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EP 4

『執事の受難、あるいは青空教室の公爵様』

建設予定地に広げられた大きな図面を前に、男たちの熱い議論が交わされていた。

開拓村は今、急速にその姿を変えつつある。

「……やはり、北の防衛ラインには『砦』を作るべきですな」

行政官のラミアスが、図面の一点を指差して提案した。彼の目の下には隈ができているが、その瞳は使命感に燃えている。

「砦だぁ? 言いたいことは分かるがね」

ドワーフの棟梁ガンツが、オイルの染みたタオルで汗を拭いながら唸った。

「資材はともかく、圧倒的に人手が足りねぇ。もっと『手』がいるな。なぁ、レオパルドさんよ。人員補充はまだかい? 俺の部下たちもそろそろ過労で倒れちまうぞ」

騎士団長レオパルドは、港の方角を見据えて力強く頷いた。

「案ずるな、ガンツ殿! 帝都からの第一陣の船が、まもなく港に着くはずだ。そこには頼もしい援軍が乗っている!」

その言葉通り、港には帝国の紋章を掲げた大型船が入港していた。

タラップから降り立ったのは、荒くれ者の開拓民たち……ではなく、整然と隊列を組んだ文官や専門職の一団。

そして、その先頭には、泥だらけの開拓地には似つかわしくない、完璧な燕尾服を着こなした男がいた。

「……空気が、澱んでいますな」

男は銀縁のモノクルの位置を直しながら、ハンカチで口元を覆った。

国から派遣された筆頭家令、エドガーである。

「おお! エドガー殿! よくぞ参られた!」

レオパルドが駆け寄ると、エドガーは一礼した。その角度は分度器で測ったように正確だった。

「レオパルド団長、お変わりなく。……して、我が主となる『マモル公爵閣下』は何処いずこに?」

エドガーの目は鋭く周囲を走査した。

これだけの規模の開拓だ。公爵ともなれば、陣頭指揮を執っているか、あるいは執務室で書類の山と格闘しているはずである。

しかし、出迎えたラミアスは少し言いにくそうに頬を掻いた。

「あー、えっと……はい。マモル様は今、『学校』にいらっしゃいます」

「学校? 視察ですかな?」

「いえ……子供達に、その、勉強を教えておりまして」

エドガーの動きが止まった。モノクルの奥の目が限界まで見開かれる。

「……何ですと!? 公爵閣下が!? 自ら教鞭を!?」

「は、はい。子供たちの識字率を上げたいと……」

「馬鹿な! 公爵が一介の教師の真似事など! 執務は!? 威厳は!? 案内なさい、今すぐに!」

エドガーは杖を突き、憤慨した様子で歩き出した。

(なんということだ……私が来たからには、即刻公爵としての自覚を持っていただかねば!)

***

場所は変わり、村の広場に建てられた簡素な木造校舎。

そこには、穏やかな陽光と、子供たちの元気な声が満ちていた。

「よ~し、それじゃあ答え合わせをするぞー」

黒板(ガンツ特製)の前で、チョークまみれになって笑う青年――マモル。

彼の周りには、人間、獣人、エルフなど、種族の違う子供たちが目を輝かせて座っている。

「はーい! マモル先生!」

「僕わかったー!」

「お、元気いいな。じゃあこの計算、トーム行ってみようか」

平和そのものの光景。

マモルは公爵というより、完全に「近所の優しいお兄ちゃん」だった。

そこへ、鬼の形相をしたエドガーがたどり着く。

「……こ、ここが……」

窓から見えるのは、子供の頭を撫でて「よく出来ました」と微笑む主の姿。

エドガーは眩暈を覚えた。彼が想定していた「血と鉄の匂いがする覇者」の姿はそこになく、あるのは無防備すぎるほどの「善人」の姿だったのだ。

「……マモル、様……?」

震える声で呼びかけると、マモルが気づいて顔を上げた。

「ん? あ、お客さんかな? ちょっと待っててね、あと少しで授業終わるから!」

マモルは屈託のない笑顔で手を振った。

エドガーはその場に崩れ落ちそうになるのを、ステッキで必死に支えた。

「……前途多難、とはこのことか……ッ!」

頑固な執事エドガーと、自由人マモル。

二人の相性が、水と油か、それとも最高のパートナーとなるか。それはまだ、神のみぞ知ることであった。

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