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第二十一話

二十分ほどかけて歩いた後に、彼女の家に付いた。

もちろん、既に、手は離れている。

つなぐ必要がないのだから、当然だ。

これ以上、スキャンダルを振りまきたくはない。

まあ、あの場で手を握ってしまった時点で、ほとんど手遅れのような気がするが、気持ちの問題だ。

さて、それは、置いておくとして、目の前にある彼女の家を見る。

そこには、いかにもその土地の名家と言わんばかりの立派な屋敷が建っており、何度もここには来ているが、どうしても、この圧倒的な威圧感にはなれない。

たぶん、僕が妬ましく思われるのには、これも含まれると思う。

可愛くて、性格も良く、勉強も出来て、しかも、家はお金持ち。

こんな絵に描いたようなお嬢様を奪ったのだ、そう思ってしまっても仕方ないのかもしれない。

もちろん、志穂の気持ちはどうであれ、真実は全く異なっているので、そんなふうにねたまれても、僕としては、迷惑以外なんでもないのだけれども。

それに、確かに、家は大きいけれど、彼女の家がお金持ちと言うわけでもない。

家は、先祖伝来の物を、何度も修繕して使って入るらしいし、それに何より、彼女の家の仕事上、表切って言えるものでもなく、仕事自体も少なく、しかも、報酬は、リスクに比べると、少々安く、意外と儲けは少ないらしい。

「あの、どうかしましたか?」

と、どうやら、ぼんやりとしすぎたようで、彼女が不思議そうに僕の事を見る。

「いや、なんでもないよ」

「そうですか?なら、父が待っています。どうぞ」

それを笑って誤魔化す。

彼女の方は、あまり納得していないようだが、深く突っ込む事はせず、僕の事を家に招き入れる。

どうやら、彼女のお父さんに会わせる事の方が、先決のようだ。

と言う事は、もしかすると、割と重要な話しなのかもしれない。

まあ、志穂ですら、手も足も出ない霊である姫と一緒にいるのだ、確かにそれは大問題なのかもしれない。

ただ、中身の方は本当にお粗末で、たいそれたことはしそうにもないけれど。

そんなたわいのない事を思いつつ、彼女に従って中に入る。

相変わらず、木と畳の良い匂いのする家だ。

一般的家庭のうちでは縁のない匂いだが、不思議と懐かしくて、心地いい。

先祖代々受け継がれて来た、僕の日本人としての性が、知らず知らずのうちに、それを求めていたのかもしれない。

板張りの廊下は、古いはずなのに、きしむようすはない。

元々の材質が丈夫なのか、それとも、上手に使っているのか、いや、両方なのかもしれない。

元々、古来からある伝統の日本建築は、木しか使わないのに非常に丈夫で、長持ちする。

確かに、火に弱く、火事になりやすいと言う弱点はあるが、火元さえ気を付けて、上手に使ってやれば、存分に長持ちする。

「お父さん、先輩に来ていただきました。入りますよ」

「ああ。どうぞ」

鳥と目のない事を考えながら、彼女に従って付いているうちに、付いてしまったらしい。

「失礼します」

二人そろってそう言うと、中に入る。

屋敷の外見に似合わずそこまで広くない和室には、そんなに物はない。

せいぜい、少々日焼けしてしまっている本や掛け軸が、ある程度。

そんな中に、彼女のお父さんはいた。

純日本人の顔をしたその人は、がっしりとしながらも、無駄な肉を持たない均整の取れた身体をしており、同じ年頃のはずの僕の父とは似ても似つかない。

「おひさしぶりです」

僕は、頭を深々と下げると挨拶をする。

少々やりすぎの感が自分でもするのだが、どうしても、彼を目の前にするとそうしてしまう。

この家に来るたびに、何度も会っているのだけれども、どうしても、彼の独特の雰囲気を前にすると、落ち着かず、萎縮してしまう。

だからと言って、彼から威圧されているわけでもない。

見た目は、渋い大人の男性と言った感じなんだけど、中身はいたって気さくな人で、志穂の父親だという事が頷ける、穏やかな表情をしている。僕の事だって、かのじょにさんざんめいわくをかけたり、厄介事を押し付けてしまっているのだから、疎ましく思っても当然なのだろうに、娘に近づく悪い虫のような扱い方もせず、優しく接してくれる。

たぶん、こういう人の事を、男が憧れる男、と言うんだと思う。

ただ、そんなパーフェクトな人だからこそ、どこか、何か全てを見透かされているような気分がしてしまう。

特に、穏やかな表情を浮かべる顔に埋め込まれた瞳に見つめられてしまうと、何とも形容し難い不思議な感覚に陥ってしまう。

「ひさしぶりだね。最後に会ったのは、七月の初旬だったかな?」

「はい」

「確か、あの時に憑いてたのは、綺麗に顔が剥げてた女性の霊だったかな?」

「……ええ、そうですね」

「いや、失礼した。君にとってはあまりいい思い出ではないのだから、言うべきではなかったな」

少々顔を引きつらせた僕を見ると、彼はそう言って苦笑する。

確かに、彼の言う通り、あまり良い思い出とは言えそうにない。

本来、霊は生前の姿を色濃く残し、傷などのない綺麗な姿をしている。

僕が見て来た霊だって、普通の人とほとんど変わりない、それこそ普通に生きている人間と見間違ってしまうような姿をしていた。

けれど、あの時に憑かれてしまった霊に関しては、例外だったらしく、死んだ直後の綺麗に顔が剥げていた姿をしていたのだ。

志穂や志穂のお父さんのように、そういう事を生業にして、経験を重ねている人達にして見れば、慣れているようなことかもしれないのだが、僕のような、そう言った経験のない人間にしてみれば、恐怖意外なんでもなかった。

初めて見た時は、本当に失神しそうになったし、少々トラウマになっている。

「あの、それで、お話って、なんでしょうか?姫の事だと聞いたんですが」

彼の言葉のせいか、今またちらほらと頭に、その時の気持ちの悪い姿が浮かんで来たので、それを払拭するように、先に進める。

「ああ、そうだったね。うん、その事は昨日、娘から聞いている」

けれど、その途端に、彼の表情が変わる。

先ほどまで、穏やかな表情は一変、非常に真剣で、穏やかとは対極に位置する緊張に満ちた表情をしている。

今まで何度もこの家に来て、憑かれていた霊を見てもらったが、こんな表情を見た事は一度もない。

「ひめ、さん、だったよね、確か」

「はい」

「実体化できる霊。しかも、志穂が手も足も出ない程力を持っている。正直、初めて聞いた時は、自分の娘の言っている事ながら、全く信じられなかったよ」

彼の言葉は少なからず、ショックだった。

何も知らない一般人である僕は当然として、専門家ながらも、まだまだ若い志穂が知らない事があったとしても、まさか彼ですら、および付かないものだとは思わなかった。

「君が知っている通り、霊はあくまでも、精神エネルギー、思念、想いと言ってもいいだろう、それの塊に過ぎない。よって、普通に考えると人に直接物理的に干渉する事はできない。干渉できるような存在ではないからだ。それでも、霊障が起きてしまうのは、その霊が間接的に干渉を起こすから、人やその他の物が持つ精神エネルギーに干渉して、間接的にその存在に心理的作用を引き起こすからだ。精神エネルギーにならば、同じ精神エネルギーである彼らも、干渉する事は可能だからね」

初めて、彼に出会ったとき。

その時も、彼はそう言っていた。

霊は直接触れる事は出来ない。

ただ、同じ精神エネルギーであるものになら、干渉する事も出来る。

人の場合は魂だ。

現在、魂なんてあやふやで曖昧なもののため、科学では認知されていない概念なのだが、それでも、それがあると仮定をすれば、彼の言っている事は、すんなりと筋が通る。

「けれど、君に今憑いているその霊。それは、異質だ。正直言って、今まで見た事などないし、それどころか前例なんて聞いた事はない。全くの未知のものだ」

そして、だからこそ、姫はおかしいのだ。

姫は霊だ。

それは何があっても変わらない。

彼女からも霊特有の気配は感じられた。

それは、今まで感じてきた物と寸分の狂いもない全く同じ物だった。

だから、彼女が霊ではないなんて事はない。

第一、もし僕が分からなかったとしても、志穂がいる。

まだまだ未熟な僕なら勘違いするかもしれないが、志穂は間違える事はないはずだ。

今までやってきた経験があるのだから。

「正直言って、私は、その存在は危険だと思う。実体化している以上、霊にある直接物理的に干渉ができないと言う制限はなく、なんのしがらみもなく力を使える。しかも、一般の人には、実体化を解けば、見えなくなってしまうのだから、対応のしようもない。下手をすると、大惨事が起る可能性だってある」

彼の言う事。

それは、僕も何度と考えた事。

僕には、霊にどんな力があるのかは、知らない。

せいぜい、知っている事と言えば、呪いをかけたり、身体をのっとったりする事ぐらいで、それ以外の事は何も知らない。

けれど、それだけでも、十分危険なのに違いないのも確か。

人一人の命を軽く奪ってしまうのだ、危険でないはずがない。

そして、その上に、姫は実体化して、直接人に手を出す事が出来る。

普通の霊以上の事が出来てしまうのだ。

「だから、私は……」

そこで、彼は一旦切った。

もしかすると、逡巡しているのかもしれない。

はたまた、それ以外の思惑があるのかもしれない。

が、どちらにしろ、僕には分からないし、それに何より言う事は分かっている。

「祓ってしまうべきだと思う」

それしかないだろう。

「例え、今実害がないとしても、未来、何もないとも限らないし、起こってからでは遅い。対策は事前に行うべきだと思う」

僕とは違って、彼には甘さはない。

必要ならば、あっさりと切る。

もしかすると、僕が彼の前に出ると、緊張してしまうのは、そのせいなのかもしれない。

自分もいつか切られるのではないのか、と。

「ただ、だからと言って、あっさり祓ってしまうのも考え物だ」

「え?」

けれど、そんな考えも、彼の言葉を聞いて、掻き消える。

思わぬ言葉に頭が混乱する。

「と言うよりも、祓えるかどうかが怪しいと言ったところだろう。彼女は未知の存在だ。彼女の事を何も知らない以上、どう対応すればいいのかなど、分からない。それゆえに、私で彼女を相手に出来るかどうかは分からない。もしかすると、私も、娘同様、彼女に手も足も出ないかもしれない」

しかし、そんな僕を置き去りにするかのように彼は続ける。

ただ、納得はできる。

不確定要素の強い相手と戦うのは、かなり危険が伴う。

ある程度の情報がなければ、下手をすれば、こちらが痛手を被る可能性がある。

「それに……」

彼は更に続ける。

ただ、その声はどこか少し逡巡しているように、何かに悩んでいるかのように思える。

その何かは、良く分からない。

それでも、僕ですら分かってしまうほど、彼を悩ませるのだ、それは大きな問題なのかもしれない。

「君の気持ちもある。」

しかし、その答えは、存外小さなものだった。

「君は彼女の事を嫌ってはいないし、無理に祓おうとする様子もない。おそらく、君は君なりに彼女の存在を受け入れているんだろう。ならば、それを無理やり引き裂くわけにもいくまい。知人の気持ちを傷つけるような事はしたくない」

それは、彼からの僕への優しさ。

決して傷つけないようにとする慈しみ。

その心遣いが、正直嬉しかった。

確かに、彼の言う通り、祓ってしまうほうがいいのは分かる。

彼女はあまりにも危険すぎる。

特に、彼ですら、うまく祓えるかどうかがわからなくなってしまった今では、更に強く思う。

けれど、どうしても、心がそれに付いていかない。

理性では、祓うべきと分かっていても、それに素直に頷けない。

短い間だけど一緒にいたのだ、あっさりと切り捨てる事なんて出来ない。

だから、もし、やめられるのなら、やめて欲しい。

それが、自分勝手な自己満足だったとしても、そう思う。

そして、彼は続ける。

「それに、祓わずに、彼女を抑える方法もある」

「え?」

一瞬、彼の言っている言葉の意味が理解できず、思わずきょとんとしてしまったが、その言葉を二度ほど反芻したところで、ようやく理解で来た。

ただ、もし、それが出来るのなら、願ってもいない。

非常に喜ばしい事だ。

思わず顔がほころび、ほっと一安心したのだが、目の前にいる彼は先ほどと変わらず、真剣そのもの。

「ただ、その代わり、それをすれば、確実に君は自由でなくなる」

分けも分からず、再度きょとんとしていたが、それも彼の言葉を聞いてすぐに分かった。

いや、予想すべき事だったのかもしれない。

もし、何の問題もなく、簡単に抑える事が出来たのなら、彼は最初からそれを提案するはずだ。

無理に祓えば、僕は辛い思いをするし、自分自身良心の呵責を感じるかもしれない。

けれど、逆に祓わなければ、不確定要素を孕む危険を野放しにしてしまう事になる。

だから、何の問題がなければ、どちらの状態も回避できる方法を選ぶはずだ。

なのに、わざわざまどろっこしい言い方をしたという事は、それはそれで問題があると取ってしかるべきだった。

「自由がなくなると言う事はどういう事ですか?」

それでも、その可能性に賭けてみたかった。

もし、僕にできる事があるのなら、やってみたいと思った。

「それはだね、君が彼女の主人になる事。彼女を自分に従属させる事だよ」


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