意識から消え去っていたが、河原は俺達の車から少し離れた場所で、早川を抱きしめていた。
いくら大切な女の子だとしても、今、ここで抱きしめるのか?
そんな思いで二人を見つめていると、河原の気持ちが少し解ったな気がした。
早川の顔は固まり、視線は彷徨っていると言っていい感じだ。
何かの力を持っているか、もしくは超人かと思ってはいるが、沢井とは違いあくまでも心の中は、ただの女の子なのかも知れない。
大切な河原が鋼鬼たちの群れに囲まれた事への恐怖なのか、背後から銃を持った兵たちが現れた事への恐怖なのかは分からないが、その表情ははっきり言って、普通ではない。そんな事を隠そうとしてか、引き攣り気味の笑みを口元に浮かべているようにも見える。
「大丈夫、大丈夫だから」
河原がそう言いながら、早川の頭を撫でている。小さな子供と同じで、あの少女はそれで安心するのだろう、その表情は柔らかさを取り戻しつつあった。
「なんで、あの子はあんななの?」
いつの間にか俺の横に来ていた土居が言った。
「よほど怖かったんだろ。
土居さんたちとは違い、ただの民間人の女の子だからね」
「違う。そんな事、言ってない。
あの子の姿をよく見て見なさい」
土居はそう言いながら、早川を指さして、再び言葉を続けた。
「あの子、ここにいたんじゃなかったの?」
「うん?」
土居の言葉の意味を探ろうと、再び早川に視線を向けた。
固まった顔に血が付いている。それは鋼鬼の血を浴びた河原から移ったものだろう。
服も血に染まっているが、それは河原が抱きしめているから。そう思いかけて、思い直した。早川の背中も血がついている。
よく見ると、だらりと下げられた両手は、惨いほど血にまみれていて、指の先から血が時折、ぽたりと滴ってさえいる。
「どう言う事だ?」
俺も土居と同じ疑問を抱かずにいられなかった。
「河原たちはあの時、どこにいたんだ?」
「近くにはいなかったはず。
だって、いたなら、私が気づいて、君と同じように、あそこから連れ出したはずだから」
土居が言った。確かに、河原は沢井の後を追って、鋼鬼の群れに飛び込んでいたはずであって、俺の周辺にいた訳が無い。
「マジで、鋼鬼たちの壁を打ち破ったのは、沢井さんじゃないんだよな?」
「そうよ。
私に視認できないスピードで、鋼鬼たちを瞬殺した者がいるって事。
信じられる?」
それが事実だとしたら、とんでもない話だが、作り話でも嘘でもなさげなのは、固い沢井の表情を見れば分かる。
としたら、やったのは、河原? それとも、早川?
早川の手を見れば、早川と言う可能性の方が高そうなんだが、超人の能力さえ遥かに超える力を持っているのなら、なぜ河原は彼女を戦わせないのだろうか?
女の子に守られたくないとか言う、しょうもない男のプライド?
それとも、戦うと彼女の寿命が縮まるとか?
その答えは分からないが、手掛かりを求めて、俺は河原たちの所に歩き出していた。
初めて読んで下さった方で、少しでも面白いと思って下さったなら、第2.5章から読んでみていただければ、嬉しいです。
第1章からですと、話が多すぎますし、元々三章を別作品で書こうとしていましたので、第2.5章から読んでいただいても、楽しんでいただけると思っています。
よろしくお願いいたします。