第十八話 九月一日 悪戯な家族と
二人揃って、階段を降りると、そのままダイニングに入る。
そこには、母といつの間にかに帰ってきた美樹の姿がある。
ただ、帰ってきたばかりのせいのため、着替えておらず、少々汚れた体操服姿だ。
とりあえず、恥ずかしいから、できれば着替えて欲しい。
その二人は、僕、と言うよりも、志穂が入ってくると同時に、きょとんとした顔をしている。
もしかすると、僕が連れてきた友人が女の子だったから、驚いているのかもしれない。
今まで、女の子の知り合いを家に連れてきた事はないし、連れてくるような友人がいるとも話してはいない。
「えっと、友達の志穂。うちの高校の後輩なんだ」
「鈴原志穂、といいます。よろしくお願いします」
ちょっとしたショックから相変わらず抜けきれない二人のために、僕から、行動を起こす。
僕の知っている志穂は元来奥ゆかしくて、自分から前に出るようなタイプじゃないため、僕が何か言わないと、挨拶はできないだろうし、目の前にいる二人は、問題外だ。
「由貴の母です」
「妹の美樹です」
そのおかげか、何とか凍っていた頭を解凍した二人は、なんとかそれに答える。
ただ、相変わらず、ショックはぬぐえていない。
一度フリーズした頭は、そう簡単には戻らないのだろう。
「とりあえず、志穂は席に座ってて」
とりあえず、志穂に席を進めると、僕達の皿を取りに行く。
既に、母と美樹の二人の前には自分の焼きそばの入った食器とかがおかれているが、僕達の席の前には何もない。
どうやら自分で用意しろ、との事らしい。
やはり、どこまでも面倒臭がりといったところだろう。
そのまま、キッチンに向かう。
「あ、私も手伝いますよ」
「ううん、構わないから、座ってて」
その際、彼女が、手伝いを願い出てくれたが、彼女はお客様。
手伝わせるわけにはいかない。
彼女の申し出を断ると、どうやらちゃんと僕の言う事を聞いてくれたらしく、更に焼き傍が持ってある。
それを、お箸、それから、麦茶の入ったコップと一緒に、トレイに載せると、ダイニングに戻る。
そう言えば、お茶をするときのために、使ったトレイやカップ類を部屋に置きっぱなしにしていた。
後で、戻しにおかないと、母からのお小言がまた飛ぶだろう。
自分の時は面倒くさいと言って、適当にやるくせに、僕がそうしようとすると、すぐに文句を言うのだから、困ったものだ。
「はい、由貴特製ソース焼きそばです」
そんな事を、考えながら、持ってきた食器を並べる。
母、美樹が隣り合って座っているので、四人がけのテーブルは必然的に、僕と志穂が隣り合わせになる。
「ありがとうございます」
「まあ、あんまり得意じゃないから、味は期待しないで」
それを受け取った彼女は、しげしげと眺めており、その表情はあいかわらず嬉しそうに緩んでいる。
嫌そうな顔をされるよりも嬉しそうにしてくれる方がいいのだけれども、そんなに嬉しそうにされると少々照れる。
彼女の隣のいすに腰をかけながら、そんな事を言ったのも、単なる照れ隠しだ。
「なんだか、初々しいわね」
「新妻に初めて料理を作って上げた夫、みたいだよね」
目の前にいる二人は、僕達のやりとりを見て、小声でそういっている。
二人とも聞こえていないと思っているみたいだが、すぐそばにいるんだから、聞きたくなくても、聞こえてしまう。
ただ、隣にいる志穂は、いまだに僕が作った焼きそばを嬉しそうに凝視しているため、聞こえていなかったみたいだが。
どうやら、一つの事に集中すると周りが見えなくなってしまうタイプらしい。
また一つ、新しい彼女の一面を見れたような気がする。
「んじゃ、食べようか?」
「あ、は、はい」
とはいえ、いつまでも、そんな観察されても、焼きそばはなくならない。
ただでさえ、二階でのやりとりで遅くなったせいで、少し冷え始めているのだ、これ以上冷めさせたくはない。
彼女にそう声をかけ
『いただきます』
一緒に手を合わせると、そう言って食べ始める。
味の方は意外といい。
あまり作りなれてないせいで、そんなに上手とは言えないが、食べられないものではない。
素人の焼きそばにしては上出来だろう。
「そばがぱさぱさ。野菜の切り方がばらばら。味にむらがある。全然ダメね」
ただ、目の前にいる母にしてみれば、及第点ももらえないみたいだが。
まあ、長年主婦をやってきて、ほとんど極めたと言っても良いぐらい料理のうまい母なのだから、そういわれるのは仕方ないのだが、それでも少しぐらいは褒めてくれても良いと思う。
世の中には、まともに料理の出来ない人がわんさかいるのだ、包丁を扱えるだけでも、ましだ。
「そうですか?私は十分美味しいと思いますけど」
「あら、鈴原さんは優しいのね。こんなものに及第点をあげるなんて。だけど、そんな甘い事を言っちゃダメよ。この程度で、満足しているようじゃ、志亜家の台所を取り仕切るなんて、夢のまた夢なんだから。だから、ここは厳しくいかないと」
「うんうん、そうですよ。お兄ちゃんは褒めるとすぐに付け上がって天狗になるから、とことん貶してやるぐらいがちょうど良いんですよ」
「…はあ」
一生懸命フォローをしようとしてくれた志穂だけど、逆にあっさり返されてしまう。
確かに、味はまだまだだし、母の言うとおり、満足できるようなレベルではない。
ただ、せっかくの彼女の好意をそこまで否定しなくても良いとは思う。
「ありがとう。志穂だけでもそう言ってくれると嬉しいよ」
「良かったわね。採点の甘い彼女で」
だから、今度は僕がフォローをしようとしたのだけれども、今度は僕に向かって問題発言。
明らかに、今、母が言った『彼女』のニュアンスは、恋人としての『彼女』だ。
母の表情を見てみると、にやり、としたり顔をしているところから、良く分かる。
母の隣にいる美樹もにやにやとしている。
僕達の関係を分かっていて、そんな事を言っているんだろう。
「やっぱり誰かに褒めてもらえないようじゃ、作り甲斐がないからね」
けれど、僕はそれを無視して、続けた。
もちろん、僕と志穂は恋人同士ではなく、ただの先輩後輩で、色恋沙汰なん全く縁のない関係。
だから、本来なら、そこで否定しないといけないところなんだけど、おそらく、そこで、反論したところで、こっちが痛手を負うのは分かりきっている。
隣には、頬を朱に染めて、おろおろと動揺している彼女の姿があった。
いい加減、鈍く、自信過剰とは程遠く、むしろ、それとは逆方向に付き進んで行く僕でも、分かってしまうような反応をしているのだ、母と美樹でもすぐ気が付くだろう。
そんな状況で下手に反論すれば、志穂と気まずい雰囲気になるかもしれない。
そう言うときは相手にしないのが一番だ。
僕はそう言うと、さっさと、皿の中身を片付ける。
逃げるが勝ちだ。
まあ、彼女を一人にしてしまうのは、心苦しいものがあるが、さすがに二人も志穂に照準を合わせるような事はないだろう。
元々、二人があんな事を言ったのも、遠まわしに僕をからかっての事。
僕がいなければ、普通に会話となるだろう。
さすがに、少しぐらいはからかわれてしまうかもしれないが、それでも、さっきのような人の悪いネタでからかったりはしないはずだ。
「ごちそうさま」
あっさりと完食し終えると、そう言って、片付けの準備をする。
「あー、逃げるつもりね」
「ばか、片付けるだけだよ」
その姿を見て、美樹が即座に僕の行動を見抜いたが、用意していた言葉を言うと、キッチンに戻る。
「ごちそうさま」
どうやら、考える事は同じのようで、僕に引き続き、志穂もさっさと食べ終えると、キッチンに逃げてくる。
お茶をしていたときもそうだが、もしかすると、彼女は食べるのが早いのかもしれない。
男である僕に比べて女である彼女の方が量が少ないのは、当然だけど、それでも、同じ量の美樹や母の皿の上には、まだ半分前後は残っている。
僕達の事をからかう事に集中していたとは言え、それでも、十分に早いと思える。