EP 2
『最強の朝食と、それぞれの日常』
カーテンの隙間から差し込む柔らかな朝陽が、マモルの瞼をくすぐった。
意識が浮上すると同時に、布団の中で何やら温かい重みを感じる。
「……ふわぁああ」
大きくあくびをして目を開けると、すぐ目の前に真紅の瞳が輝いていた。
「マ、モ、ル……おは、よう」
たどたどしく、けれど懸命に言葉を紡ぐのは、少女の姿をしたアルカだ。
その正体が、神界で噂されていた「始祖竜」だとは誰も思うまい。マモルは微笑んで、彼女の頭を撫でた。
「おはよう、アルカ。今日も早起きだな」
アルカは嬉しそうに目を細め、マモルに擦り寄る。この穏やかな目覚めが、今のマモルにとっての「日常」だった。
着替えを済ませてリビングへ向かうと、そこは既に香ばしい匂いで満たされていた。
キッチンでは、エプロン姿のフィリアが軽快な包丁さばきを見せている。ジュウジュウと食材が焼ける音と、薬膳独特のスパイシーかつ食欲をそそる香りが漂っていた。
「おはよう、フィリア」
「あ、マモル! おはよう!」
フィリアはフライパンを返しながら、太陽のような笑顔を向けた。
テーブルには既に、色鮮やかな料理が並び始めている。
「今日すごいな。ビラダイの香草焼きに、薬膳サラダ……それに玄米入りライスか」
「ふふん、マモルの健康を考えた特別メニューよ!」
そこへ、ドタドタという足音と共に賑やかな二人が現れた。
「ふあぁ……良い匂いですわ~。お腹空きました~!」
寝癖のついた髪も気にせず、ふらふらと席に着いたのはエルミナ。
続いて、新聞を片手に渋い顔をしたデュラスが入ってくる。
「……おはよう」
全員が席に着くと、フィリアが仕上げのスープを運び、手を合わせた。
「「「いただきます!」」」
マモルは早速、ビラダイの香草焼きを口に運んだ。
淡白な白身魚の旨味を、香草の風味が引き立て、絶妙な塩加減が口の中に広がる。
「……うん、美味しいよフィリア。朝から元気が出る味だ」
「本当ですわ! お野菜もシャキシャキで、いくらでも入りますの!」
エルミナはリスのように頬を膨らませて幸せそうだ。
一方、デュラスは片手で玄米ライスを口に運びながら、もう片方の手で熱心に『週刊・王都競馬』の新聞を広げていた。
「おいデュラス、行儀が悪いぞ」
「ん……次のレース、この『ハヤテオー』が本命か……いや、大穴狙いも……」
マモルが苦笑すると、デュラスはようやく新聞を畳み、真面目な顔(ただし口元には米粒がついている)で咳払いをした。
食後のコーヒーを飲みながら、マモルは今日の予定を確認する。
「さて、俺はそろそろ……子供達に勉強を教えに行くかな。最近、文字を覚えるのが楽しいみたいでさ」
マモルはこの地で、身寄りのない子供たちの世話や教育も行っていた。
それを聞いたフィリアが、目を輝かせてエルミナに向き直る。
「ねぇねぇエルミナ! 今日はさ~、中央広場の雑貨屋で大規模なバーゲンが有るのよ! 一緒に行かない?」
「まぁ! 楽しみですわ! 新しい食器も欲しかったんですの!」
女子組がキャッキャと盛り上がる中、デュラスが最後の一口を飲み込み、重厚な声で言った。
「私は部下達に会って、ワイズ皇国の動きを探ってみよう。……国境付近が少しきな臭いからな」
その言葉には、かつての歴戦の猛者としての鋭さが宿っていた――が、その懐から競馬新聞がはみ出しているせいで、どこまで真面目なのか判断に困るところだ。
「それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい!」
それぞれの目的へ向けて、マモルたちの賑やかな一日が始まろうとしていた。




