第十二話 九月一日 僕と後輩と痛い下校風景……デジャヴ?
そろりそろりと彼女の顔を見てみる。
「はい、いいですよ」
けれど、彼女は、どこにもそんな表情を浮かべる事なく、穏やかな笑顔を僕に見せ、そう頷いて見せた。
ほっと一安心。
ここで、断られたら、どうしようもなかった。
とりあえず、僕の穏やかな生活への道も一歩前進。
「うちにいるんだけど、構わないよね?」
ただ、一応、もう一度確認。
姫がいるのは、僕の家。
確かに、誠次が言ったように、僕は志穂の家に何度かお邪魔している。
ちろん、たちの悪い霊に憑かれた時の事で、祓ってもらうために、わざわざ行った。
別に、何か特別な道具が必要だったり、家に帰らないと出来なかったりするわけではない。
単に、彼女の家なら、誰にも見られる事なく、しかも、安全に行えるから行っているわけに過ぎない。
除霊をして入るときの姿は、やはり異質で、人が見たら、奇行にしか見えないから、そうするしかないのだ。
とはいえ、今は違う。
ただ、会うだけで、祓ったりする必要はない。
たとえ、脅しで一発かますだけだったとしても、そんなにおどろおどろしいような事はせずに、軽い物でも十分に出来るはずだ。
だから、ほとんど遊びに行くようなものなのだ。
しかも、当の霊を一緒に連れて来ていないのだ、かなり怪しい物だってある。
別に、僕は彼女をどうこうするつもりはない。
というか、そんな事が出来るようならば、彼女に頼るような羽目にならず、いくらでも、姫をやりこめる事ぐらい出来たはずだ。
でも、それは僕の中での話しで、世間一般的に見てたら、やっぱり少々危ない感じもするだろう。
だから、そう聞いたのだが
「はい、構いませんよ」
あっさりと頷いてくれた。
信頼してもらえた事が素直に嬉しい。
そんな甲斐性がないと思われているだけなのかも知れないけれど。
「それにしても、先輩の家か。ちょっと楽しみかも」
どちらにしろ、助かった事には変わりはないので、その言葉を聞いて、安堵の声を漏らしていると、彼女はそう続けた。
その表情は、どこか晴れやかで、嬉しそう。
なぜ、そんなに嬉しそうなのかは、全く分からない。
もしかして、身の危険とか、そういう事を、全く考えず、条件反射に答えたのかもしれない。
それだけ、僕の事を信用してくれているだけの事なのかもしれないけど、もう少ししっかりと考えて欲しい。
と言うよりも、自分の容姿について、自覚があるんだろうか。
……いや、ないだろうな。
自分に寄せられている好意に全く気付かない鈍い人だし。
以前、机の中に、ラブレターが入ってたときの話を聞いたときなんて、本当に相手の人が可哀想に思えた。
そのラブレターには宛名はなく、ただ、裏にそのラブレターを書いた人の名前が書かれていただけだった。
もちろん、普通なら、宛先はなかったとしても、自分への物だと思うだろう。
何度もラブレターをもらったり、告白を受けているんだから、そう思うのは普通なのだ。
まあ、そのたびに、何で私がそんな物をもらったり、されたりするのだろうと、首を傾げていたが。
そこらへんから、自分がどれだけ整った容姿をしているのかを、全く分かっていないのだが、それでも、しょっちゅう告白されているのだ、それが自分の物だと思ってもおかしくはないはずなのだ。
なのに、彼女は、こともあろうか、そのラブレターを書いた本人に
『これ、間違って入ってましたよ』
そう言って、返してしまったのだ。
もちろん、書いた本人もびっくり。
まさか、そんな反応されるなんて思ってもみなかったのだろう。
彼女の話では、しばらく呆然とした後、
『あ、ありがとう』
そう言って受け取ったらしいのだが、あまりにも切ないお話だ。
それを聞いた瞬間、思わず、大爆笑してしまった。
書いた本人にしてみれば、悲劇だろうし、もし、それを書いたのが僕だったら、余りの恥ずかしさに悶え死ぬ事になっていたと思うけれども、他人から見れば、これ以上の喜劇はない。
ふられるならまだしも、相手にすらされていないのだ、笑い物以外なんでもないだろう。
もちろん、隣にいた彼女は、そんな僕の姿を見て、きょとんとしていたが。
まあ、そんなわけだから、彼女は恋愛関係においては本当に鈍い。
未発達と行ってもいいと思う。
もしかすると、初恋だってまだなのかもしれない。
そんな彼女なのだ、きっと身の危険とか、そういうのすら全く考えおよびつかないのかもしれない。
そう考えると、少々頭が痛くなった。
姫の事だ。
もし、初恋すらまだのような純情で純真無垢そうな志穂が、姫に会ったら、いったいどうなるのだろうか。
あまつさえ、姫お得意の下ネタや卑猥で教育上不適切な単語を連続してきたら、いったいどうなるだろう。
そんな絶望的な世界を想像すらしたくない。
僕は、呼んだ事を、恐ろしく後悔する羽目になるかもしれない。
とはいえ、だからといって、今更、やめにするわけにもいかない。
「ふんふん♪先輩のおうち♪」
隣にいる彼女は、非常にご機嫌そうで、なんだかネジが一本や二本ぐらい抜けてしまったようなテンションで、わけのわからない歌を小声で唄っている。
こんな嬉しそうな彼女を見て、やっぱり、行くのを止めよう、なんていえるだろうか。
しかも、その理由が、相手の霊が下ネタや卑猥で教育上不適切な単語を言って来るから、なんてものじゃ、彼女も納得しないだろう。
というか、そんな理由すら言えないかもしれない。
下ネタや卑猥で教育上不適切な単語なんて、彼女には、縁遠いもの。
女の子同士で話しているうちに、そういう会話になる事だって普通はあるのだろうが、彼女の場合、周りの友人も彼女の純情さと言うか、箱入り娘度を見て、彼女の前ではそんな会話なんてほとんどしない。
したとしても、本当に可愛らしいものだ。
当の彼女は、何の事だが全く分かっていなかったらしいが。
やっぱり、霊能力者一族と言うのは、あんまりよろしいものではないらしい。
そこまで箱入り娘にするのは、問題だ。
もう少し危機感を持たせるために外を見させるべきだ。
まあ、志穂の場合は、手遅れだろうけど。
もうそんなふうに育ってしまったのだから。
「ふんふんふーん。おうちで二人きり♪」
さらに、彼女は歌い続ける。
たぶん、僕には聞こえていないと思っているんだろうが、こんな傍にいれば、聞こうとしなくても聞こえてしまう。
しかも、なんとなく危険なワードが飛び交っていたような気がする。
だいたい、二人きりと言っても、妹の美樹も僕と同じく、今日は始業式で、その後、昼まで部活があるみたいだから、いないんだけれども、母もいれば、姫もいるのだから、そんな物になるわけがない。
そもそも、彼女はこんなキャラクターだっただろうか。
僕の知っている彼女は、もう少し物静か、というか、大人しい子だった。
いったい、何が彼女をそうさせるのだろうか。
少々気になるし、できればそこのところを詳しく聞きたいのだが、
「ふふんふーん。どきわく体験♪」
ちょっと怖いから、できそうにもない。
なんだか、彼女が知らない人、というか完璧に痛い人に見える。
それに、
「はい、到着」
家に着いてしまったのだ、そんな暇もないだろう。
「ただいま」
「おじゃまします」
二人そろってそれぞれそう言って、家の中に入った。