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EP 7

休日の朝。

マモルの「マイホーム(外見は廃屋)」の裏庭。

そこでは、朝日に照らされたチタン合金の輝きが、幾何学的な軌跡を描いて踊っていた。

「ふっ……!」

真守が手首を返すと、三本の棒が鎖で繋がれた武器――三節根が、生き物のようにうねり、空気を切り裂く風切り音を立てる。

伸ばせば長槍のごとく、折りたためばヌンチャクのごとく。

数学教師である彼にとって、この武器の変則的な軌道は、美しい数式の具現化だった。

「マモル、かっこいい!」

縁側ウッドデッキから、黄色い声が飛ぶ。

洗濯物を干しに来ていたフィリアが、カゴを抱えたまま目を輝かせていた。

「そ、そうか? 毎朝のルーティンだよ。訛らないようにしないとな」

「ううん、凄いよ! 棒が生き物みたいに動いてた!」

フィリアは駆け寄ってくると、真守の腕をグイと引っ張った。

「ねぇマモル! このまま自警団の訓練に行ってみようよ!」

「え? なんでまた」

「だって、マモルが強いこと、もっとみんなに知ってもらいたいもん。マモルをきちんと紹介したいし、舐められたら嫌だもん」

フィリアの「私のマモル自慢」をしたいという純粋かつ強引な熱意に、真守は苦笑した。

だが、村で生きていく以上、自警団と顔を繋いでおくのは悪くない。

「わ、分かったよ。少しだけな」

アルニア村の広場にある、自警団の訓練所。

そこでは、村の男たちや獣人たちが、汗を流しながら模擬戦を行っていた。

「オラオラァ! 腰が入ってねぇぞ!」

怒号を飛ばしているのは、熊耳族の大男、ボルグ団長だ。

丸太のような腕と、巌のような筋肉。身長は2メートルを超えている。

「よう、フィリア嬢ちゃん。……ん? その後ろのヒョロいのは」

ボルグが真守に気づき、鼻を鳴らした。

「あんた、新しく来た『先生』じゃねぇか。どうしたんだい? こんな所に。ここはガキのお遊戯場じゃねぇぞ? 計算ドリルなら教室でやってな」

あからさまな侮蔑。

この世界では「腕っ節こそ正義」。インテリへの偏見は根強い。

真守が口を開く前に、フィリアが前に出た。

「ちょっとボルグ、強く言いすぎ! マモルは強いんだから!」

「あぁん? 強い? この細っこいのがか?」

ボルグが下品に笑い、周囲の団員たちもクスクスと笑う。

フィリアの頬が怒りで膨らんだ。

「いいからいいから! きちんと見せつけないと! 誰がリーダーか分からせないと!」

「おいフィリア、煽るな煽るな」

真守が止めようとするが、時すでに遅し。

「リーダー」という言葉に、熊の獣人のプライドが刺激された。

「気にいらねぇな……おい! 先生よぉ、フィリア嬢ちゃんにそこまで言わせるなら、あんたの強さ、見せて貰おうか!?」

ボルグが練習用の木斧ではなく、本気の鉄斧を担ぎ上げた。

場の空気が凍りつく。

真守は小さくため息をつき、三節根を構えずにダラリと下げた。

その自然体が、逆にボルグを苛立たせる。

(……やれやれ。こんな鼻息の荒いの、地球の道場にもよく居たな)

力に自信があるゆえに、技を知らないタイプ。

真守は冷ややかな目でボルグを見上げた。

「お前みたいな鼻っ柱をへし折るのも、教師の役目なんでね」

「何だとコラァァァ!!」

図星を突かれたボルグが激昂する。

理性を飛ばし、ただの暴力の塊となって突進してきた。

「死ねぇぇぇ!!」

大上段から振り下ろされる戦斧。

当たれば岩をも砕く一撃。

だが、真守にはその軌道が、黒板に書いた放物線のように単純に見えた。

(角度よし、速度よし。……遅い)

真守は一歩も引かず、斧が頭蓋を砕く直前で、半歩だけ左へズレた。

最小限の回避。

ゴウッ! と横を通り過ぎる斧の柄に、真守は三節根を滑り込ませた。

「なっ!?」

カシャン!

三節根の鎖が斧の柄に絡みつく。

真守はテコの原理を利用し、手首を軽く捻った。

「うおっ!?」

ボルグの怪力よりも遥かに小さな力で、斧が手から弾き飛ばされる。

武器を失い、前のめりになった巨体。

真守はその隙を見逃さない。

「失礼」

三節根の片端をボルグの足首に引っかけ、もう一方の手で彼の肩を押し込む。

合気道の足運びと武器術の融合。

ドォォォォン!!

熊のような巨体が、独楽のように回転して地面に叩きつけられた。

砂煙が舞う中、真守は即座にボルグの腕を取り、関節を極める。

「ぐ、ぎぎぎ……!」

「動くなよ。折れるぞ」

真守の声は静かだったが、絶対的な「詰み」を宣告していた。

「イ、イテテテテ!! ま、参った! 参ったぁ!」

ボルグが地面をババンと叩く。

真守はパッと手を離し、乱れた作業着を直した。

「ふぅ。……いい運動になった」

静まり返る訓練所。

誰も言葉が出ない。あの村一番の力持ちであるボルグ団長が、魔法も闘気も使わない人間に、赤子のように転がされたのだ。

パチパチパチパチ!

沈黙を破ったのは、満面の笑みで手を叩くフィリアだった。

「マモル、すご~い! さすが私のマモル!」

「『私の』は余計だ」

真守が苦笑いする横で、自警団の女性団員・リナが呆然と呟いた。

「団長が……一撃で負けるなんて……先生、凄いな……」

リナの瞳には、畏敬の念と、少しのときめきが宿っていた。

その呟きを皮切りに、男たちからも「すげぇ」「魔法使いじゃなかったのか」と感嘆の声が上がり始める。

「フィリア、これで満足か?」

「うん! でしょ? リナ、マモルは凄いんだから!」

フィリアは自分のことのように胸を張り、リナに自慢している。

地面に転がったままのボルグは、痺れる腕をさすりながら、バツが悪そうに、しかし認めるように真守を見上げた。

「……けっ、完敗だ。先生、あんた只者じゃねぇな」

「ただの数学教師だよ」

真守は倒れたボルグに手を差し伸べる。

この日を境に、加藤真守は「計算ができる先生」から、「怒らせると熊より怖い先生」へと、村での評価を(良くも悪くも)一変させることになった。

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