表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/26

第二十三話 九月二日 心残り

「はあ、はあ、はあ」

いつしか、僕の吐く息は荒くなっていた。

いくら慣れた山道とは言え、やはり、平らではない道を走れば、思った以上に、走りにくく、体力の減り方も早いのかもしれない。

ざわり、また、風が吹く。

更に、強い風。

予想外の強風に、思わず、バランスを崩し、その場に倒れこむ。

慌てて、立ち上がるが

「痛っ」

どうやら、足をくじいたのだろうか、左足首に鈍い痛みがする。

けれど、僕はそれを我慢して、再度走り出す。

左足を踏み込むたびに、痛むが、そんな事は言っていられない。

何かが、そう正体の分からない何かが、僕の事を絡めとろうとしている。

もし、ここで止まれば、ここで止まってしまえば、取り返しの付かない状況になる。

だから、痛む足を引きずるようにしながらも、走る。

一生懸命に走る。

だけど、

「……なんで」

気が付いたら、また最初の場所に戻っていた。

あの、いつも昼寝していた場所。

先ほど、逃げ出したはずの場所。

ざわり、と、また風が吹く。

全てを奪い去るかのように。

全てを嘲笑うかのように。

僕は振り返る。

どうして、こんな事になっているのか分からない。

一対何が僕を絡めとろうとしているのかなんて分からない。

ただ、背中から感じる独特の気配。

身体中を舐めまわされているような不快な感覚。

前方を見据え、すっと目を細める。

確かに、そこには何かがいる。

靄に囲まれてはっきりとしないが、それでも、そこに自分にとっては良くないものがいる事が良く分かる。

何度も経験して来た事。

できる事なら、本当は経験したくなかった事。

「あびらうんけん・そわか」

虚空に円を描き、最後にその中心に点を置く。

志穂に教えてもらった、簡易結界。

僕を守護してくれる存在から力を借りるための儀式。

普段は、簡略してしか使わないから、わざわざ言ったりしたりしないけれど、今回はそんな事は言っていられない。

自分でも分かるほど、空気がぴりぴりとしていて、肌がちくちくと痛む。

しかし、相変わらず身体中にまとわり付くような嫌な感じもなくならない。

はっきり言って、僕が相手に出来るような相手じゃない事ぐらい分かっている。

かなりたちの悪い霊だろう。

けれど、諦めて、為されるがまま、あっさりと陥落する分けにもいかない。

明らかに、僕を狙って来ている。

狩りをしている者の気配。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」

更に、九字の印を切る。

九字護身法と呼ばれる結界。

簡易ながらも、力のある結界を生み出す呪法。

その一言一言に力を込め、言霊にする。

力は言葉に込められた想いの分だけ強くなる。

特に、未熟で力の足りない僕には、それをするのとしないのとでは、効果が大きく違う。

そして、ついに気配の主が動いた。

靄が掻き消え、そこから現れたのは異形の存在。

思わず、悲鳴をあげてしまいそうになるほど、醜悪な姿。

顔のパーツの位置はいびつで、骨格も歪んでいる。

更に、身体も四肢はついているが、折れているのかどうか分からないが、本来ならありえない方向を向いている。

「はっ!」

ともすれば、一瞬にして、恐怖のどん底に叩き落とされそうな状況。

けれど、大声で叫ぶ事で、恐怖を振り払い、力を込めて編んだ結界を展開する。

付き進んできていた異形のそれは、展開した結界に激突すると、弾き飛ばされる。

思いを込めた編んだ結界は意外と強靭で、簡単には壊れない。

とはいえ、だからと言って、そのまま攻勢に移れるわけでもない。

僕が出来るのは専守防衛。

守って、守って、守りきって、逃げる。

攻撃手段なんてない。

けれど、このまま背を向けて逃げ出したところで、到底逃げ切れるとは思えない。

彼らのような、霊が何を出来るのか、僕は知らないが、それでも、今の状況を作ったのが、目の前にいる異形だと言う事ぐらいは分かる。

いくら、夜道で暗く、明かりが携帯だけとは言え、迷うような事はない。

できる事なら、携帯を使って、このまま逃げ出したいのだけれども、それも、目の前の霊の影響かどうかは分からないが、圏外になっている。

「ぎゃぁぁぁぁ」

無様に倒れこんだ異形の霊は、起き上がると、また僕に襲いかかってくる。

その喉から発せられる声は、醜悪な姿に見合った醜いもの。

思わず居竦みそうになるが、必死にそれに耐える。

結界の強さは思いの強さ。

気持ちが折れれば、一瞬にして壊れてしまう。

異形の霊は再度結界に当身をするも、やはり僕の編んだ結界は壊せず、吹き飛ぶ。

けれど、それもいつまでも持ちこたえるとは思えない。

「あびらうんけん・そわか・臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前・二重結界」

更に結界を編み、強化する。

とりあえず、考える時間が必要になる。

とはいえ、できる事はそんなに多くはない。

攻撃手段がなく、おそらく結界のようなもので、逃げられないように閉じ込めているんだろうが、それを打ち破る手段を僕が持っていない以上、この場から出る事は不可能。

一番、可能性があるのは、このまま助けを待つ事だが、それもあまり期待できない。

明日になれば、姫が探してくれる可能性もあるが、そんなに長い間結界を保つ事は出来ない。

僕程度の力では、せいぜいもっても数時間程度だろう。

距離を取りつつ、攻撃を受けないようにすれば、ある程度時間は延びるだろうが、それでもどんなに頑張っても、次の日を迎えられる自信はない。

それに、この空間内は、目の前にいる異形の世界なのだ、簡単に距離を取る事も難しいだろう。

現状では、手は、ない。

なら、一か八か攻撃に移ってみるのもいいかもしれない。

いくら、未熟とは言え、僕もそれなりに力はある。

志穂や彼女のお父さんのように、一撃でしとめられるような力はないが、それでも目くらましや気を散らす程度なら出来る可能性はあるし、うまく行けば結界に綻びが出来て、そこから逃げ出せるかもしれない。

ただ、それの難点をあげるとすれば、僕がその呪法を知らない事。

もちろん、呪法なんてものがなくても、効果は出せる。

そもそも、呪法というものは、よりイメージを強くしたり、精神を集中させたりと、補助的な役目しかない。

普段九字護法を使うとき、僕が簡易省略できたのも、うまくイメージして、それに言霊をのせる事が出来たからだ。

もちろん、省略している分、効果は落ちるが、それでも使えないわけではない。

「ぎぃぃゃぁぁ」

異形の霊がおぞましい雄叫びをあげて、体当たりをしてくる。

途端に、何とか先ほどまでは、持ちこたえていた九字護法の結界に、ひびが入る。

思わず舌打ちをする。

思考に意識がいっていた分、結界が少し脆くなってしまったのだろう。

次にそこを狙われてしまえば、確実に壊れてしまう。

一度ひびが入れば、もうそれは使い物にならない。

再度九字護法の結界を編みなおすしかないだろう。

やはり、今は攻撃云々の話をしている暇はない。

とりあえずは、身の安全の確保。

そして、ゆっくりと考える時間が出来てからだ。

「あびらうんけん……」

再度九字の印を切ろうと、用意をし始めたところで、異形の霊が動くのを止め、僕をじっと見る。

その行動を見て、何故か嫌な予感がした。

ただ、立ち止まっているだけで、何もしていない。

だから、不安に思う事は何もないはずなのだが、それでも、払拭出来ない嫌な気配。

まるで、何かを見落としているような感じがする。

それでも、慌てて、印の続きを切る。

心が揺れているせいか、先ほどまで張り詰めていた集中力は途切れたせいか、思うように力をコントロールできないが、それでも、補修をしないわけにはいかない。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」

指先に、言葉に、力が篭らないが、無理やり編みこむ。

その言葉によって、おぼろげながらも生み出された力は、ひび割れた結界を修復し、完全な状態に戻る。

これで、直接攻撃を受ける事はない。

ほっと、一息を付き、再度、心を落ち着かせる。

その間、それは、なんのアクションを起こしてきていない。

もしかすると、単に攻撃できない状況にいただけで、僕の思い過ごしだったのかもしれない。

平静を取り戻していくうちに、先ほどまであった、不安は完全に掻き消えていた。

もう一度、視線を異形の霊に戻し、見据える。

相変わらず、ただただ、突っ立っているだけ。

これなら、注意する必要はない。

このままいけば、諦めてくれるかもしれない。

思わず、そんな安易な事まで浮かんできた。

けれど、目の前の異形の霊が、不意に、にたり、と笑った次の瞬間、すっと身体が重くなった。

結界は、傷一つついていない。

と言うよりも、目の前のそれは全く動いていないのだから、何かが起こったはずはない。

なのだが、全く身体が動かない。

いや、それどころから、視界がぼやけて来て、はっきりと物が見えなくなってきた。

「くっ」

思わず、その場に崩れこむ。

わけがわからない。

なぜ、こんな事になっているのか。

どうして、身体が動かないのか。

まるで、金縛りにあったかのように。

「……しまった」

そこまで、考えが言ったところで、結論にたどり着いた。

そして、それと同時に、嫌な予感の分けも分かった。

九字護法の結界。

あくまでも、それは霊を近づけない、浸入させないためのものであり、霊が引き起こした霊障までは、防ぐ事は出来ない。

それを防ぐためには、また別の結界が必要になる。

「ぐっ」

身体中から力が抜け、起き上がることも出来ず、自分の身体のはずなのに、他人の身体のように思えてくる。

その間に、異形の霊は、九字護法の結界を壊し、僕の目の前に立っている。

身体の自由が利かない以上、僕にはもうどうしようもない。

確実に、しとめられてしまうだろう。

それは、つまり、終わりと言う事。

その事実に気付いた途端に、身体中に恐怖が走る。

喉がカラカラに渇き、ひり付く。

必死になって、抵抗したいのに、身体は動いてくれない。

その事実が、更に恐怖を助長させる。

そして、それと同時に、姫についての答えが出せなかった事が、やるせなかった。

あれだけ悩んだのに、答えも出せずに、終わる。

それが悔しかった。


この作品では初バトルでした。

まぁ、戦う手段を持っていないので、闘いと言えるものでもありませんでしたがね。

次回決着編です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ