EP 19
『二日酔いの休戦と、天国と地獄の特訓』
翌朝。
アルニア公爵領の空は快晴だったが、魔王の顔色は土気色だった。
「ま、また今度だ……おぅぇッ!」
サルバロスは口元を押さえ、千鳥足で帰還用の魔法陣へと入っていく。
その後ろでは、同じく青い顔をしたドラグニールとルチアナが、無言でドナドナされるように連れられていった。
「……魔王が二日酔いで決闘延期って、歴史書に書けないな」
マモルが見送ると、彼らはヒュン!と消え去った。
とりあえず、世界の危機は肝臓のダメージによって先送りされたのである。
***
場所は変わり、街の公園。
爽やかなラジオ体操の音楽に合わせて、健康的な汗を流す人々がいた。
その中に、ひときわ目を引く凸凹コンビの姿があった。
「イチ、ニ! サン、シ! ほら後輩、もっと腕を伸ばして!」
「うう……なんで俺様がこんな動きを……」
リーザとイグニスである。
彼らの目当ては、首から下げたスタンプカード。
「あと三回参加すれば、マモルマートの『揚げたてコロッケ』引換券が貰えるんですのよ!」
「くそっ、コロッケの為なら……! ラジオ体操第二、行くぞオラァ!」
そんな庶民的すぎる光景を遠目に見ながら、マモルの自宅の庭では、もっと殺伐とした会話が繰り広げられていた。
「……マモルさん、特訓です」
元エリート天使エルミナが、真剣な眼差しで告げた。
「マモルさんは強いですが、それはあくまでも『人間の範囲内』の話です。あのサルバロス様の魔気に対抗するには、マモルさん自身の闘気を覚醒させる必要があります」
「まぁ……それはそうだな。昨日の覇気、凄かったし」
マモルが頷くと、フィリアがバッと手を挙げた。
「はいはーい! 闘気なら任せて! 私、得意よ!」
「お! フィリア、よろしく頼むぞ! コツとかあるのか?」
「うん! あのね……」
フィリアはマモルの前に立ち、身振り手振りを交えて熱弁を振るった。
「マモルの身体の中にある闘気をさ、おへその下あたりで『グワ~ン』って練り込んで、それを全身に『ドッカーン!』すれば良いんだよ!」
「……え?」
「だから、グワ~ンしてドッカーン! 簡単でしょ?」
キラキラした笑顔で言い切るフィリア。
マモルは助けを求めるように横を見た。
「……デュラス。翻訳してくれ」
「説明になって無いな。あれは天才肌特有の感覚論だ」
デュラスが呆れたように肩をすくめる。
マモルは安堵のため息をついた。
「はぁ……デュラス、お前が居てくれて良かったよ。やっぱり理論的な指導が……」
「ああ、簡単な事だ」
デュラスは不敵に笑い、マントを翻した。
「言葉で分からぬなら、身体に刻めばいい。マモル、より『地獄』を経験すれば良いんだ」
「……じごく?」
「私が魔界の森から、飢えた魔獣達を100匹ほど召喚する」
「……召喚?」
「それをお前が一人で倒せば、死に物狂いで闘気が目覚める。なぁに、簡単だろ?」
デュラスの指先に、禍々しい紫色の魔法陣が展開される。そこからは既に、グルルル……という獣の唸り声が聞こえ始めていた。
「オイイイッ!! スパルタ通り越して殺人未遂だろそれ!?」
マモルがツッコミを入れるが、デュラスは止まらない。
すると、それを見ていたエルミナが「あら」と対抗心を燃やした。
「まぁ、デュラスさんったら。魔獣だけではバランスが悪いですわね。……では、天界から試練の『神獣』達も出しますね。浄化の炎で焼かれると痛いですよ~」
「えっ、エルミナまで!?」
エルミナの背後に黄金の魔法陣が展開され、聖なる(しかし凶暴な)獣たちが顔を出す。
「良かったわね! マモル! これでいっぱい練習できるわよ!」
フィリアが無邪気に手を叩く。
「良くねぇぇぇ!! 死ぬ! 覚醒する前に俺が星になるわ!!」
「問答無用! 行け、魔獣軍団!」
「神の試練をお受けなさい!」
「頑張れー!」
「うわあああああああ!!!」
ドガァァァァン!!
公爵邸の庭に、爆音とマモルの絶叫が響き渡る。
二日酔いの魔王が休んでいる間に、人間の王(予定)は、味方による地獄の特訓で、強制的にレベルアップさせられようとしていた。




