EP 38
『消えたドルノ島と、執事の気絶』
翌朝。
爽やかな陽光が降り注ぐ中、マモルは出勤のためにアルニア公爵城の廊下を歩いていた。
ただし、その歩みはいつもより重い。
右腕に、ぴったりと張り付く「重り」があるからだ。
「マモル~♡ お城~♡」
始祖竜アルカである。
昨日の「成長痛」を経て、彼女の見た目は幼児から、人間の5~6歳児くらいまで成長していた。しかし、甘えん坊な性格はそのままで、コアラのようにマモルの腕に絡みついている。
執務室のドアを開けると、そこには既に死相を浮かべた筆頭家令エドガーが待っていた。
「……おはようございます、マモル様」
「おはよう、エドガー。顔色が悪いぞ?」
「誰のせいですか……。……って、マ、マモル様? そ、そちらのアルカ様は? この前より……成長したような?」
エドガーが眼鏡の位置を直す。明らかにサイズ感が変わっている。
「あぁ、アルカだ。ちょっと大きくなったんだ。成長期みたいでさ」
「せ、成長期? ……い、いや、今はそれよりも緊急事態です」
エドガーはデスクに広げられた地図を指差した。その手は小刻みに震えている。
「昨日……領地の沖合にあった無人島、『ドルノ島』が突如として消失したとの報告が入っております。津波観測計が異常数値を叩き出し、漁師たちは『海から太陽が昇った』と……」
「あー……」
マモルが気まずそうに視線を逸らす。
すると、腕の中のアルカが元気に手を挙げた。
「あ! それ、私がやったの~! ごめんね、エドガー!」
「…………は?」
エドガーの思考が停止した。
島が消えた。私がやった。ごめんね。
三つの単語が繋がらない。
「え、えっと……私がやったとは、ど、どういう意味で……?」
エドガーはプルプルと震えながら聞き返した。
まさか、幼女のイタズラで島が消えるわけがない。比喩か何かだろう。そう信じたい。
しかし、アルカは無邪気に窓際へと歩み寄った。
「どういうって……こうやってやるの!」
アルカは窓を開け、遥か彼方の水平線に向かって、小さく口を開けた。
まるで、シャボン玉を吹くような軽さで。
『ぷっ』
可愛らしい音と共に、極小の光弾が放たれた。
それは瞬時に水平線の彼方へ着弾し――。
カッッッ!!!!
ズドオオオオオオオオオオンッ!!!
海面から巨大な水柱と爆炎が上がり、窓ガラスが衝撃波でガタガタと悲鳴を上げた。
新たな水蒸気爆発により、地図には載っていない岩礁がまた一つ、この世から消滅した。
「……」
静寂。
エドガーは、口をあんぐりと開けたまま、爆心地を見つめていた。
アルカは振り返り、テヘッと舌を出して首を傾げた。
「ごめんなちゃい♡」
その破壊神の如き可愛さに、エドガーの精神(と胃袋)の許容量がついに限界を迎えた。
「あ……ぅ……」
ドサッ。
エドガーは白目を剥き、糸が切れた操り人形のように床へ倒れ込んだ。完璧な気絶である。
「あーあ、やっちゃった」
マモルは倒れたエドガーを跨いで、自分のデスクへと向かった。
そして、積み上がった書類の山から、「地図の修正依頼書」と「被害状況確認書」を抜き取り、そっとエドガーの胸の上に置いた。
「という事なんだ。……エドガー、目が覚めたら後処理頼むな」
「むにゃ……魔王……サウナ……爪切り……」
うわ言を呟く執事を残し、マモルとアルカは「おやつ休憩」へと向かうのだった。
アルニア公爵領の地図は、今日もまた書き換えられる運命にある。




