第九話 九月一日 苦しい言い訳
中途半端に切ったせいで、中途半端な始まり方になっちゃいました……
なので、まぁ、そこらへんは気にしないでください。
……お願いします。
「おはよう。元気にしてたか?」
僕の隣、つまるところ、ちょうど教室のど真ん中の席なのが、今僕に挨拶をしてきた人。
このクラスでは比較的仲のいい友人。
名前は、稲森誠次。
ただ、誠次と言う名の割りには、兄はおらず、一番上。
どういうネーミングセンスで、両親は、彼の名前をつけたのか知りたいものだ。
まぁ、そんな事を言ったところで、一番変なネーミングセンスを持っているのは、間違いなくうちの両親だろうけれども。
普通のネーミングセンスを持っている人間が、男に由貴と名づけるだろうか?
たとえ、いたとしても、自分の苗字を考えたときに、疑問を抱くべきだ。
志亜由貴。
初めて自己紹介された人なんか、絶対『白雪』と勘違いするはずだ。
男なのに、白雪。
僕が、まだその名前をネタとして使えるからと言って、気に入っているからいいかもしれないけれど、もし、それでぐれたりしたらどうするつもりだったのだろうか。
まぁ、うちの母親なら
『結局、ぐれなかったんだからいいでしょう』
あっさりそう言ってくれるだろうが。
結果論からしてみれば、確かにそれは間違いないんだろうけど、やっぱり少々納得いかない。
「まぁ、それなりってところかな」
「ふーん。それなり、ねえ?」
この際、両親の素晴らしいネーミングセンスは横に置いておいて、カバンの中に突っ込んでおいた筆箱を机の中にしまうと、カバンを机の横にあるフックにかけ、答えておく。
とりあえず、クラスメイトとの親交を深めるのもいいだろう。
家に帰ったら、それはもうきっと思わず目を瞑りたくなるような地獄の惨劇が待っているのだ。
せめて、後生だから、この瞬間ぐらいは、のんびり穏やかに年頃の少年らしく青春を謳歌しても構わないだろう。
やっぱり、青春と言えば、血と汗と涙と友情だ。
そんな言葉は、ひと昔どころかふた昔もみ昔も前のドラマでしか使われない、と、思いっきり突っ込まれるかもしれないが、そんな事ではくじけない。
今の僕は無敵。
あの何でもかんでも押し付ける、我が家の女王である母や、恐怖の魔王である美樹や、傍若無人でわがままな姫はいないのだ。
机にひじを突いて、ぼんやりと窓の外を眺める。
昔は、いつでもできた事だし、そんなに特別な事ではないと思っていたが、今思うと、本当に貴重なものだと思う。
良く失って初めてその存在の大切さに気付くと言うが、まさしくその通りだ。
ぼんやりとすることが、どれだけ難しいのか、と言う事を姫と一緒にいる事でじっくりと学ばせてもらった。
けれど、今この瞬間は、僕は自由。
僕をこき使ったり、にらんだりするものはいない。
当然、セクハラまがいの発言をしていじり倒して食えるようなエスキャラはどこにもいるはずはない……
「あ、そう言えば、あのいつも一緒にいた後輩とはどうなったんだ?一夏のアバンチュールでもしたのか?」
と思いたかった。
けれど、悲しいかな。
やっぱり、そんなに現実は優しくはないらしい。
神様が残酷な人なのだ。
あの三人と離れたところで、神様はしっかりと僕の事をターゲットにしている。
そういう事なのだろう。
ただ、一つ言わせてもらえば、夏休みはほとんど姫のせいで潰れてしまったのだから、そんな嬉し恥ずかしどきわく体験、みたいなことはなかった。
だいたい、誠次が言っているいつも一緒にいる後輩だって、単なる僕の体質に関係する知り合いでしかなく、そんな事をしあうような仲ではない。
彼女が以前言った、僕に簡易結界を教えてくれたり、たちの悪い霊を祓ってくれていた恩人で、良く一緒にいるのは、彼女の傍にいれば、霊が寄って来ないから、と言う理由だけなのだ。
決して、誠次が思っているような関係ではない。
「……あのね、彼女とはそんな関係じゃないの。ただの先輩と後輩。分かる?」
とはいえ、だからと言って、本当の事は言えない。
僕は比較的オープンだし、ネタとして使えるなら別に良いか、と開き直っているからいいけど、彼女の方は僕と違って、隠している。
彼女の場合は、霊が見えるだけではなくて、それを祓う専門の家系でもある。
僕が彼女に簡易結界なんて、端から見たら胡散臭そうな物を教えてもらえれたのも、それがあるからだ。
けれど、もし、彼女が霊能力者、しかも、本職の専門家だと知ったら、おそらく周りは彼女を気味悪く思って、遠ざけようとすると思う。
いくら、霊能力者が、世間的に認知されているからと言って、必ずしも受け入れられてもらえられるとは限らない。
人は、自分の知らない、理解できないものに対しては、少なからず恐怖を覚えてしまい、敬遠してしまう性質がある。
たぶん、未知の恐怖や危険から逃れるための自衛手段、生存本能から来る物からなんだと思うけど、やはり、実際に敬遠されたら、本当にきつい。
ただ見えるだけの僕ですら、奇異や侮蔑の目で、たまに見られるのだ、僕よりもっとすごい彼女になれば、それはもっとひどいことになってしまうだろう。
見られるだけではなく、実際に攻撃される可能性だってあるだろう。
「あれだけ親密なのに、ただの後輩なのか?しょっちゅう一緒にいる姿が発見されているのに、それでもただの後輩と言うつもりなのか?仲良く私服姿でお出かけしている姿も発見されているのに、後輩だなんて言うつもりなのか?彼女の家に入っていくお前と彼女の姿さえも何度も発見されていると言うのに、まだただの後輩だなんて、いうつもりなのか?」
「うっ……」
とはいえ、さすがに、それでは誠次も納得してくれなかった。
まぁ、誠次の言う通り、僕と彼女は一緒に居過ぎた。
理由が理由なだけにしかたないと言えば仕方ないのだけれど、事情を知らない誠次にしてみれば、年頃の男女がそれだけ親しげに一緒にいれば、そう思っても当然だろう。
普通、ただの先輩と後輩だけの関係で、そんなにしょっちゅう一緒にいたり、挙句の果てに家に上がるような事はない。
絶対何かあると思っても仕方ない。
とはいえ、何一つ事情を話せない僕にとっては、どう反論しようもないのだ。
「はい、お答えは?」
そして、とどめの一言。
にこにことした笑顔で、そう言っているが、目は全く笑ってはいない。
『今度こそ、真面目に、しっかり吐け』
暗にそう言っているような目だ。
「好ましくは思ってるよ。彼女はどうだか知らないけどね」
結局、白旗を上げるしかなかった。
とりあえず、少しぐらいは誠次の言葉を認めておかないといけないだろう。
ただ、嘘をつかないといけないのは心苦しい。
彼女は、僕に取っては友人だし、恩人だから、好きか嫌いかと言えば、間違いなく好きなのだが、誠次の言うような、恋愛対象としての好きではない。
確かに、見た目は可愛らしいし、性格だっていいから、割ともてるらしいから、そういう対象に思えてもおかしくないが、それでも、やはり僕には彼女にはそういう感情は持てない。
誠次だって、彼女の容姿がいいから、しつこく絡んできたのだろう。
ちょっとした嫉妬って奴だろう。
まぁ、その嫉妬のおかげで、こうしてつきたくもない嘘をつかないといけないといけないのは、ちょっと辛いが、
「ふーん、好ましく、ねえ?これまた、曖昧な言い方だな?」
「悪かったな、曖昧で」
「まあ、お前はそういう性格だから、仕方ないか。今日はこのぐらいにしておいてやるよ。ちょっとは素直になったみたいだしな」
それでも、こうして誤魔化せただけでもましと考えよう。
下手に勘ぐられて、せっかく一生懸命になって彼女が隠している事がばれるようなことになってしまっては、目も当てられない。
せっかくの恩をあだで返すようなものだ。
「……ありがとよ」
僕は、ため息を吐きながら、そう答えたのだった。