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Pandora(改稿版)  作者: あすか@お休み中
序章:始まりの夜
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始まりの夜

 とある研究所の集会室。

 テーブルを固めて作られた島には、白い布がかけられ、サンドイッチやパスタと言った軽食から、鶏のもも肉などの食べ物が盛られた皿が置かれ、それを取り囲む人たちの手には思い思いのドリンクを注いだグラスが握られていた。人々の視線は少し高くなった正面の演題に立つ男、ここの所長 小田悟志に向けられ、小田が語る言葉を真剣に聞き入っていた。

 小田はその右手にワインが注がれたワインを持ちながら、ゆっくりと、そして力強く、眼前の100人ほどの者たちに語っている。


「これまでの皆さんの頑張りが報われた訳で、この栄誉をみなさんと分かち合おうではありませんか」


 小田が立つ演壇の背後には「祝! 国立研究機関 移行」と書かれた横断幕が天井近くに掲げられていた。祝い事とあって、小田の前に広がる者たち、この研究所の職員たちの顔はどこか緩み気味だ。


「明日からの国家機関移行の準備として、本日は資料作成、サンプル作成と大変な一日だった事と思います。

 その疲れをこの場で癒し、明日からは松下大統領直轄の研究機関として、国家のために研究に尽くしていこうではありませんか」


 そこまで言って、小田はにこやかな笑顔で一同を見渡したのち、右手のグラスを高々と上げた。


「乾杯!」


 小田の声を合図に、「乾杯」の掛け声と、グラスとグラスを軽く重ね合う甲高い音が部屋の中に鳴り響き、万雷の拍手で締めくくられた。


「これで来期からはもっと開発費を調達できそうだな」

「当面は小田さんが所長らしいが、いずれは国から誰かが乗り込んで来るんじゃないのか?」

「この技術の発想や基本技術は小田さんのものだからな。そう言う事にはならないんじゃないか?」


 人々がグラスの飲み物と、テーブルの上の食べ物を手にして、会話に花を咲かせている中、ヴゥーッ、ヴゥーッっと、低く鈍い振動音が部屋の片隅でした。


「はい」


 首からぶら下げていたPHSを手に取り、そう答えたのは小田であり、電話の相手は小田の父親 哲也だった。


「帰って来てみたら、結希ゆきがかなり熱を出して、寝込んでいる。

 両手の人差し指にも包帯が巻かれていて、まことが言うには、お前から結希は大丈夫だから、そっと数日寝かしておいてやれと言われたそうだが、どう言う事だ?

 病院に連れて行かなくていいのか?」

「大丈夫だ。

 数日もすれば、熱も引くはずだが、もしかすると、家がうるさくなるかもしれないから、しばらくお父さんの大学病院で、結希だけじゃなく真も預かっておいてくれないか。

 そして、誰にも結希の病状を診させないでおいてくれ」

「もしかして、お前、結希にあれを使ったのか?」

「俺は全てを結希に託した」

「どう言う事だ?」


 小田の電話が続いている最中、人々に異変が起き始めていた。

 一人、また一人と床に倒れ始めた。


「おい、どうした?」

「大丈夫か?」

「救急車だ!」


 騒然とした雰囲気の中、事態に気づいていないかのように電話を続ける小田の所に何人かの男たちが駆け寄って来た


「所長! 大変です!」

「所長!」


 近寄って来た男たちにもちらりと視線を向けただけで、緊急事態に対応しようとする態度どころか、電話を切る素振りも見せない。


「携帯がつながらない」

「俺のもだ」


 仲間が次々に倒れて行き、それは終わることなく、拡大し続けている最中、外部との連絡もつけられない状況に身を置いている事に気づいた者たちの一部が集会室から逃れようと、ドアを目指し始めたが、たどり着く前に床に倒れ込んでいく。

 唯一ドアノブに手をかけた者がいたが、その者もドアを押し開く前に力尽きて、床に倒れ込んだ。


「もう少ししたら、俺の方からお父さんに電話するつもりだったんだ。

 今、話した事、よろしくな。

 さようなら、お父さん」

「おい、待て、悟志!」


 父親の問いかけに答えず、小田が話を終わらせて、PHSを切った頃には、会場の中で立っている者は小田以外誰一人いなくなっていた。


「悪いな、みんな。

 俺は妹の命を奪った松下に、この技術を渡す訳にはいかないんだ」


 すでに息絶え、床に転がる自分の部下たちの屍を前にしても、動揺も罪悪感も見せず、小田は迷いのない声で、一人そう言った。



 その研究所が夜空の闇の中、巨大な真っ赤な炎を噴き上げたのは、それから一時間もしない頃だった。

 灼熱の熱気が襲う中、体中の全ての汗腺から汗を噴出しながら、小田はPHSを握っていた。


「松下さん。

 残念だったね。私の技術は今、炎の中だ」

「どう言う事だ。

 火事か何かが起きているのか?」

「そう。火事だ。

 私が火をつけた。

 この技術はお前のような者には渡さない」

「全てを燃やす気か!」

「私も研究者だ。

 私が生きていた証はPandoraの箱に詰めておいたから、探してみるがいい。

 だが、それに手を触れたが最後、お前は命を失うだろうよ。

 くっ、はっはっはははははは」 


 笑い終えると、小田は手の中のPHSを見つめたかと思うと、燃え盛る炎の中に投げ捨てた。


「結希、お前の望みが叶うかもな」


 そう呟きながら、天井しか見えない建物の中で、空を見上げるかのように小田が顔を上に向けた時、小田の体を炎が飲み込んだ。

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