第四話 九月一日・幻想
ちょっとやばめかもしれませんね。
でもでも、大丈夫……
だと思いたい。
てか、大丈夫だと願いたい。
ホント、僕って、どうにもこんな感じのきわどいネタが好きなんですよねぇ。
海上に写る街のネオン。
その色とりどりな輝きは、陳腐な表現だが、まるで宝石箱のようで、見るもの全てを魅了する。
けれど、それを窓越しに眺める僕には、どこにも熱はなく、むしろ、まるでそれには、一片の見るべき価値は見受けられないとでも言っているかのように、どこか冷めたような眼で見ている。
いや、真実、それには見るべき価値などない。
それ以上に、見るべき物、愛でるべき物がすぐそばにあるのだ。
視線の先を窓から部屋の中に変える。
キングサイズのベッドが一つにテーブルセットが置いてあるだけの部屋。
宿泊だけを目的とした部屋である事がすぐに見て取れる。
けれど、宿泊目的だけの部屋にしては、そこは、まるでおとぎ話に出てくるお城のように、一つ一つ丹精込められた豪奢な小物が、全く嫌味にならないほど、極自然に置かれている。
確かに、それは海の上に散らばる偽物の宝石よりも、ずっとずっと価値はあるだろう。
例えば、自分のすぐ傍に置いてある何でもなさそうな花瓶。
けれど、そこに、施されている装飾は、美しい女神の裸体を、植物のつたが複雑に絡み合い、決して下卑たいやらしさなどない、上品で高貴な色気をかもし出しており、その価値は、一般サラリーマンの年収にも匹敵するほどの物。
家宝にするには、十分な代物であり、また、眼の保養にする事も可能だろう。
僕とて、その花瓶の美しさには、心を奪われかけた。
けれど、それが、僕の言っている見るべき物、愛でるべき物かと聞かれたら、答えはノーだ。
それよりも、もっと美しく、もっと心奪われる存在が、すぐ傍にある。
僕は、また視線の先を変える。
今度は、ベッド。
いや、違うか、ベッドの上にある存在。
まるで神々の芸術作品かと思わずにはいられない、至高の存在。
極上のビロードを闇夜の空に広がる漆黒で染めたような髪。高純度でその先が見えてしまいそうなほど美しく澄んだ黒曜石のような瞳。シミやそばかすなどが全く見られない白磁器のような白く滑らかな肌。抱きしめれば脆く儚く折れてしまいそうなほど華奢でありながら、出るべきところはしっかりと出ている肢体。
その一つ一つが強烈に己の美しさを象徴しているが、決してそれがいびつになる事はなく、むしろしっかりとした調和が取れている。
まさしく、それは、完成された美。
誰もが羨み、望み、手を伸ばしながらも、決して届く事などない至高の存在。
その芸術作品……彼女の名は、姫。
そして、彼女こそ、見るべき、愛でるべき存在。
僕が心の奥底から、愛さなくてはならない存在。
不意に眼が合った。
相変わらず、澄んだ黒瞳は、僕の胸を、心を射抜き、誘う。
それが、彼女の合図。
僕は、そっと一歩踏み出し彼女に近づく。
緊張しているのか、はたまた期待しているのか、彼女の頬や肌は、上気して薄いピンク色に染まっている。
更に一歩踏み出す。
美貌の女性は、もう僕の目の前。
手をほんの少し伸ばしただけで、彼女に振れる事も、この腕で抱きしめる事も、更にそれ以上の事も出来る。
頭の中に、僕の腕の中に包まれる彼女の姿が浮かぶ。
惜しげもなくさらされた裸体。その姿は、まるで花瓶に描かれた女神のように、エロティックながらも、全くいやらしさなどなく、どこか神々しさを秘めている。
彼女が瞳を閉じる。
先ほどまで強烈に惹き付けていた黒瞳は、姿を隠したが、逆にそれがよりいっそう強い瞳の印象を与える。
もう一度あの澄んだ瞳を見たい、と。
そして、その瞳を見るためには、何をすべきなのか、と。
僕は、手を伸ばし彼女の肩に手を回す。
彼女が何を望んでいるのか。
そんな事、閉じた瞳を見れば分かる。
そっと彼女の唇を指でなぞる。
ぷっくりと弾力のあるそれは、僕の指を軽く弾きながらも、どこかでしっかりと吸い付くようにしてまとわり付く。
「焦らさないで」
その行為の後、彼女は瞳を閉じまま、ねだるようにそう呟く。
その声は砂糖菓子のように甘く、吐かれた吐息は、首筋を優しく、撫でる。
一瞬、被虐心のろうそくに火が灯り、このままもう少しの間焦らしてみようかと思ったが、すぐに切り捨てた。
確かに、このまま、彼女を焦らしてみるのも楽しいだろう。
仔猫のように甘えてくる彼女は、美しいその外見とは違って、愛らしくて、可愛らしくみえる。
けれど、だからこそ、そこに盲点があるのだ。
美しいながらも、愛らしく、可愛らしい彼女。
その姿が、僕の心の中にある男の部分を、強烈に刺激し、理性の鎖などあっさり引きちぎってしまえと甘く誘惑するのだ。
そして、それに耐える必要など、今ここにはない。
僕は彼女を求め、彼女もまた僕を求め、受け入れている。
焦らすという行為を行う気などすぐに消えてなくなってしまったのだ。
彼女の肩を抱く力を本の少しだけ強める。
彼女がそれに小さく反応したが、気にせず、彼女との距離を縮める。
彼女の吐く息は、既に耳よりも肌で感じるほうが早く、まだ触れ合ってもいないのに、僕の唇は熱く熱を持っている。
興奮しているのだろう。
この神々の芸術作品である彼女の唇を我が物にできる事を。
更には、それから起るであろう出来事に。
瞳を閉じる。
上気し、熱を持った朱色の頬を、彼女の照れたような表情を見てみたいと思ったが、キスをするときに、それをするのは野暮な事。
瞳は閉じ、心の眼で、彼女の姿を捉える事こそ、この瞬間に相応しい。
一瞬だけ止めた動きを再開する。彼女の息遣いが、心音が、瞳を閉じた事によって、さらに強く感じられる。
そして、もう後一コマ。
次の瞬間には、唇が触れる。