第十三話 九月一日 僕と後輩とのどきわく体験!?
家の中は意外と静かで、荒れている様子もない。
まあ、姿を消しているはずだし、部屋の中にいるはずだから、ここらへんが散らかっているわけもないが。
靴を脱いで、家に上がる。
けれど、靴は僕と、今脱いでいる志穂の二人分だけ。
姫はもちろん靴なんて履いていないから、なくて当然なのだが、母の分がない。
どこかに出かけたのかもしれない。
そう言えば、もうすぐお昼だし、お昼ご飯の材料でも買いに行ったのかもしれない。
「あー、しまったかも」
と、そこまで考えたところで、自分の失敗に気が付いた。
少々自分の事で一杯一杯になっていたせいか、志穂のお昼の事を全く考えていなかった。
彼女も僕と同じで、今日は昼まで。
当然、お弁当なんて物は持ってきていないだろう。
そうなれば、彼女のお昼はない。
これは、大失敗だ。
「どうかしましたか?」
「いや、気にしないで」
「そうですか?」
彼女はきょとんとしながらも、頷く。
せめて、お昼ご飯ぐらい食べてから来てもらえば良かったのかもしれないが、今まで一度も彼女を僕の家に呼んだ事なんてないのため、道は全然知らない。
そうなれば、逆に僕達が行くしかないんだろうけど、絶対に姫は付いて来ないだろう。
もちろん、うまく誤魔化せば最初の内ぐらいはどうにかできるだろうけれども、やはり、彼女の家が近づくと難しいと思う。
彼女の家の外見は、そんないかにも霊能力者一族の家、みたいなおどろおどろしい感じはしないけれど、それでも雰囲気は凛としていて、ちょっとした威圧感を持っている。
勘のいい姫の事だ、あっさりと逃げてしまうかもしれない。
なら、ここに呼ぶしかなかったのだ。
お昼ご飯の事も、後で母に頼めばいいだろう。
変に誤解される可能性もあるが、そのときはその時だ。
「あの、それで、ご家族の人は?」
ひとまず、さっさと姫と会わせてしまおう。
そう思って、自分の部屋に案内させようとしたところで、彼女は、きょろきょろと周りを見まわしながら、そう尋ねる。
思わず、背中に嫌な汗をかく。
もともと、母がいると思っていたから、彼女を家に呼んだのだ。
もちろん、何度も言っているが、いかがわしい事なんてするつもりは毛頭ない。
けれど、それでも、やはり、女の子を安心させるためには、やはり親がいないのはきつい。
別に紹介するとかそう言う事をするつもりは全くないけれど、それでも、家に二人きり、と言うのは少々まずいだろう。
とはいえ、だからと言って、嘘をつくのはまずい。
あんまり嘘をつくのは、うまくない。
すぐに顔に出てしまう。
それに、話しこんでいる途中に帰ってきたら、かなり気まずい。
「えーと、いないみたい。たぶん、お昼の買い物にでも行ったと思う」
「…え」
結局、正直なところを言うしかない。
それはそれで気まずくなるかも仕方ない。
嘘をつくよりかはましだ。
案の定、それを聞いた彼女と言えば、ちょっと驚いたような顔をしている。
来るまで、変な歌を唄ってはいたが、やはり、想像上で二人きりになるのと、実際に二人きりになるのとでは、大きな違いがあるみたいだ。
もじもじと恥ずかしそうにしている。
僕としては、そんな態度を取られるほうが逆にどぎまぎしてしまう。
まあ、ただ、唯一の救いと言えば、
「ま、まあ、上にその会わせたい霊がいるから、あがろうか?」
上に姫がいる事。
彼女がいれば、とりあえず、変な事はまず起きる事はないだろう。
まあ、へたれで甲斐性なしの僕だから、変な事なんてないだろうけど。
とんとん、と彼女を連れて階段をのぼる。
「……ふ…り…り、ど……くた……ん」
後ろにいる彼女がぼそぼそ何か言っているが、小声のせいか全く聞こえない。
少々気になるが、この際無視しておこう。
「ここが僕の部屋。んで、会ってほしい霊もここにいる」
階段を昇りきり、部屋の前に立つと一旦止まり、彼女の方に向き治るとそういう。
さすがに、いきなりあけるのもなん。
この部屋にいる姫はとりあえずかなりインパクトが大きい。
いきなり会わせて、あまりのショックに倒れる、なんて事はないだろうけど、それでも、かなりのショックをうけるとは思う。
ワンクッションぐらい置いておいた方がいいだろう。
「んじゃ、開けるね」
しっかりと彼女がドアの前にたち、ちょうどいい間を取り終えると、そう言ってドアを開け
「えっと、名前は姫。見た目はいいけど、性格はあれだから気をつけてね」
即座に、もう一度彼女の方に向き直り、紹介をしておく。
帰ってきたと同時に突撃してくるであろう姫の機先を制すため、だ。
が、目の前にいる彼女からは反応はない。
そして、なぜか、背後からの反応もない。
嫌な予感がした。
それに合わせて、背中に冷たい汗をかき始める。
ぎぎぎ、とまるで油の切れたぜんまいのような音を脳内で感じながら、ゆっくりゆっくりと自分の部屋を見てみる。
本来なら、そこには、姫がいて、大騒ぎをしているはず。
いや、そうしていないといけないはずなのだ。
なのに……
「あの、誰もいないんですけど」
「うそーん」
けれど、そこには姫はいなかった。
綺麗さっぱりどこにも姫の姿はなく、散らかった部屋があるだけ。
思わず、あまりのショックに、分けの分からない反応を取ってしまう。
おそらく、この部屋の様子からして、確実に姫は一度帰ってきたんだろう。
そうでなければ、昨日綺麗にしたばかりの部屋がこんなまるで泥棒に入ってこられたような散らかり具合になるはずはない。
そして、今いないのも、暇になったかどうかで、部屋をこのまま散らかしたまま出かけてしまったんだろう。
とはいえ、この状況はあまりよろしくない。
いると思っていたはずの親は不在で、しかも、目当ての姫もどこにもいない。
完全に一つ屋根の下に二人きり。
最初から、そんなつもりなんて毛頭なかったから、余計に心理的にプレッシャーを感じてしまう。
再度、彼女の方へと向き直って見るが、見なければ良かったのかもしれない。
恥ずかしげに、頬を朱に染め、もじもじとしている。
その姿を見て、この事を意識していると思わずに、何と思えと言うのだ。
「あー、うん。たぶん、どっかに出かけてるみたい。とりあえず、お茶でも淹れてくるから、適当に座って待ってて」
あまりの恥ずかしさにいたたまれなくなって、僕は、逃げ出すようにそう言うと、階段をどたどたと降りていく。
ダイニングに入ると、コップを出すと、すぐに蛇口を捻って、水を注ぐと一気にあおる。
頬を触れば、明らかに熱い。
確実に、赤くなっていると思う。
予想外の出来事とは言え、緊張しすぎだ。
第一、僕と彼女はただの友達なのだ、何を気にする必要があるというのだ。
僕と彼女が、恋人同士だったり、または僕が彼女に気があるなら、どきまぎするような状況かもしれないが、そんなものじゃないのだから、むしろ堂々としておくべきなのだ。
軽く顔をぱしっと叩くと、戸棚から、カップとソーサー、さらにポットを出す。
そこに、紅茶パックを入れ、お湯をそそぐ。
一応、茶葉の紅茶もあるにはあるのだけれども、僕は紅茶の淹れ方なんて、知らないから使えない。
しっかりとお湯に浸して、味と薫りを取ると、パックを三角コーナーに捨てて、紅茶を淹れたポットとカップ、ソーサーを、それぞれトレイに置くと、机の上に置いてある軽い茶菓子を入れておく。
まあ、茶菓子と言っても、饅頭だが。
紅茶にお饅頭と言う組み合わせに、違和感を感じたりはするのだけれども、目に付くところにあるお茶菓子はそれしかないのだから仕方がない。
確か、母が、お土産にもらってきたものだ。
それらを載せたトレイを上手に持ち上げると、こぼさないように運ぶ。
ダイニングを出て、階段を昇る辺りが一番の難所だが、それも無事切り抜けると、自分の部屋の前にたつ。
部屋の扉は閉められており、おそらく、彼女は、部屋の中にいるだろう。
あんな散らかった部屋に押し込んでしまったことが、少々恥ずかしかったが、あの時の僕にはそれぐらいしかできなかったので、許してもらおう。
コンコン、と、ドアを叩き
「お茶入れてきたよ」
そう言うと、落とさないように、バランスよくトレイをもち、ドアを開けて中に入る。
「あ、ありがとうございます」
「いいえ、はい、どうぞ」
テーブルの傍に腰を賭けていた彼女の前に、ソーサーとカップを置き、それに紅茶を淹れ、その傍にお茶菓子を置くと、僕もテーブルの傍に座る。
彼女は、僕が座る野を確認すると、紅茶に口を付ける。
そう言えば、彼女が紅茶を飲んでいるところは初めて見る。
彼女とは、一緒にご飯を食べたり、家にお邪魔した時なんかにお茶をご馳走してもらった事は何度かあるのだけれども、紅茶、それとコーヒーなんかを飲んでいる姿を見た事は一度もない。
ほとんど、緑茶か麦茶を飲んでいるところしか見た事はない。
「おいしいですね」
一瞬、和茶しかダメなのか、そう思って心配したが、どうやらそれは杞憂ですんだらしく、彼女は、美味しそうにそれを飲んでいる。
「うん、美味しい」
それに安心した僕も、紅茶に口を付ける。
まだまだ暑い、この残暑の時期に、熱い紅茶を飲むのは、ちょっとおかしいかもしれないが、アイスティーなんて物は、この家にはないから、ホットにするしかない。
「…んく」
もう一口紅茶を口に含むと、今度は、饅頭の包装紙を解くと、かじる。
しっとりとした白餡の滑らかな甘さと少し渋みのある皮が絡み合い、程よい口辺りになる。
中々、おいしい。
ただ、やっぱり難点を上げるならば、一緒に飲むのが紅茶だと言う事ぐらいだ。
やっぱり、饅頭と一緒に飲むんだったら、煎茶がいいだろう。
とはいえ、残念ながら、この時期に煎茶は家にない。
やはり、どうしてもこの暑い時期に飲むのは、麦茶になってしまう。