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第八話 九月一日 姫と僕の痛い登校風景

しばらく歩いた後にようやく学校が見え始めた。

ここに来るまで、本当に苦労した。

元々、家の中にいたときのまま出てきたために、彼女は姿を消しているため、周りには見えない。

そのため、基本的に、端から見れば、僕のやっている事は、誰もいない虚空に向かって話しかけている、ちょっと痛い人だ。

その時は、運良く誰もいなかったため、変な目で見る事はなかったので、助かったけれど、いつまでも、そんな事をしていくわけにもいかない。

通学路のど真ん中なのだ。いつ人が通るかわからない。

すぐに、会話を打ち切り、歩き始めたのだけれども、そんな僕の立場など無視して、彼女は延々と話し続け、相手にされないと分かると、今度はいきなり実体化しようとしたのだ。

彼女にしてみれば、相手にされないのは、姿が見えないから、つまり姿が見えれば、相手にしてくれる。

そう単純に考えただけの事なのだろうが、僕にしてみれば、たまったものじゃなかった。

いくら実体化されたところで、部外者である彼女は学校には入れないから、追い出される事になるのは必至の事で、おまけに、容姿に関しては、飛びぬけていいから、周りにかなりバッシングされるだろう。

そして、それ以上に、問題なのは、状況なのだ。

もちろん、その時には既に、周りに人がいたため、いきなり、先ほどまでいなかった人間が、ぽんと出てこられたら、静かな朝の一時をぶち壊す大騒動になってしまう。

慌てて、小声で止めたから、なんとかなったけれど、もし僕の対応が一瞬でも遅く、彼女が実体化するような事になっていたら、ぞっとしない。

結局、そのままなし崩し的に、小声でぼそぼそと彼女と会話をしたのだが、その光景が少々怪しすぎて、痛い人を見るような目で数人に見られてしまった。

こう言うとき、テレパシーみたいなものが出来ればいいと思うのだが、現実はやっぱりそううまくはいかないらしい。

まぁ、憑かれていると言っても、別々の存在なのだ。

魂が繋がっているわけでもないのだから、頭の中だけで会話しようというのも無理な話だろう。

「とりあえず、ここからは、黙っていて。話しかけても、答えられないから」

なので、話をするためには、言葉にしなければならないけれども、さすがに学校に憑いたらそんな事も言えない。

まだ、お互い知らないような相手なら、どんなふうに思われても我慢できるが、さすがにクラスメイトや友人にまで痛い人だとは思われたくない。

まぁ、一応、僕が霊に憑かれやすい体質だと言う事は、友人だけなら知っているから、彼らの前に関してなら相手してやる事は可能なのかも知れないけれども、あんまり広めるような事はしたくない。

もし、彼女が、美人だと知れば、絶対に実体化させようとするだろう。

僕の周りには基本的に飢えた獣ばかり、きっとなりふり構わず迫ってくるだろうし、おもしろそうな事が大好きな姫はきっと勝手に実体化しようとするだろう。

そうなったら、もう僕では収拾はつかなさそうだ。

「えー、やだ。相手しないと人前で襲うよ?」

「お願いだから、それだけは勘弁」

だから、一番無難な方法を選んだのだが、当の本人は全く納得いかないようす。

まぁ、一人でふわふわ浮いてるだけじゃ、確かにおもしろくないのは分かるし、僕に話し相手になってもらいたがるのも仕方ないだろう。

ただ、どうして、脅し文句がそれなのだ。

これじゃ、まったく立場があべこべだ。

普通、そう言う言葉は男の人が女の人に言うものだし、そうであっても、言う人自体はほとんどいない。

その言葉を言う自体で、もう犯罪だ、手が後ろに回っても文句は言えない。

なのに、彼女は、そんな危険な言葉を平気で言う。

いったいどんな頭の仕組みをすれば、そういう発想になるのか、教えて欲しいものだ。

「んじゃ、相手しなさい」

「だから、無理だってば。帰ってからしっかりと相手してやるから、我慢してくれって」

とはいえ、今はそんな事を議論している暇はない。

もう、どんどん学校は近づき、校門は目の前にある。

これ以上、ぼそぼそと独り言のように話すにも限界がある。

「……分かったわよ。その代わり、帰ったらしっかりとおもちゃにさせてもらうからね?」

だから、何が何でも、彼女には、黙っていてもらわないと困るのだが、ようやく彼女にもそれが分かったらしい。

後半部分がちょっと怖い気もするが、この際、そんな事は無視だ。

とりあえず、今この場を何とか乗り切れただけでもましだと思いたい。

「んじゃ、私は家に戻っているから」

そして、彼女はそう言うと、反転して、今来た道を戻っていく。

どうやら、これ以上、僕にくっついてくるつもりはないらしい。

まぁ、話す事も出来ないのだから、一緒にいても仕方ないだろう。

校門をくぐり、昇降口を抜け、そこで、靴を履き替えると、教室にはいる。

そこには、見慣れたクラスメイトの姿がちらほら。

思わず、その姿を見た瞬間に心の奥底からほっとした。

今の今までずっと休まるときなんてなかった。

何かしらの制限付きで行動をするしか出来なかった。

昨日だって、一応、いつもの場所で昼寝をする事は出来たけれども、結界を張ると言う条件下での事。

何も気にせず、何もしないでいられたというわけではない。

だけど、今、この瞬間は違う。

確かに、式は退屈だろうし、ホームルームとかで、いろいろと面倒くさい話し合いもあるだろう。

だけど、そんな事は、延々と気を張り続けて、四六時中周りを気にしないといけなかった事に比べると、蚊に刺された程度だ。

もし、こうして学校にいる限り、姫の魔の手から逃れられると言うのならば、僕は喜んで、いくらでもこの退屈な時間を我慢しよう。

「おはよう」

クラスメイトに、そう声をかける。

僕の席はやや窓際よりの教室の真ん中辺り。

つまり、ものすごく中途半端な場所なわけで、まさしく平々凡々たる僕にぴったりと言った感じだろう。

そんな事をぼんやりと考えながら、僕は席に付いた。


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