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EP 12

『公園の邂逅、あるいは就活生イグニスの勘違い』

「ほら後輩君! あそこの鳩が狙い目ですわ! 豆を落としました!」

「だから嫌だって言ってんだろ! 俺の尊厳が……!」

公園のベンチ付近で、人魚の美女と赤い巨漢が揉み合っていると、その光景にのんきな声が掛かった。

「おっ、リーザ。元気にしてるか?」

その声を聞いた瞬間、リーザの表情が一変した。

「サバイバル・パイセン」の顔から、清楚で可憐な「歌姫」の顔へ。彼女は背筋を伸ばし、華麗に振り返った。

「あ! マモル様! ごきげんよう!」

そこに立っていたのは、ソフトクリームを片手に散歩中のマモルだった。

イグニスは目を丸くする。(なんだこの、どこにでもいそうな兄ちゃんは? リーザさんが敬語だと?)

マモルはイグニスの視線には気づかず、親しげにリーザに話しかける。

「歌の調子はどうだ? この前、パソコンで製作した楽曲は」

「素晴らしいですわ! あの重厚なビート、そして心に染み入るメロディ……! あれこそ私に相応しい、魂の曲ですわ!」

リーザはうっとりと手を組んだ。

マモルがパソコンのDTMデスクトップミュージックソフトで作った楽曲は、この世界の音楽理論を超越した新時代のサウンドとして、彼女を虜にしていたのだ。

「そっか、気に入ってくれたなら良かった。そのうち、ちゃんと歌える『ステージ』を用意するからな。ライブハウスの建設、ガンツに頼んであるし」

「ありがとうございます! マモル様! 一生ついて行きますわ!」

リーザが感涙にむせぶ横で、イグニスはこっそりと彼女の袖を引いた。

「(……おい、リーザ先輩。あいつは? 何者なんだ?)」

リーザは小声で、しかし誇らしげに答えた。

「(何言ってるの。あの方がこのアルニア公爵領の領主、マモル様よ)」

「(……は?)」

時が止まった。

目の前の、Tシャツ姿でソフトクリームを舐めている優男が?

あのピカピカの摩天楼や、美味すぎるカレーライスや、恐ろしい騎士団を統べる王(公爵)だと?

「(……ってことは、こいつに頼めば……飯が食える!?)」

イグニスの脳内で、「プライド」と「空腹」が激しい戦争を繰り広げ、0.5秒で「空腹」が勝利した。

「ん? 君は……」

マモルがようやくイグニスに気づいた、その瞬間。

イグニスは地面に頭がめり込む勢いで土下座……いや、ジャンピング土下座をかました。

「俺様はイグニスだ!! 腕には自信がある! 木こりでも用心棒でも何でもやる! だから……俺に仕事をくれぇぇぇ!!」

公園に絶叫が響き渡る。

マモルは驚いてソフトクリームを落としそうになったが、まじまじとイグニスを観察した。

(立派な角に、赤い肌……竜人族か。それにこの筋肉。現場仕事には向いてそうだけど、ちょっと暑苦しいかなぁ……)

マモルは困ったように頬を掻いた。

「う~ん……考えとくよ」

それは、大人が子供をあしらう時の、あるいは断る時の常套句だった。

しかし、どん底のイグニスにとって、その言葉は「希望の光」そのものだった。

「ほ、本当か! ありがてぇ! 考えてくれるのか!!」

イグニスはガバッと顔を上げ、満面の笑みを浮かべた。

拒絶されなかった。それだけで、今の彼には十分だったのだ。

「良かったね! 後輩! マモル様は嘘をつかないお方よ!」

リーザも自分のことのように手を叩いて喜ぶ。

「ありがとう! パイセン! 俺、この街でやっていけそうな気がするぜ!」

「え、あ、うん。まぁ、とりあえず……役所エドガーのところに行って相談してみて?」

マモルの戸惑いをよそに、イグニスとリーザは手を取り合って喜びのダンスを踊り始めた。

「やるぞー! 就職だー!」

「脱・鳩の餌ですわー!」

その様子を遠くから見つめながら、マモルは呟いた。

「……なんか、変なのがまた増えそうだなぁ。ま、平和ならいっか」

こうして、竜人族の若き英雄(予定)イグニスは、公爵とのコネクション(?)を得て、マモル帝国の労働力として組み込まれる第一歩を踏み出したのだった。

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