序話
連載が別にやってますが、気晴らしに、というわけで、こういうのも載せてみようかと。
とりあえず、肩肘張らずに呑気に読めるものを書いてみました。
季節は夏。
燦々とした太陽がじりじりと肌を刺すように光を降り注ぐ。
そんな午後のひとときの中、僕は、森の中を歩いていた。
自然と共に遊ぶ事を忘れた現代人にしては珍しく、その足取りはしっかりとしていて、森の中だと言う事を感じさせないほど、軽やかに土を踏みしめていく。
ここは、僕の庭みたいなところだから、当然と言えば当然だけど。
特にこの時期になると、いつもお世話になっている。
もちろん、理由はたった一つ、昼寝だ。
やはり、この時期は、普通にしていると、ものすごく暑い。
どんなに風通しを良くしたところで、たかが知れている。
おかげで、家にはいられるわけもなく、だからと言って、そのまま外を出歩くわけにもいかないため、こうしてここに来てしまうのだ。
もちろん、文明の利器であるクーラーに頼れば、また話は変わってくるだろうけど、我が家にはそんな物はないし、僕自身、クーラーに長い間、あたっていると、頭痛がしたりと、体調が悪くなるのだ。そんなものには、頼れるわけがない。
よって、自然に頼る事しか出来ないのだ。
とはいえ、ここでも十分に涼しい。
やはり、木々が鬱蒼と茂っているため、日の光はところどころ、木漏れ日程度でしか入って来ない。
しかも、山の中と言う事もあって、そよそよと吹く風は涼しく、心地いい。
この時期、一番の納涼スポットと言ってもいい。
それからしばらく歩いた後、木に背をあずけると、座り込む。
そこだけ、土の色や草の生え方がまちまちになっている。
いつも、ここで昼寝をしているからだ。
ここが、一番涼しくて、座る土や背中をあずける木の具合もかなりいい。
腰を降ろした後、軽く伸びをすると目を瞑る。
そよそよと吹く風が僕の頬を、髪を優しく撫でていく。
それがとても気持ちいい。
やっぱり、こうして外に出て、風に当たるほうが、ずいぶんと安らぐ。
きっと、クーラーじゃ、こうはいかないはずだ。
あれは、体力をどんどん奪っていくものだし。
ざわり
不意に強い風が吹いた。
目を瞑っていても、分かるぐらい、髪が大きく揺れる。
それに合わせて、木々がさわさわと音を立てて揺れ、陽の光がこぼれてくる。
涼やかな風に吹かれ、本来ならば暑いはずの日の光はどこか優しげで、じりじりと照らすような事はない。
どこまでも穏やかな世界。
ざわり
また、強い風が吹いた。
だけど、今度は、先ほどとは違って、どこか底冷えするような冷たさを含んでいる。
おまけに、さきほどまでの穏やかな空気が嘘だったのかのように、ぴんと張り詰めた物に変わっている。
思わず、変な不安にかられた僕は、目をあけた。
熱を奪っていた涼やかな風は止み、木漏れ日も届かなくなり、辺りはすっと暗くなっていた。
そのせいか、先ほどまでの夏の暑さはどこかへと飛び出してしまったのだろうか、打って変わって、身体の芯が冷えるようなそんな寒さが辺りを満たしている。
不意に、視界の端に、影を捉えた。
けれど、その姿はぼんやりと白い靄のようなもので覆われており、はっきりとしない。
それは、しっかりと見直しても変わらなかった。
もちろん、僕の目が悪いわけではない。
その薄い靄に隠れた影以外は、はっきりと見える。
その瞬間、ようやく、その影の主が何か分かった。
霊だ。
その独特の、なんとも形容し難い身体中にまとわりつくような感触で分かる。
周りの空気が凛としている分、余計にそれが目立つ。
僕がこうしてここに来る理由のもう一つがそれだ。
どこまでも、平凡な僕だけど、少しだけ、変わったところがある。
霊を引き寄せやすい体質なのだ。
理由は分からないが、気がついたら、見渡す限り、霊で囲まれている事なんて、何度もあった。
それに、辟易して、友人のつてで、そう言うものから身を守る方法は、習っていたのだが、さすがにそれを人前で堂々とやれるわけがない。
端から見れば、その姿は、確実に妖しく見えるだろう。
そのため、こんな人気のないところでしか納涼ができないのだ。
とはいえ……舌打ちをして、慌てて、立ち上がり、逃げ出そうと身構える。
どうにも、今回は、そんなものでは、役には立たないみたいだ。
元々、厳しい修行をした分けでもないので、僕が使えるのは、せいぜい気休め程度の物。
そんなもので、明らかにこちらを狙っている物相手に通じるわけがない。
向こうがこちらに向ける物は、明らかに友好的なそぶりはない。
だいたい、友好的な存在ならば、薄靄の中に隠れて、こんないかにも、と言った感じの雰囲気で、近づいてくる事はないはずだ。
だから、せいぜい、僕にできるのは、逃げる事。
少々情けないような気もするけど、無茶な事をして、身に危険がおよんでは、元も子もない。
にじり寄ってくる影のスピードがあがった。
どうやら、逃げ出そうとしている事に、気がついたのかもしれない。
こうなっては、一刻の猶予もない。
すくっ、と立ち上がると、影に背を向け、足を踏み出す。
まだ、距離は、そんなに縮まっていないはず。
十分逃げられる、そう思っていた。
だけど、なぜか気がついたときには、何かに腕を掴まれた。
先程までの凛とした空気も、身体にまとわり付くような感触も、いつのまにか消えている。
この原因はいったい何なのだろうか?
いや、そんな曖昧な言い方なんてしなくても良いだろう。
何かではなく、影なのだろう。
ここにいるのは、僕とその影だけなのだ。
内心で舌打ちをする。
こうして、捕まっている以上、もう、逃げられないだろう。
力づくで振りほどいて逃げられるほど、僕には腕力はない。
こうなれば、仕方がない。
覚悟を決めると、影の方へと振り向いた。