dearly kiss
さぁ、この戯曲に幕を引きましょう。
誰もが待ち望むハッピーエンドを。
「よくぞここまで辿り着いたな、勇者!歓迎しよう!」
「いいえ、結構よ。アタシの名は沙姫。覚えておきなさい、アンタ倒した者の名前になるんだから。」
「ふむ、良い名だな。どうだ、少し話さないか?奥の部屋に紅茶とケーキを用意してみたんだ。」
「なんで、魔王と勇者がお茶しなきゃいけないのよ。さっさと剣を抜きなさい!」
「断る。お前に俺は殺せないよ。」
「そんなのやってみなきゃ判らないでしょ。構えろ!」
「仕方がないな、どれ、実演してやろう。」
そう言って魔王はおもむろに剣を抜くと、自身の心臓に突き刺した。
「アンタ何やってんのよ!?」
「見ての通り自殺だ。これ、魔剣だからかなり痛いし、もう抜いていいか?」
「勇者の前で自殺する魔王がどこにいんのよ!」
「いや、俺を殺せないことの証明になるだろ?どうせ俺はもうすぐ死ぬから。最後に少しくらい付き合ってくれよ。」
「どういうこと?」
「まあ、立ち話もなんだし座れよ。説明してやるから。」
「魔王の前で警戒を解く訳ないでしょ?そんな手には引っかからないわ。」
「まあまあ、ここにくるまで誰にも会わなかっただろ?命の保証はするぞ。」
「確かに、人っ子一人いなかったわね。アンタ人望ないんじゃないの?」
「もとよりここには誰もいない。問題はないだろ?」
「そう。その悪趣味な仮面を外すなら聞いてあげてもいいわ。」
「悪いがそれは出来ない。我慢してくれ。」
「ふん、まあいいわ。聞いてあげる。」
「感謝する。」
魔王はふと遠くをみるように語りだす。
昔々、とある村に一人の少年がいました。
身寄りもなく、気弱で泣き虫だったその少年は、いつも周りの子に虐められていました。
そんなある日、村に一人の少女がやってきました。
男勝りなその少女は、瞬く間にいじめっ子を蹴散らし、少年にこう言い放ったのです。
「アンタ、今日からアタシの子分になりなさい!」
それから、二人はいつも一緒でした。
初めて自分と仲良くしてくれた少女と過ごすうちに、いつしか少年は心惹かれ、いつまでも傍にいたいと、いられると信じていたのです。
しかし、少年の想いは儚くもついえてしまいました。
それは少年と少女が出会ってから、三度目の春のこと。
二人の住む村に魔族が侵攻してきたのです。
「な、なんでこんなところに魔族がっ!」
「逃げろーっ!命だけは守り抜け!」
混乱の中で離れ離れになってしまった二人が再び会うことはありませんでした。
少年の死によって。
遺体こそ発見されなかったものの、彼が肌身離さず身に付けていた二人の友情の証、血塗れのペンダントが彼の身に起きた出来事を雄弁に物語っていました。
「う、嘘でしょ?アンタ、もしかして・・・」
「人の話は最後まで聞けって、村長さんに習わなかったっけ?」
「そ、霜枝、なの?」
「ご明察。」
ゆっくりと外された仮面の内側には、幾分大人びた幼馴染みの微笑みが。
呆然としていた少女の表情はみるみるうちに崩れ、薄暗い広間に小さく嗚咽が響く。
「なん、なんで今更。連絡くらいくれたっていいじゃない!アタシは、アタシは霜枝の敵を!魔族を倒す為に生きてきたのに!」
「ごめん、全部知ってるよ。沙姫には悪いけど、僕にも色々と事情があったんだ。」
「・・・して。」
「ん?」
「話して!ちゃんと全部説明してよ!だって、アタシ、アタシは。」
「うん、僕もちゃんと話したい。聞いてくれるかな?」
「うん。」
「ありがとう。・・・おいで。」
泣きじゃくる少女を抱き寄せ、青年はとつとつと語りだす。
あの時僕は、魔族の一人に捕まったんだ。
何故だか知らないけど、ソイツは僕にこう聞いた。
「生きたいか?」
ってね。
必死で頷いたよ。
結果は言わなくてもわかるよね?
ソイツに連れてこられたのが、この魔王城。
ただし千年前の。
僕に食料だけ渡してソイツは消え去った。
魔界は弱肉強食だからね。
生きるためにはなんでもやったよ。
物乞い、窃盗、恐喝、殺し。
当然、僕は弱かったから。
何度も死にかけたよ。
生きること、生きるために強くなることで頭が一杯だった。
もう一度君に逢いたくて。
そんなこんなで大体五年くらいたった頃かな?
アイツが戻ってきた。
僕に呪いをかけるために。
老いず、傷つかず、死ねず、城から出ることも叶わず、魔王を魔王足らしめるこの魔剣と共に、ただ悠久の時を一人佇むだけ。
永遠の孤独。
逃れる術のない責め苦。
気が狂いそうだったよ。
いや、すでに狂っていたのかもしれない。
君に会いたい。
それだけが僕の縁だったんだ。
そして・・・。
「やっと君に会えた。」
「霜枝・・・。」
「僕がどんなにこの瞬間を待ち侘びたことか。」
「解呪は出来ないの!?」
「出来ない。と、いうより方法がないんだ。」
「そんな!で、でも探せばきっとみつ...。」
甘い沈黙が言葉を塞ぐ。
「嘘だよ。魔王の呪いは愛するお姫様のくちづけで、見事に解けました、ってな。」
「嘘って!突然何すんのよ!やっぱりこういうのは雰囲気とか考えて...。」
「ごめんね。でも、これで最後だから。」
「最後?ってアンタ体が!」
「本当にごめん。愛する人に口付けることで呪いが解けるのは本当。体が塵になり、不死から解放される。これ以上を生きることは、破綻した俺には耐えきれない。だから・・・もう逝かせて?」
「なんで!?なんでそんなこと言うの?もう会えないと思っていたのに!せっかく会えたのに!一緒にいられると思ったのに。大好きなのに。・・・愛してるのに。」
「僕もだよ、沙姫。僕も君を愛してる。でも、俺はもう消えるから。僕のことは忘れて生きて欲しいな。俺の最後のお願いだよ。バイバイ、沙姫」
「イヤッ!霜枝!霜枝!嫌だよ!ダメ!逝かないで!霜枝!そう・・・し。」
ごめんね・・・。
誤字・脱字等ありましたら、ご報告いただければ幸いです。