第十一話 九月一日 夢ぶち壊し
「これからもよろしくな、相棒さん」
僕は、そう言うと彼女の肩をぽんと叩く。
「はい、よろしくお願いします」
彼女も、頷くと、くすくすと笑いながらそれに答える。
もちろん、僕達がそんな事を言い合うのには、ちゃんと理由はある。
今日、委員会が行われた理由がそれだ。
図書委員の仕事は大きく分けて二つある。
本の受け入れや整理などの裏方。
そして、もう一つは、昼休みや放課後の当番。
司書の先生の手伝いだ。
それをうちでは、二人一組でやるのだが、その一緒にやる相手と言うのが、僕の場合は彼女なのだ。
僕が彼女の事を相棒と言ったのは、そういうわけだ。
ちなみに、彼女と組むのはこれで二回目。
一学期の当番も同じだった。
まあ、基本的に、当番は一学期の当番を引き継ぐから、僕達が、また同じ日の当番になるのは、当然と言えば当然なのだが。
「んじゃ、そろそろ帰るか?」
周りを見渡してみれば、もう誰もいなかった。
どうやら、それぞれ帰ったらしい。
それなら、僕達もそろそろ帰ったほうがいいだろう。
姫の事もあるし。
「はい、そうですね」
彼女も、頷くと、カバンを取って立ち上がったので、彼女を引き連れて図書室を出る。
その時、一瞬だけ、またこの姿を見て、勘違いされるんだろうな、そう思ったが、この際気にしない事にした。
ごちゃごちゃ考えるよりも、楽しいなら、楽しい。
それで十分だ。
特別教棟から出て、昇降口に向かい、それぞれの下駄箱で靴を履き替えると、昇降口を出る。
その際に、ちらりと目の端に、誠次の姿を捉えたが、気にしない。
にやにやといやらしい笑みを浮かべていたが、そんなものは記憶からデリートしておく。
「んで、修行の方はどんな感じだったの?充実したとは言ってたけど」
そして、校門を出て、周りに人がいなくなったところで、話を切り出す。
彼女と、いろいろ当たり障りのない世間話をするのも好きだが、今は、彼女の修行の話しの方が聞きたい。
八月中ずっと山に篭ってやっていたのだ。
気にするな、と言うほうが無茶な話しだ。
僕のような一般人の知らない特別な修行方法で、特訓をしているかもしれないし、はたまた、たくさんの霊を、びしびし祓っていたのかもしれない。
いや、もしかすると、新しい技を伝授されているかもしれないのだ。
鈴原流奥義、何々、とか。
まぁ、最後の奥義云々の話しは冗談だけど、それでも、やっぱり、いったいどんな生活だったのかは物凄く気になってしまうのだ。
「うーん、そうですね。たいしたことはやってないんですよね。山に篭って修行と言っても、どちらかと言うと、別荘に遊びに行った、ていう感じですし。修行らしい修行だって、ほとんどまともにしていませんから」
が、期待虚しく彼女の答えはあまりにも悲惨だった。
「せいぜいまともにやった修行だって、軽い長刀の練習程度で、それ以外は本当に、学校の宿題やったり、お昼寝したりでしたし……」
なんか、もう夢も希望もない、と言うのはこの事なのだろうか。
せめて、もう少し幻想を持たせて欲しかった。
と言うよりも、こんな単なるお遊びのために、行ったとでも言うのだろうか?
「あと、そうですね、テレビも普通に見てましたよ。いや、ちゃんと写るもんなんですね」
そして、それに答えるかのように、とどめの一言。
ありがたみもなにもない。
そんな適当なものなのだろうか、修行と言うものは。
なんだか、そんな適当なものに助けられている自分が情けないし、頼ろうとしている事自体恥じるべき事なんじゃないのかと思う。
だいたい、なんで奥秩父にテレビの回線が繋がっているのだ。
あんな人里はなれた秘境のような場所なんだから、もっと神秘的にして欲しいものだ。
これなら、別に修行なんかに行かずに、ここに残ってくれても良かったんじゃないかとさえ思えてくる。
とはいえ、さすがに実際にはそれは言わない。
少々不満があると言えばあるのだけれども、やはり、それは言ってはいけない。
「まあ、楽しかったなら、それでいいよ、うん」
だから、とりあえず、適当にお茶を濁しておく。
これ以上、このネタでは盛り上がりそうにもない。
それに、もうそろそろ切り出してもいいかもしれない。
元々、今日の本題は別にちゃんとあるわけだし。
そもそも、そのために、修行ネタをふったわけだし。
「それよりも、ちょっと頼みたい事があるんだけどいい?」
「はい?」
「あってもらいたい霊がいるんだ」
そして、ついに切り出す。
それは彼女にいつもお願いしていた、たちの悪い物を祓ってもらう事。
もちろん会ってもらいたい霊なんて物は、一つだけ。
姫だ。
姫のたちの悪さは筋金入りだから、大丈夫だろう。
あんな淫魔やらサキュスバスみたいな人をたちの悪いと言わずに、なんと言う。
僕なら、絶対にたちの悪い、と判断する。
とはいえ、だからと言って、別に会わせて、祓ってもらいたい、というわけでもない。
確かに、騒ぎは起こしたり、セクハラをしたり、迫ってきたり、魂を狙ってくるなど、僕にして見れば非常に迷惑極まりない事ばかりをしてくれたんだけれども、それでも、祓う、というよりも、無理やり成仏させるような事はしたくない。
彼女とて、そんなに悪い霊でもないし、実際に実害を出したわけじゃない。
ほとんど、あれは単に遊びの範疇の事だと思うし、まだ笑って済ませられる事でもある。
時々、本当に心の奥底から殺してやりたいと思うときも、確かにあるけど、それだって、本当に心の奥底から憎んで言っているわけでもないし。
ただ、それでもやっぱりいつもいつもやりこめられているのは、僕としては悔しいし、それになりにより、いつまで理性が持つかも怪しい。
というわけで、せめて、彼女にとって脅威となるものの存在を僕が持っている。
その事を示して起きたいのだ。
そうすれば、さすがに、彼女も少々は自重してくれるかもしれない。
つまり、ペットのしつけみたいなものだ。
自分が上位者である、そう思わせるのだ。
まあ、とはいえ、もしかすると、それでは霊に対して甘いのかもしれないとは思う。
確かに、今は実害はない。
彼女の性格のおかげだろうが、誰かを呪い殺したりするような事もなければ、僕の身体をのっとろうとしている様子もない。
力を全く使おうとしていない。
そのため、現状ならば、比較的安全なものなのだ。
けれど、だからと言って、そのまま、彼女が何もしないとは限らない。
今は、キスを迫り、魂を少し抜こうとするだけにとどまっているけれど、それがいつエスカレートするかはわからない。
いきなり、誰彼構わず襲ったり、志穂ですら、手のつけられないような状況になってしまう可能性だって十分にあるのだ、それを考えると、できるだけ早く、後々の事を考えて、成仏させてしまうほうがいいのかもしれない。
いや、そうすべきなんだと思う。
だけど……
「その憑いた奴がちょっと変でね、困ってるんだ。だから、軽く脅しをかけて欲しいんだ」
僕にはやっぱりできない。
例え、その結果として、かなりの被害が出たとしても、やっぱり、彼女が成仏する事を望むならまだしも、何もしていない状況で、いきなり成仏させようなんて、僕には出来ない。
誰かの意思を無視して、自分の気持ちを押し付けるような事はしたくない。
それが、たとえ、生きた人ではなく、霊であったとしても。
「だめ、かな?」
そして、僕は、彼女に問う。
結局は、全てを決めるのは彼女。
僕が、お願いをしたところで、彼女にそれをするだけの体力がなかったり、または、する必要がないと感じれば、彼女は何もしない。
実際に、お願いしても断られてしまった事は何度もある。
だから、今回も断られる可能性だって十分に考えられる。
そろりそろりと、彼女の表情を盗み見る。
だいたい、聞いたときの反応で分かる。
申し訳なさそうな顔をしていなければ、基本的に、断わられたりはしない。
さて、彼女の浮かべる表情とはどんなものなのだろうか。