もう一つのレーザーソード
鋼鬼を作った奴らは、超人技術の秘密を持つ早川結希と言う少女を奪取するため、UNを偽る兵たちだけでなく、鋼鬼を送り込んできた。俺たちの行動が敵に漏れていると言う事は、この国をこんなにしてしまった敵に通じる者が俺たちの身近にいると言う事だ。
それが桐谷なのか、杉本なのか、高山なのか、はたまた彼らの身近な人物なのかは分からないが、そいつを突き止め、鋼鬼たちと共に葬ってやると言うのが、俺の新たな目標となった。
俺たちを襲った鋼鬼たちを一掃しはしたが、河原はじっと立ち止まったまま、すでに姿が
見えなくなった二人の幼女たちが向かって行った方向を見つめていた。
「なにか、まだ気になるのか?」
河原の様子に気づいた福原がたずねた。
「鋼鬼たちを操っていた超音波は、まだ続いている」
「鋼鬼がまた襲ってくるのか?」
「分からないが、早くここを離れた方がいいかも知れない」
河原の真剣な表情と緊迫感のこもった口調に、福原は一刻も早くここを立ち去る事を決断した。
俺たちが向かうのは、当然、桐谷の研究所。来た道を引き返し始めた時だった。
「前方が鋼鬼の群れで埋まっています」
急ブレーキをかけながら、上本が叫んだので、視線をフロントガラスの向こうに向けた。
道幅いっぱい横に広がった鋼鬼たち。さらにその奥にも、数多の鋼鬼の姿が見て取れるが、ここからでは、それがどこまで続いているのか視認できやしないが、はっきり言って、上本が言った”埋まっている”と言う表現がしっくりくるほどの鋼鬼たちで、道路が埋め尽くされていた。
「バックします」
そう言って、後ろに顔を向けた上本の目が、大きく見開いたのを俺は感じた。そこに浮かぶ緊迫感。最悪の光景を予想しながら、俺も背後に目を向けた。
ついさっき俺たちが通って来た道も、溢れんばかりの鋼鬼たちで埋め尽くされ始めていた。
「横道に」
上本はそう言うと、横道に入り込むためハンドルを切り、アクセルを踏み込んだが、すぐにブレーキに足を踏みかえて、停車した。
「ここにも、鋼鬼たちが」
上本が慌てて後退し、新たな横道を探し始めた時、福原が言った。
「まあ、待て」
落ち着いた声音。落ち着いた表情。そこに、何か策ありと感じた俺は、続く言葉を待った。
「わなに嵌められたんだろうな。
どこも鋼鬼たちで溢れているはずだ。
逃げ場はないに違いない」
福原の事である。ここで終わりではない。で、どうするんだ? と言う視線で福原を見つめていると、早く答えが欲しかったらしい上本が言った。
「じゃあ、どこへ?」
「行き場は無い」
予想外の言葉に、俺はシートからずり落ちそうになった。
「じゃあ、打って出る?」
土居があの武器を構えたが、それだけであの数の鋼鬼は殲滅できやしない。
「これも奴らの仕業としたら、鋼鬼がすぐに襲って来る訳はない」
「そうでしょうね」
福原の言葉に、河原がすぐに同意した。
その言葉を裏付けるかのように、鋼鬼たちは俺たちを取り囲む壁かのように、進路を塞いだまま近寄って来る気配を見せない。
「これは?」
「鋼鬼たちが嫌う超音波を彼らの前後で、発生させているのよ」
沢井が言った。きっと、近くで発生している超音波を沢井は聞き取っているのだろう。
「じゃあ、これからどうするんだ?」
武本が言った。
「向こうから動きがあるはずって事じゃない?」
武本とペアを組んでいる沢井が言った言葉に、福原が頷いた。
「じゃあ、今は待つしかないって事か」
がっくし感満載の口調で、武本が言った。
「あまりにも、鋼鬼が多すぎるからね」
「真!」
沢井がそう言い終えた時、早川が河原の服の裾を引っ張りながら言った。その表情は、沢井の絶望的な言葉に、悲観してと言う風ではなさげで、何かをお願いしている風に俺は感じた。河原に鋼鬼たちを駆逐して欲しいと言う意味なのかも知れないが、超人の沢井でさえ「多すぎる」と言っている数の敵を相手には、河原だって簡単な事じゃない事も分からないのだろうか?
「何もしちゃ、だめだ」
早川に返した河原の言葉は意外だった。そこから読み取ると、早川と言う女の子は、河原に鋼鬼たちをなんとかしてほしいと言ったのではなく、自分に何かをさせてほしいと言った風である。
その不思議な言葉に、視線を河原に向けていると、車外から大きな声が聞こえて来た。
「ハヤカワユキヲダセ。
デナイト、コウキタチニオマエタチヲオソワセルゾ」
上の方から届けられたその声に、福原はドアを開けて、車外に飛び出した。人の姿を見ると、襲って来る鋼鬼たちだが、よほど超音波は嫌いらしく、福原の姿を見ても襲って来る気配すら見せていない。
福原に続いて、土居や沢井も飛び出して、上を見上げた。
俺も外に出て、上を見上げた。
「あそこだ!」
福原が、道路を挟んで建つビルの数々の一つの屋上を指さした。
そこには軍服姿の男たちが並んでいた。
「断る!」
福原が大声で言った。
「ソコデシネ」
屋上の男はそう言った。
次はどんな手で来るのか?
鋼鬼が襲って来るのか?
そんな思いで身構えたが、鋼鬼も屋上の男たちにも動きが無い。
「どう言う事だ?」
辺りを警戒しながら、俺が言った。
「このまま包囲を続けると言うことだろう」
福原が言うと、河原が言葉を付け加えた。
「俺たちが食い物も、水もなく、干からびて死ぬのを待つって事だろ」
「完全に包囲のわなにはまったって事だ」
福原が言った。
「なら、力がある内に打って出るしかないだろ?」
レーザーソードを取り出しながら、言った。
「が、数が多すぎる。
犠牲が出る」
福原の言葉ももっともだ。このまま俺が突っ込んで行ったとしても、沢井が突っ込んで行ったとしても、鋼鬼の壁を突破する前に、傷を負うのは目に見えている。
「沢井、レーザーソードがあったら、どうだ?」
「それなら、かなり斬り込めるけど、一人だけじゃあ無傷って訳にはいかないでしょうね。
まあ、私が死ぬのはいいんだけど、この体で鋼鬼になったら、マジ困るっしょ」
理性を失い、見境なく人を襲う超人なんて、困るなんてもんじゃない。無傷で沢井と共に、この鋼鬼の壁を突破したい。そんな思いが、ずっと隠していた言葉を俺の口から吐き出させた。
「実は、これはもう一本あるんだ。
俺と、斬り込まないか?」
そして、俺は鞄の中から、詩織のレーザーソードを取り出して、沢井に渡した。
「なんで、今まで言わなかったの?」
受け取りながら、沢井は俺にたずねてきた。
「色々あってな。
それより、二人でなんとかしよう」
「それを貸してくれるなら、俺が行こうか?」
河原が口を挟んできた。
確かに、俺よりも超人に近い河原の方が、確実性は上がるだろう。だが、俺的には、自分の運命を他人任せにできやしない。
「いや。俺が行く。
が、河原君も自分の武器で来てくれたら、助かる」
「分かった」
そう言って、車から降りようとしている河原を早川が腕を持って引き留めた。
「真、私も」
「だめだ。
結希ちゃんは、ここにいて」
「でも、私、大切なものは失いたくないの」
「大丈夫。三人いれば」
二人の会話の前提が見えてこない。まるで、早川も戦えるかのようじゃないか。
「その子も戦えるのか?」
率直に河原に聞いてみた。
「そんな訳ないだろ」
相変わらず、河原が即答で否定して来た。まあ、その答えは予想通りの言葉だったが。
「沢井、三人いれば、なんとかなるか?」
「私が先頭を突っ切っていくので、その後、討ち漏らした鋼鬼を河原君が、そしてさらにその後ろで荒木君がとどめを刺してくれたら、道を切り開けると思います」
「分かった」
福原が頷くのを見て、俺の心も決まった。
レーザーソードを起動し、俺たちの進路につながる道に目を向けた。
「行くよ」
そう言って、駆けだす沢井の後ろ姿を見つめながら、俺も駆け出した。
沢井と河原の姿はすぐに見えなくなり、変わって鋼鬼たちの壁から血しぶきが上がり始めた。