EP 33
『欲望の歌姫と、悪魔的プロデュース論』
アルニア公爵邸の地下には、マモルが趣味(と道楽)で作った最新鋭のレコーディングスタジオが存在する。
防音壁に囲まれた密室で、プロデューサー席に座るマモルは、卓上のミキサーを操作しながらマイクに向かって声をかけた。
「どうだ? リーザ。歌い込んできたか?」
ブースの中にいるリーザは、譜面台の前で背筋を伸ばした。
今日の彼女は気合が入っている。なんといっても、明日はマモルが用意した『特設ステージ』でのこけら落とし公演なのだ。
「はい! マモル様! この歌姫リーザに抜かりは有りませんわ! 喉の調子も、雨水で潤して完璧です!」
自信満々に答えるリーザ。しかし、彼女は手元の歌詞カードに視線を落とすと、少しだけ眉をひそめた。
「……でも、マモル様? 一つだけ質問が。この歌詞なんですが……」
「ん? 何か不満でも?」
「いえ、曲調は最高にポップでキュートなんですけど……歌詞が、その……あまりにも『欲にまみれている』というか……」
リーザは恐る恐る、サビのフレーズを読み上げた。
「……『ダイヤが欲しい♪ 土地も欲しい♪ (Want You! Want You!)』」
「『貴方の愛で生きていける~♪ (Fuuu~!)』」
「……って、これ。完全に金目当ての女の歌ではありませんこと?」
リーザは訴えた。
彼女の理想とするアイドル像は、愛と希望と平和を歌う、清廉潔白な天使のような存在だ。
しかし、マモルはプロデューサーとして、サングラスの奥で鋭い光を放った。
「何を言ってるんだ? リーザ。君は嘘八百を吐いて、愛や希望なんて言うのかい? それでファンに嘘をつく気かい?」
「えっ……嘘、ですか?」
「君は昨日、パンの耳をかじって、サバ缶の汁まで啜る底辺の生活をしていただろう?」
「うっ……(見られていた!?)」
マモルは立ち上がり、熱弁を振るった。
「今の君の心を占めているのは何だ? 『愛』か? 違うだろ。『明日の飯代』と『家賃』と『成功』だろ!」
図星を突かれ、リーザは口ごもる。
「そ、それは……」
「君は今、泥水をすすって生きている。だが……ステージに立てば、銀河を貫く歌姫になるのさ。そのギャップこそが最大の武器だ。その為には、自分の欲望を正直に歌わなければならない!」
マモルは断言した。
綺麗なだけの歌など響かない。
今のリーザが持つ、骨の髄から滲み出る「豊かさへの渇望」。それこそが、聴く者の魂(と財布)を揺さぶるのだと。
「マモル様……」
「心配するな、全て上手くいく。……リーザ、一つだけ魔法の言葉を教えよう」
マモルはブースのガラス越しに、リーザの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「『自分が主人公だと思わない限り、周りも君を主人公扱いしない』」
「わ、私が……主人公……」
リーザの中で、何かが弾けた。
今まで彼女は、マモルやキャルルの後ろで、あるいは街の片隅で、モブキャラのように生きてきた。
パンの耳を拾い、雨水を飲み、惨めに生き延びてきた。
だが、それではダメなのだ。
「遠慮するな。ステージの上では、君が世界の王だ」
マモルの言葉が、呪文のように染み渡る。
「リーザが動けば星は回る。世界は君の為に回っている。観客は全員、君の養分だと思え!」
「……養分!」
リーザの瞳から、卑屈な色が消え去った。
代わりに宿ったのは、燃え盛るような野心と、絶対的な自信。
「そうですわ……私は歌姫。海を統べる人魚の末裔……! 私が輝けば、世界は跪くのですわ!」
「そうだ! その目だ!」
マモルは満足げに頷き、親指を立てた。
「よし、明日のステージが楽しみだ。……その欲望を、全て歌に乗せて叩きつけろ!」
「分かりました! マモル様! 私の歌で、アルニア中の現金を巻き上げてみせますわーッ!!」
「(そこまでは言ってないけど、まあいいか)」
こうして、清純派アイドル(自称)は消え去り、欲望全開のモンスター・ディーヴァが誕生しようとしていた。




