あの時2(修と詩織編)
すでに大勢の客は外に逃げ出したと思われる中、逃げ遅れた人たちと共に、俺と詩織は西口を目指していた。東口に現れたと言う鋼鬼の姿は、振り返って見てみても、見つける事はできない。もしかすると、外に出たのでは? と言う事も考えられるが、今は他の人たちと共に、西口を目指すしかない。そんな思いで駆けている俺の耳に、異様な叫び声が届いた。
「うぉぉぉぉぉ」
テレビで聞いたことのある鋼鬼の叫び声だ。しかも、それはテレビのスピーカーから流れているかのように、すぐ近くから聞こえて来た。東口に現れた鋼鬼と同一なのか、別なのかは分からないが、売り場の側から、飛び出して来た鋼鬼は西口を目指す人たちの側面から襲い掛かって来た。
「きゃあああ」
最初の犠牲者は、年配の女性だった。鋼鬼に腕をかぶりつかれた。周辺にいた人たちは真っ青な顔で、その女性の周囲から散り始めた。もはや、西口を目指していた事を忘れたかのように、東口を目指すものも現れ始めた。
どこに逃げるべきか?
一瞬、戸惑っている内に、鋼鬼の目がぎょろりと動き、俺たちに向けられた。
「うぉぉぉぉ」
鋼鬼はそう雄たけびを上げながら、かぶりついていた女性を離して、俺たちに向かって来た。
「に、に、逃げるぞ!」
「あ、あ、足がすくんで、動けないよ」
鋼鬼に襲われるリアルな恐怖が、俺と詩織を包み込んでいた。どもる俺と、足を動かせない詩織。俺は慌てて、詩織の腰の辺りを抱え込むと、そのまま駆け出し始めた。が、とてもじゃないが、人ひとり抱えて駆けていたのでは、スピードは出ない。
振り返ると、知性の無い歩き方の鋼鬼だと言うのに、その距離は縮まっていた。
「助けてください」
まだ近くにいた人たちに助けを求めた。誰か一人でも、特に男の人が力を貸してくれれば、詩織を抱えたままでも、鋼鬼を振り切って逃げきれるはずだ。
「誰か、手を貸してください」
言葉を変えて叫びながら、辺りを見渡してみたが、自分が逃げる事に精いっぱいで、誰一人手を貸してくれそうにない。
「お願いです。
助けてください」
そう叫んだ時、俺の体は急減速し、腕の中から詩織の体がするりと抜けて行った。
振り返ると、詩織は足を鋼鬼に掴まれ、ふくらはぎ辺りを噛みつかれていた。
「詩織ぃぃ」
「痛いよ。
お兄ちゃん!」
瞳から涙をあふれさせながら、詩織が俺に右手を伸ばした。
俺は詩織の手を掴まず、詩織の腰付近の床に転がっていた鞄を目指すと、そこからレーザーソードを取り出し、今更だが鋼鬼の首を刎ねた。その後の事は覚えちゃいない。次にある記憶は、鋼鬼にかまれた詩織を連れて、家の中に入ったイメージだった。
その日以来、俺たちの街も鋼鬼に汚染された地区となった。
そして、詩織もやはり鋼鬼化が進み、鋼鬼になるくらいなら、殺して欲しいと懇願され、俺は涙の中、詩織の願いをこの手で叶えた。
「失った後で後悔しても、大切な者は戻って来やしないんだ。
他人任せにするんじゃなく、大切な者を守るためには、自分がやらなきゃいけない場合もあるんだ」
脳裏によみがえったあの時の光景。詩織を手にかけてしまった自分の両手に目を向けると、かみしめていた反省の言葉が、ふいに俺の口からこぼれてしまった。
話の流れから言って、詩織に関するちょっと重い発言と受け取ったんだろう車内の人たちは、表情を硬くしていた。
そんな重苦しい空気に包まれ、エンジン音とロードノイズだけに満たされた車内で、次に口を開いたのは、早川だった。が、それは俺に向けられたものではなく、河原に向けられたものだった。
「真、私もそう思うの。
て言うか、私ももう大切な人を失いたくないの」
どうやら、彼女も俺に似た経験をしているらしい。
「でも、だめだ」
「何がだめなんだ?」
相変わらず即拒否をした河原に、たずねてみた。
「お前には関係ない」
少しは予想していたが、またまた即拒否られた。
「でもね、彼の言う通り、失った後で後悔しても、大切な者は戻って来やしないんだから、大切な人を守るためなら、私は戦う」
この子が戦ったところで、戦力になるのだろうか? と言う気はするが、今までの二人の会話から言って、この子も何か力を持っている可能性がある。それも、隠し続けるほどの。
「だめだ」
河原のその言葉も、俺の推測を裏付けている気がした。戦力にならないなら、河原の言葉は「だめだ」ではなく、「無理だ」とか、「死ぬだけだ」とかになるはずだ。
「ううん。
私は本当の希望にならなきゃいけないの」
「希望って?」
沢井が早川にたずねた。
「開けてはならないパンドラの箱を開いたために、この世に災厄がまき散らされた。
そして、慌てて閉じられたパンドラの箱の奥には、希望が残っていたと言う事さ」
早川に代わって、河原が答えた。
「それはただのパンドラの箱の話だろ?」
俺の突っ込みに河原は何も返さなかったが、土居が意外な言葉を口にした。
「それって、この超人技術の事を指してるの?」
「さあ?」
河原は土居にはそれだけを返し、早川に視線を向けて、再び彼女の言葉を拒絶した。
「ともかく、結希ちゃんは何もしなくていいんだ」
頑なな河原に早川は、黙り込んだ。が、それが納得したのではない事は、彼女の膨らんだほっぺが物語っていた。
もし、希望と言うものが、土居の推測通り、超人の技術と関連していて、彼女が何らかの力を持っているとしたら、それは一体何なんだ?
希望と言うくらいだから、この世界に光をもたらすほどのものなんだろうか?
一見、普通の女の子にしか見えない早川結希と言う少女が持っているらしい「希望」と言う新たな謎に、俺は首を傾げるばかりだった。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
私生活の変化で、執筆する時間がなかなか取れなくなり、書き上げていた話をずっと予約投稿してきましたけど、手持ちの話はここまでになります。
ここから先は、話が出来上がり次第不定期に投稿していく予定ですが、更新のペースがぐっと遅くなります。
せっかく、読んで下さっていたのに、すみません。
少しずつでも、更新していく予定ですので、引き続きよろしくお願いします。




