EP 9
『紅蓮の若竜、都会へ行く』
活火山の中腹に位置する、険しい岩山とマグマに囲まれた「竜人の里」。
その熱気をも凌駕する怒号が、族長の家から響き渡った。
「親父ぃ! もう我慢ならねぇ!」
ドカァン! と扉を蹴破って出てきたのは、燃えるような赤髪の巨漢、イグニスだ。
彼は背中の巨斧『アグニ』を担ぎ直し、見送りに(というか、寝転びながら顔だけ出した)父・ドラグニールを睨みつけた。
「俺様はこんな田舎で燻ってるような漢じゃねぇんだよ! 毎日毎日、岩と睨めっこなんて飽き飽きだ! 俺は人間の国へ行って、一旗上げてくるわ!」
「ま、またんか、お前……。外の世界は……むにゃむにゃ……」
ドラグニールは煎餅をかじりながら、やる気のない手つきで制止しようとする。
(……あやつ、まさかあのマモルの所へ行く気ではないだろうな? 儂のコタツライフがバレたら面倒なことに……)
だが、息子の決意は固かった。
「あばよ! 最強の伝説はここから始まるんだ!」
イグニスは翼を広げ、里の出口にある巨大な「竜人の門」へと向かった。
そこには、筋骨隆々の門番たちが立ち塞がっていた。
「待て、若。ここを通りたくば、我らを倒してから行け。それが掟だ」
「族長の息子といえど、容赦はせんぞ!」
歴戦の戦士たちが武器を構える。通常ならば、ここで数時間の激闘が繰り広げられるはずだった。
しかし、今のイグニスは「都会への憧れ」と「野心」で沸点に達していた。
「うるせぇ! ちんたらやってられるかぁッ!!」
イグニスは空高く跳躍した。
全身から紅蓮の炎が噴き出し、巨斧が太陽のように輝く。
「必殺! イグニス・ブレイクッ!!!」
ズドオオオオオオオオンッ!!
「「ぎゃあああああああ~……!」」
門番たちは遥か彼方の空へ、キラーンと輝く星となって消えていった。
地面には巨大なクレーターだけが残り、門は消滅していた。
「へっ、口ほどにもねぇ!」
イグニスは鼻を鳴らすと、そのまま音速で空へと飛び立った。
***
数日後。
大陸を横断し、噂の「新興国」の上空へ差し掛かったイグニスは、眼下の光景に言葉を失った。
「……な、なんだぁ、ここはあぁ!?」
そこにあるはずの「人間の粗末な村」はどこにもなかった。
代わりに広がっていたのは、夜だというのに昼間のように輝く魔導灯の光、天を突くガラス張りの摩天楼、そして整備されたアスファルトの道路を走る謎の鉄箱(※軽トラや魔導車)。
「ピ、ピカピカじゃねぇか……! 竜の宝物庫より輝いてやがる!」
イグニスはおずおずと街外れに着陸した。
足元の地面(舗装路)は平らで硬く、泥一つついていない。通りすがる人々は見たこともない上質な服を着て、幸せそうな顔をしている。
「す、すげぇ……これが人間の国か? 俺の知ってる知識と違うぞ……」
キョロキョロと挙動不審になりながら大通りを歩くイグニス。
だが、腹の虫がグゥと鳴った。勢いで飛び出したため、路銀も食料もない。
「と、とりあえず宿賃と飯代を稼がないとな。……そうだ、冒険者ギルドだ! 俺様の実力なら、Sランク依頼も瞬殺だろ!」
イグニスは「ギルド」と書かれた看板を見つけ、意気揚々とその建物に向かった。
ウィーン。
「うおっ!? と、扉が勝手に開きやがった!?」
自動ドアにビビりながらも、彼は肩を怒らせて中へと入っていく。
そこが、ただのギルドではなく、タッチパネル式受付システムを導入した「総合人材派遣センター・アルニア支部」だとは知らずに。
「たのもう! 俺様はイグニス! 一番強い魔物を狩らせろ! ……あと、美味い飯屋を教えろ!」
田舎の若竜の叫びが、洗練されたロビーに虚しく響き渡るのだった。




