EP 16
『神と魔王と親父、ジャージ姿で来襲す』
アルニア公爵領の正門前。
そこに、明らかに場の空気を歪める三人の影が降り立った。
「さて……ここがマモルちゃんが治めるアルニア公爵領ねぇ」
先頭に立つ美女、女神ルチアナは、感心したように街を見回した。
ただし、その格好は神々しいドレスではなく、芋ジャージにサンダル履き。片手にはコンビニ袋(中身はスルメと柿の種)をぶら下げている。
「ほう、良い街じゃないか。魔界の首都より整備されているかもしれん」
その横で腕を組むのは、漆黒のコートを纏った巨躯の男、闘神にして魔王サルバロス。
「息子は元気にしとるかのう。ちゃんと飯を食っておるか」
そして、ドテラを着て背中を丸めているのは、竜人族の長ドラグニールだ。
***
同時刻。街外れのテント村。
「自宅警備員(という名の無職)」としてテントの中で寝転がっていたイグニスが、盛大に鼻を鳴らした。
「……ハックション!! ズズッ……誰だ、俺様の噂をする奴は。……風邪か? 栄養不足か?」
彼は煎餅の最後の一枚を大事そうにかじった。
***
正門を守る騎士は、震えていた。
彼の「危険察知スキル」が、目の前の三人から発せられる、世界を滅ぼしかねないプレッシャーを感じ取っていたからだ。
(め、女神級の魔力に……魔王級の覇気……それに、古代竜の気配だと!? な、何者だコイツらは!?)
騎士が槍を構えることもできずに硬直していると、ジャージ姿の女神がズイと顔を近づけてきた。
「ねぇ、そこの彼。マモルちゃんの所に案内してくれない? ほら、一番立派な建物」
「あ、いや、その……アポイントメントは……」
「案内しないと、首をはねるかもな」
サルバロスが楽しげに、しかしドスの効いた声で囁く。その背後に、巨大な死神の幻影が見えた(気がした)。
「ひいいいッ!! わ、分かりましたああ! 直ちに! 直ちにご案内しますぅぅ!」
騎士は涙目で先導を始めた。これが「アルニア・パニック・ツアー」の幕開けだった。
***
一方、マモルの私邸。
リビングでは、いつものように穏やかな時間が流れていた。
「マモル、新しいゲームソフトを買ってきたぞ。対戦しよう」
「お、いいなデュラス。負けないよ」
ピンポーン。
軽快なチャイム音が鳴り響く。
「ん? こんな時間に誰だ?」
デュラスがコントローラーを置き、眉をひそめて玄関へと向かった。
「誰だ? セールスならお断りだぞ。新聞も壺も間に合っている」
デュラスがガチャリと扉を開ける。
そこには、ニヤリと笑うかつての上司の顔があった。
「よう、デュラス。息災か?」
「……げええッ!?」
デュラスの口から、カエルのような声が出た。
彼は数歩後ずさり、腰を抜かしそうになるのを必死で堪えた。
「ま、ま、魔王様!? なぜここに!?」
「どうした? デュラス。そんな大声出して」
リビングからマモルが顔を出す。
そして、玄関に立つジャージ姿の美女を見て、露骨に顔をしかめた。
「……げぇっ、ジャージおばさん」
「ちょっとぉ! 嫌な呼び方ね! そこは『麗しの女神お姉様』でしょうが!」
ルチアナはマモルの失礼な挨拶を華麗にスルーし、ズカズカと上がり込んできた。
「失礼しちゃうわね全く。ほら、詫びの印にいいお酒持ってきたから! 神界特選『神殺し大吟醸』よ! 飲もう飲もう!」
「ちょ、勝手に! 靴くらい揃えてよ!」
「お邪魔するぞ。マモルよ、ツマミはあるか? 儂はエイヒレが食いたい」
ドラグニールも当然のようにコタツへ直行し、我が物顔で座り込む。
「ふむ。デュラス、茶を淹れろ。濃いめだぞ」
サルバロスがソファに深々と腰掛け、デュラスに命じる。
「は、はっ! 直ちに!」
かつて魔界軍団を指揮した将軍デュラスが、新入社員のようにキビキビと給湯室へ走る。
その光景を見て、マモルは深いため息をついた。
「はぁ……また変なのが増えた。……フィリアー! ごめん、おつまみ追加! 大盛りで!」
「えー! もう、マモルったら飲み過ぎはダメよー!」
キッチンからフィリアの明るい声が返ってくる。
神も魔王も、人間も竜も。全ての種族がコタツを囲む、アルニア史上最もカオスで豪華な飲み会が始まろうとしていた。




