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EP 14

『月兎の告白と、即決の亡命許可』

公爵邸の応接室。

最高級の革張りのソファに、キャルルはちょこんと座っていた。

目の前には湯気を立てる紅茶。そして、対面には執事のエドガーが静かに座り、彼女の言葉を待っている。

キャルルは膝の上で、お気に入りの人参柄ハンカチをギュッと握りしめ、震える唇を開いた。

「……私、アルニア公爵領の噂を耳にして……ここなら、誰でも自由に生きられるって聞いて……」

「ええ。我が領は来る者を拒みません」

「私は……あのガルーダ獣人国で、近衛騎士候補をしていました。剣の腕も、脚の速さも誰にも負けなかった。国を守る誇りもありました。でも……」

キャルルの言葉が詰まる。その長い兎耳が、恐怖を思い出すようにペタリと垂れた。

「えっと……その……ガルーダ王が、私のことを気に入って……。近衛騎士じゃなくて、その……『夜伽よとぎ』に呼ばれて……」

「……」

「愛玩動物みたいに扱われるのが嫌で……怖くて……だから、国を捨てて逃げ出して……!」

屈辱と恐怖で涙が滲む。

「王の命令は絶対」とされる獣人社会において、それは死に等しい拒絶だった。

さらに言葉を続けようとする彼女を、エドガーの手が優しく制した。

「……結構ですよ、キャルル殿」

「え?」

「辛い事は、無理に話さなくても結構です。貴女が命がけでここまで来られた、その事実だけで十分です」

エドガーはハンカチを差し出した。

その時、部屋の扉がガチャリと開いた。

「おーいエドガー、ちょっと小腹すいたんだけど……お?」

入ってきたのは、ラフな部屋着姿のマモルだった。

彼は涙目のキャルルと、真剣な顔のエドガーを見て、きょとんとした。

「どうしたの? その子。お客さん?」

エドガーは立ち上がり、マモルに一礼して事情を説明した。

ただし、彼女の尊厳を守るため、言葉は最小限に留める。

「マモル様。こちら、キャルルと申されて……ガルーダより逃れてきたとのこと。っその……っ事情があり、アルニアに亡命を希望されております」

「……ふーん」

マモルはキャルルを見た。

ボロボロの服、怯えた目。だが、その奥には強い意志の光がある。

マモルは考える素振りもなく、即答した。

「うん、良いよ」

「……は?」

キャルルは耳を疑った。

亡命とは、国際問題に発展しかねない重大事だ。それを、まるで「夕飯のおかずを決める」くらいの軽さで承認したのだ。

「い、いいんですか!? 私を匿うと、ガルーダ国と揉めるかもしれませんよ!?」

「揉めたらその時考えるし、嫌がってる女の子を追い返す趣味はないからね」

マモルは笑って、彼女の前にしゃがみ込んだ。

「えっと、キャルルさんだね。よろしく。……で、君は何か得意な事はあるかな? この街で暮らすなら、仕事があった方が張り合いが出ると思うんだけど」

マモルの目線が自分と同じ高さにある。

その安心感に、キャルルは自然と背筋を伸ばしていた。彼女は立ち上がり、近衛騎士候補としての敬礼をした。

「わ、私! 戦闘には自信があります! 足は誰よりも速いです! 誰かを守るためなら、この脚でどこまでも走れます!」

「おお、頼もしいね。ちょうど警備隊とか、遊撃部隊の人手が欲しかったんだ」

マモルは満足そうに頷き、ポンと手を叩いた。

「なるほど、なるほど。……じゃあ、とりあえず住む場所だよね。寮もいいけど、女の子だし個室がいいかな。案内するからついて来て」

「え……あ、はい!」

マモルは踵を返して歩き出す。

「さ、行こうか」と振り返るその笑顔は、あまりにも無防備で、温かかった。

キャルルはエドガーに深々と一礼し、マモルの背中を追って駆け出した。

「あ! ありがとうございます! マモル様! ……私、一生ついて行きます!」

カゴを抜け出した兎は、ようやく安心して眠れる「巣」を見つけたのだ。

エドガーは二人の背中を見送りながら、眼鏡を外し、目頭を押さえた。

「……やれやれ。また一人、マモル様の『家族』が増えましたな。……さて、ガルーダ国からの抗議文への返答を考えておかねば」

執事の苦労は増える一方だが、その口元は微かに笑っていた。

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