EP 7
『奇跡の魔導都市と、覇王(仮)のサウナ外交』
季節がいくつか巡る間に、荒野だったその地は、世界地図のどこを探しても存在しない「奇跡の都市」へと変貌を遂げていた。
ガンツ率いるドワーフ工務店の技術と、マモルの現代知識(主にパソコン内のデータ)が化学反応を起こした結果、そこには異様な光景が広がっていた。
堅牢な城壁の内側には、魔法障壁によって守られた高層建築が立ち並び、整備されたアスファルトの道には魔導灯が輝く。
蛇口を捻れば浄化された水が出て、病院では最高峰の治癒魔法と現代医学の知識が融合した治療が受けられる。
「衣食住が完全に保障された地上の楽園」
そんな噂は風より速く大陸中を駆け巡り、門の前には移住を希望する民の長蛇の列が絶えることはなかった。
公爵城――外観は壮麗な日本式の天守閣だが、内部は全館空調完備のハイテクオフィス――のバルコニーで、マモルは眼下に広がる街を見下ろしていた。
「……立派な領地になってきて、なんか現実感ないなぁ」
感慨にふけるマモルの背後で、重厚な鎧の擦れる音がした。
「マモル様! 本日の軍事演習の報告です!」
騎士団長レオパルドが、いつにも増して熱い眼差しで敬礼する。
「我が軍の主力装備、『マグナ・ライフル』に加え、対城塞用『マグナ・バズーカ』、そして広域殲滅兵器『マグナ・キャノン』……! これらを配備した大師団の訓練、順調に進んでおります。これなら、ドラゴンの群れが来ても『狩り』感覚で処理可能ですぞ!」
「うん、すごいね……。名前が物騒すぎて怖いけど」
マモルが苦笑いすると、横で葉巻(もちろん領内産)をくゆらせていたデュラスが鼻を鳴らした。
「もはや王都を凌ぐ勢いだな。経済力、軍事力、技術力……どれをとっても大陸随一だ」
そこへ、音もなく執事のエドガーが歩み寄り、恭しく一礼した。彼の手には分厚い『建国計画書』が握られている。
「公爵閣下。何時でもご準備は出来ております。帝国からの独立、そして新国家の樹立……『国』になる準備は万全です」
エドガーの眼鏡がキラーンと光る。
レオパルドも期待に満ちた目でマモルを見つめる。
「さぁ、号令を! まずは周辺諸国を併合し……!」
彼らの熱量に対し、マモルは欠伸を噛み殺しながら、ひらひらと手を振った。
「んー、疲れるからパス」
「「は?」」
「国とか作ったら会議増えるし、責任重いし。俺はただ、美味しいご飯を食べて、綺麗な月を見ながら皆と楽しく飲めれば、それで良いんだよ」
マモルのあまりの欲のなさに、エドガーはその場に膝をついた。
「な、何ともったいない……! その力があれば世界制覇すら容易いものを!」
「いや、そこが良いのですエドガー殿!」
レオパルドが感涙にむせびながら拳を握る。
「強大な力を持ちながら、それに溺れず、あくまで平穏を愛する……! これぞ真の王者の風格! マモル様こそ、覇王になられる御方だ!」
「いや、違うって。ただの怠け者だってば」
マモルの訂正は誰の耳にも届かない。
その時、執務室の扉が勢いよく開かれた。
「マモル~! 仕事終わった?」
私服姿のフィリアが飛び込んできた。その後ろには、おめかしをしたエルミナもいる。
「フィリア! うん、今ちょうど休憩しようと思ってたんだ」
「あのね、城下の商店街に新しい可愛い小物屋さんができたの! 一緒に行こうよ!」
「お、そうなのか? よし、行くか。視察も兼ねて」
マモルが即座に席を立つと、エルミナが扇子で口元を隠しながらデュラスを見た。
「あら、デュラスさんもご一緒にいかがです? たくさん買いますから、荷物持ちが欲しいですわ」
「……は?」
デュラスのこめかみに青筋が浮かぶ。かつて魔界の将軍として恐れられた男に対し、荷物持ちとは。
「ふざけた事を抜かすな、小娘。私は肉体労働はしない主義だ。大体、なぜ私が……」
拒絶しようとするデュラスの肩に、マモルがポンと手を置いた。
「まぁまぁデュラス。付き合ってくれよ。その代わりさ……帰りに『サウナ』に行こうぜ」
ピクリ。
デュラスの眉が動いた。
「サウナ」――それはマモルが持ち込んだ文化の中で、デュラスが最も愛してやまない「整い」の快楽。
「……ガンツが新設した、あの『ヒノキの超高温ロウリュ』か?」
「そうそう。そのあと、キンキンに冷えた水風呂と、生ビールも用意させるよ」
デュラスは一瞬の沈黙の後、マントを翻してエルミナの隣に立った。
「……良かろう。今日の私は機嫌がいい。特別に付き合ってやる」
「ちょろいですわね」
「何か言ったか?」
こうして、世界最強の軍事力を有する公爵とその幹部たちは、世界征服の計画書を机に放置し、楽しげに街へと繰り出していくのだった。




