EP 42
『武術談義の共鳴と、絶対零度の視線』
「よ~し! 今からワードを言うぞ!」
酔いが回ったのか、元魔王サルバロスが立ち上がり、司会者のように声を張り上げた。
「俺が言ったワードが好きなら、手を上げろ! 揃った同士でツーショットトークをする事! これぞ合コンの王道ゲーム『価値観マッチング』だ!」
マモルは額を押さえた。
(……こいつ、どんだけ雑誌で学習したんだよ。魔王軍の作戦会議より熱心じゃないか)
デュラスは静かにワインを回しながら、哀れみの目でかつての主君を見ていた。
(……これが私の元主人か。平和とは恐ろしいものだ)
しかし、ゲームは強制的に開始される。
「よし、行くぞ! 最初のワードは……『武術』!!」
「……!」
マモルの手が条件反射で挙がった。
彼の根幹にあるのは武道だ。こればかりは嘘をつけない。
そして同時に、向かいの席でも美しい手がスッと挙がった。
「えっ!?」
「まぁ」
手を挙げたのは、天使族族長ヴァルキュリアだった。
サルバロスがニヤリと笑う。
「よ~し! マモルとヴァルキュリアだ! 二人で存分に語り合え!」
「え、えっと……ヴァルキュリアさんも、武術がお好きで?」
マモルが恐る恐る尋ねると、ヴァルキュリアは凛とした表情で頷いた。
「ええ。私は族長として部下を指揮する立場ですが、武の道こそが精神を研ぎ澄ますと信じております」
彼女の瞳に、真剣な光が宿る。
「特に……武術と言えば私は剣術や槍術も好きなのですが、武器に頼り切るのではなく、『体術』があってこその武器術だと思ってまして。重心移動や呼吸法、それが出来て初めて、聖槍グラニを扱えるのです」
「……!」
マモルは思わず身を乗り出した。
その意見は、マモルの持論と完全に一致していたからだ。
「わかります! 俺は『合気道』という武術をやっていて……これは剣術の理合を体術化したものなんです。剣を持たずとも、身体の中に剣の芯を通すというか……」
「なんと……! 剣を持たずに剣の理を!?」
ヴァルキュリアが感嘆の声を上げる。
「そうです。だから、槍術の稽古を元に体術に応用するというのは、非常に理に適っています。力の流れを……こう、円運動で流す感覚ですよね?」
マモルが手ぶりを交えて熱弁すると、ヴァルキュリアは頬を紅潮させた。恋心ではない。同じ道を志す者への、純粋な共感と興奮だ。
「素晴らしい……! 天界の天使たちは魔法に頼りがちで、この『体術の機微』を理解できる者が少なかったのです。まぁ、マモル様はこれほどお詳しいのですね! 是非、もっと深いお話を聞きたいですわ! その合気道とやら、今度ご教授願えますか?」
「ええ、喜んで! いつでも道場に来てください!」
二人の会話は弾んだ。
マニアックな武術論に花が咲き、周囲の雑音など耳に入らない没頭状態に入っている。
しかし。
その「二人の世界」を、外野はどう見ていたか。
ピキィィィィィン……。
テーブルの上の水滴が凍りついた。
エルミナとフィリアの二人が、感情の一切ない**「氷の眼」**で、楽しそうに話す二人を見つめていたからだ。
(……武術にかこつけて、次のデートの約束を取り付けましたわね、あの女狐)
エルミナがグラスの柄を握りしめる握力が、限界を超えようとしていた。
(……マモルがあんなに楽しそう。私の知らない『合気道』の話で盛り上がってる。……へぇ、そうなんだ)
フィリアの笑顔が完全に消え、その背後に黒いモヤ(嫉妬のオーラ)が立ち昇る。
その冷気を感じながら、デュラスは満足げにワインを飲み干した。
(……ククク。マモルが追い詰められていく様は、最高の酒の肴だな)
サルバロスも、マモルの背後に迫る死神の影を見て、恍惚の表情を浮かべた。
(地獄の晩餐会だな……! これぞ俺が求めた混沌よ!)
「あ、あの……マモル様? 少し寒気がしませんこと?」
武術談義に夢中だったヴァルキュリアが、ようやく異様な冷気に気づいて肩を震わせた。
マモルがハッとして横を見ると、そこには能面のような表情のフィリアがいた。
「ねぇマモル? 合気道って……『愛・気道』って書くの?」
「ち、違う! 字が違う! そういう愛じゃないんだフィリアァァ!!」
誤解が誤解を呼ぶ地獄の合コン。
マモルのライフポイント(精神力)は、既にゼロに近かった。




