第二章 勇者魔王公爵
『神界こたつサミットと、多忙な女神の逃避計画』
神界の奥深く、雲海の上にひっそりと浮かぶ一室があった。
荘厳な神殿でもなければ、光り輝く玉座でもない。そこにあるのは、どこか懐かしい昭和の香りが漂う六畳一間の和室。
そして部屋の中央には、この世のあらゆる物理法則をも無視する最強の結界――「コタツ」が鎮座していた。
その魔性の暖房器具に下半身を飲み込まれているのは、下界の者が目にすればひれ伏して命乞いをするであろう、錚々たる面々である。
「……ふぅ。始祖竜様が目覚めた。困った事よのう」
重厚な溜息と共に、熱燗の猪口を傾けたのはドラグニール。
竜人族の族長であり、歴戦の猛者である彼だが、今はドテラを羽織り、コタツの熱にやられて顔を赤らめている。
その向かいで、スルメを齧りながら渋い顔をしているのは、荒ぶる闘神とも称されるサルバロスだ。
「血生臭い事が起きぬが良いがのう。あの竜が暴れれば、地図が二、三枚は書き換わる」
「ん~、大丈夫じゃない? 真守ちゃんが目覚させたのねぇ」
緊張感のない間延びした声が、二人の懸念に割り込んだ。
コタツに半分潜り込み、ミカンの皮を剥いている絶世の美女。豊穣と慈愛、そして少々の「適当さ」を司る女神、ルチアナである。
サルバロスが呆れたように鼻を鳴らした。
「お前がユニークスキルなんてものを、あの人間に渡したからだろうが」
「だってぇ、仕事が忙しくってぇ……ちょっと息抜きしたかったのよぉ」
ルチアナは頬を膨らませ、ゴロリと畳の上を転がる。神界の業務報告書、祈りの処理、運命の糸の調整……女神の業務はブラック企業も裸足で逃げ出す激務なのだ。
「性格悪いな、お前」
サルバロスの辛辣なツッコミにも、ルチアナは「うふふ」と笑うだけで反省の色はない。
ドラグニールは猪口を置き、鋭い眼光(といっても半分酔っているが)をルチアナに向けた。
「……一度、会ってみるか。その始祖竜様を育ててる主に」
「あらぁ? 抜け駆けは駄目よぉ、ドラグニールちゃん」
ルチアナが身を乗り出す。その動きに合わせ、コタツ布団が揺れた。
「お前が一番出し抜くつもりだろう? ルチアナ」
サルバロスが即座に釘を刺す。この女神が動く時、ろくなことがないのは神界の定説だ。世界平和のためか、それとも新たな勇者の導きか。だが、ルチアナの口から出た言葉は、彼らの予想を遥かに下回るものだった。
「えぇ? 冗談。私はね……」
ルチアナはうっとりとした表情で、天井の木目を見つめながら呟いた。
「真守ちゃんに**『マイホーム』を作って貰って、そこに『隠れ家的な飲み屋』**を作って貰いたかっただけなの」
「「は?」」
ドラグニールとサルバロスの声が重なる。
「だってここ(神界)、美味しいお酒はあるけど、おつまみのデリバリー遅いし。あの子、建築とかクラフトとか得意なんでしょ? 私の加護付きの素材で、最高に居心地の良い隠れ家を作らせて、そこで仕事サボって……じゃなくて、優雅に晩酌したいのよ! 面倒臭い世界の危機とか、今はパスしたいわ!」
「……欲望に忠実すぎる」
「この駄女神が……」
呆れ果てる男二人をよそに、ルチアナは空になった徳利を振った。
「さ、決まりね! 真守ちゃんが立派な家を建てたら、みんなで『新築祝い』と称して押しかけましょう? 始祖竜様も、お酒のおつまみには丁度いい話相手になるかもしれないし」
コタツの魔力か、アルコールのせいか。
世界を揺るがす始祖竜の復活という大事件は、神々の間では「次の飲み会の会場探し」という議題へとすり替わってしまったようである。




