第十九話 九月一日 結局の決着の終着
「ごめんね、痛い家族で」
キッチンに逃げてきた彼女から、皿とコップを受け取ると、そう謝っておく。
気分を害している様子はないが、それでもパニックしていたのは確かだ。
謝っておくべきだろう。
「……楽しい家族ですね」
「無理して褒めなくていいから」
謝罪の言葉を受けた彼女は、やや頬を引きつらせながら、精一杯誤魔化す。
さすがに、堂々と、問題あり、とは言えないみたいだ。
今二解にいる姫ならば、確実に、堂々と文句は言うだろうが。
それ以前に、堂々と、恋人宣言するだろうが。
そこのところが、姫と志穂の違いだろう。
そして、慌てふためき、困ってしまうのは僕一人だろう。
それを考えると、姫じゃなくて、志穂で良かったのだろうが、それでも、やっぱり、これからの事を考えると、少々辛い。
絶対、事あるごとに、からかってくるだろう。
これからの暗い未来の展望に、内心でため息を付きつつ、洗い物を始める。
いつまでも、何もしなかったら、またダイニングにいる二人に、口を挟まれかねない。
今も、ちらりと見たが、にたにたと笑いながら、僕達の事を見ている。
「洗い物は、僕がやるから、志穂は戻っていて良いよ」
とりあえず、このままいても、二人にはからかわれるだけなので、さっさと進めてしまう。
志穂に関しては、悪いが、向こうに戻ってもらうしかない。
これぐらいなら一人で十分に出来るので、彼女の手は必要ない。
「いえ、さすがにそういうわけにはいきません。せめて、手伝わせてください」
とはいえ、彼女も頷こうとはしない。
言葉振りでは殊勝な事を言っているが、とりあえず、向こうには行きたくないのだろう。
まあ、誰だってからかわれると分かっていて、わざわざ自分から好んで行くような酔狂な輩はいないだろう。
特に、先ほど、また恥をさらしてしまったのだから、これ以上は、恥をさらしたくはないのだろう。
「んじゃ、とりあえず、志穂は、磨いた奴を水でゆすいどいて」
スペースを開けると、彼女を招き入れる。
また、からかわれるかもしれないが、そうなる前に逃げてしまえば良いだけの事。
手早く食器を磨き、彼女に手渡す。
さすがは、女の子と言うべきか、受け取った彼女は、手際良く洗い流していく。
ゆすぐだけなので、そんなにスキルはいらないかもしれないが。
洗い物を終えた僕達は、さっさとその場から逃げ出した。
背後から、くすくす、と笑う声が聞こえたが、聞こえなかったふりをする。
そして、今は、玄関前。
どうやら、彼女はこれから用事があるらしく、これ以上はいられないらしい。
なんだか、何のために、彼女の事をこうして、ここに呼んだのか、良く分からなくなってしまった。
「今日はごちそうさまでした」
靴を履き終えた彼女は、ぺこりと頭を下げるとそう言う。
「いや、こっちこそ、なんだが、嫌な思いばかりさせてごめんね」
とはいえ、頭を下げたいのはこっちの方だ。
本当に今日は彼女に悪い事をしてしまった。
ほんのちょっとの間に、かかせなくてもいい恥をかかせてしまったのだ。
平謝りしないといけないのは、たぶん、こっちだ。
「いいえ、そんな、謝らないで下さいよ。本当に楽しかったですから」
けれど、彼女はそれにくびを振ると
「来たかった先輩のお家には来れましたし、ご家族にもちゃんと挨拶が出来ました。それに何より先輩の手料理が食べられましたからね。幸せですよ」
顔をほころばせて、そう言う。
その表情からして、その言葉には嘘はないのだろう。
本当にいい子だ。
こんな子に、慕われている僕は本当に幸せ物だろう。
「それに、むしろ、謝らないといけないのは、私の方ですよ」
「そんな事はないだろう?」
「いいえ。姫さんの事どうにもできませんでしたし」
「……え」
けれど、緩んでいたのもそれまで、彼女は表情を硬くした。
気付いていないものだと、ずっと思っていたが、それは僕の勘違いだったようだ。
「あれだけ強い力を持った霊は始めて見ました。しかも、実体化しているなんて……正直言って、私にはどうにもできません。父ならあるいはもしかすると、どうにかできるかもしれませんが、どちらにしろ、今の私には手も足も出ないと思います」
けれど、それ以上に驚いたのは、志穂ですら姫を調伏できないと言う事。
今まで、彼女は、僕にとっては、雲の上の存在の人だった。
僕がどうやっても引き剥がす事の出来なかった霊を、あっさりと祓ってくれた彼女。
別に、全知全能とかそういうふうに、思っているわけではないが、それでも、そんなあっさりと降伏するような事があるとは思えなかった。
しかも、その相手が、あの姫だとは。
「本当にすみません。せっかく私の事を頼りにしてくれたのに、お役にたてなくて」
「いや、別にいいよ。確かに、迫られて困ってはいるけど、殺されそうなわけでもないし。気にしなくても良いよ」
「でも……!」
「それに、勝手を言っているのは、こっちの方だからね。志穂が気にする事じゃないよ」
それが、ショックだったのは確かだ。
でも、だからと言って、やっぱり志穂が悪いわけじゃない。
彼女のせいで、姫がとり憑いたわけじゃない。
全部、僕がうかつだったせいなんだ。
姫に会った時に、結界をはらなかったのも僕が悪ければ、眼が会った時に、さっさと逃げなかったのも、キスを避けられなかったのも、全部僕が悪いのだ。
彼女が気にする事ではない。
「……ありがとうございます」
けれど、それで納得するような彼女ではない。
それでも、優しい彼女は、僕の顔を立てるために、それに頷くと、
「それじゃ、私はこれで失礼しますね」
そう言って、玄関を出て行った。
彼女の性格を分かった上で、言った事なのだが、心苦しい。
もしかすると、この事は、彼女には言わなかったほうが良かったのかもしれない。
迷惑がかかるのはかかるけれど、別に、実害があるわけでもないし、放っておいたら、いつの間にか、いなくなる可能性だってあるのだ。
それなら、志穂に頼る必要なんてない。
自分一人でどうにかする事はできたはずなんだ。
「……はあ」
とはいえ、今更そんな事を考えたところで、後の祭り。
どうしようもないだろう。
盛大なため息を吐くと、僕は、自分の部屋に戻った。
これで第二章で終了です。
次が最終章になります。
ここまで静かですが、この後どうなるか。
まぁ、作者のみぞ知る、と言う事でww