EP 6
それから数日。
加藤真守のマイホーム(外装は幽霊屋敷)は、フィリアにとって「第二の家」どころか、実質的な「メイン拠点」と化していた。
「あ~、涼しぃ~。この『えあこん』って風魔法の道具、最高……」
「おいフィリア、食べこぼすなよ。そのポテトチップス、ポイント交換で安くないんだから」
リビングのソファで、だらしなく手足を投げ出している村の美少女。
彼女の手には地球のジャンクフード、口元には炭酸ジュース。
外では凛とした狩人である彼女も、現代文明の快適すぎる空調と、人間をダメにする家具の前には無力だった。
真守はコーヒーを啜りながら、ふと虚空に表示されるウィンドウを見た。
[今月のローン引き落としまで:あと25日]
背筋が凍った。
ポイントは廃屋の解体で一時的に潤沢になったが、生活費(特にフィリアの餌代)でジワジワ減っている。
このままニート生活を続けていれば、いつか破産(=家没収)だ。
「……はぁ。働かないと、俺」
「んぐ? 働くって、マモルはお家があるからいいじゃない」
「いや、この家を維持するのにも『対価』が必要なんだよ。それに、男が昼間から家でゴロゴロしてるのは教育上良くない」
真守は作業着の襟を正した。
「フィリア、この村で俺にできそうな仕事はないかな? 冒険者は……まあ最終手段として、できれば安全なのがいい」
「うーん、マモルは何が得意なの? 剣は使わないし、魔法も……生活魔法(家電)だけだし」
フィリアが首を傾げる。真守は少し考え、前世の記憶を辿った。
「えっと……数学だな」
「すうがく?」
「うーんと、数の計算だ。足し算、引き算、掛け算、割り算……あとは図形の面積を出したり。向こうの世界では、それを子供たちに教えてたんだ」
真守がそう言うと、フィリアがガバッと起き上がった。
ポテチの粉がついた手で真守の肩を掴む。
「えっ、計算ができるの!? しかも教えてたって……マモル、『先生』だったの!?」
「え? ああ、まあ中学校の教師だったけど……」
「凄い!! この辺りで計算ができるなんて、商人さんか役人さんくらいだよ! 読み書き計算ができる人はエリートなの!」
フィリアの瞳が尊敬の眼差しに変わる。
この世界、特に地方の村では識字率や計算能力は決して高くなかった。
「決まり! パパに相談しよう! ちょうど村の子供たちの勉強を見る人がいなくて困ってたの!」
◇
数十分後。村長宅の執務室。
ラミアスは羊皮紙の山と格闘していた。
「うぬぬ……今年の収穫量がこれだから、税として納める分が……引いて……ええい、計算が合わん!」
「パパ、助っ人を連れてきたよ!」
フィリアがドアを開け放つ。
事情を聞いたラミアスは、藁にもすがる思いで真守を見た。
「おお、マモル殿! 元教師というのは誠か!?」
「ええ、まあ。計算ならお任せください」
真守はラミアスの手元にある帳簿を覗き込んだ。
「……麦の収穫袋が350、単価が120で……税率が15%ですか。……納める額は6,300ですね。村に残る利益は……」
真守は暗算で、数秒とかからず全ての数字を弾き出した。
「なっ……!?」
「計算盤も使わずに……!? 合っておる、完璧だ!」
ラミアスが驚愕し、シャーラがお茶を運びながら感嘆のため息をつく。
「マモル殿、ぜひ頼みたい! 村の悪ガキどもに、その知恵を授けてやってくれんか! 親たちも『読み書き計算ができれば、ゴルド商会に就職できるかもしれない』と教育には関心があるのだが、教えられる者がいなくてな……」
「俺で良ければ、喜んで」
こうして、異世界転生者・加藤真守の再就職が決まった。
◇
翌日。
村の広場にある集会所。そこが急造の「アルニア村立学校」となった。
集まったのは、人間の子供、猫耳や犬耳の獣人の子供、そして筋肉質なドワーフの子供たち、合わせて十数人。
みんな一様に「勉強なんてだりー」という顔をしている。
「おーい、新しい先生ってどんな奴だよ?」
「どうせ爺さんだろ? 寝てようぜ」
ガヤガヤと騒ぐ子供たちの前に、真守は立った。
ジャージ姿でもスーツでもない、作業着姿。だが、その口にはコーヒーキャンディを含み、手には愛用の「三節根(指示棒代わり)」を持っていた。
「席に着けー。チャイムは鳴らないが、授業を始めるぞ」
真守が低い声で言うと、子供たちがギョッとして注目する。
「俺はマモルだ。今日からお前らに『生き残るための計算』を教える」
「生き残るためぇ? 計算なんて剣の役には立たねえよ!」
狼耳の少年が反抗的に叫んだ。
真守はニヤリと笑い、黒板(代わりの木の板)にチョーク(代わりの石灰石)でカツカツと文字を書いた。
【問題】
お前たちはDランク冒険者だ。
ゴブリンの討伐依頼を受けた。報酬は一匹300円。
ポーション代に500円、武器の修理代に200円かかった。
今日の晩飯代を300円残すためには、ゴブリンを最低何匹倒さないといけないか?
「……あ?」
子供たちがポカンとする。
「答えられない奴は、赤字で借金生活だ。ゴルド商会の奴隷になりたくなければ考えろ」
真守の言葉に、教室の空気が変わった。
現実的すぎる。そして、彼らの将来(冒険者志望)に直結する問題だ。
「えっと、経費が700円だから……」
「晩飯代も足すと、1000円稼がないとダメだ!」
「300円で割ると……3匹じゃ900円だから足りない! 4匹だ!」
ドワーフの少女が手を挙げて答えた。
「正解。だが、4匹倒してギリギリだ。もし怪我をしてポーションをもう一本使ったらどうなる?」
「……赤字だ」
「そうだ。だから計算が必要なんだ。無茶な戦いをしないために。搾取されないために」
真守は三節根を縮めて教卓を叩いた。
「数学は魔法より強い武器になる。俺がそれを叩き込んでやる」
「「「お、おおーっ!!」」」
子供たちの目が輝き出した。
教室の後ろでは、見学に来ていたフィリアが、誇らしげに、そして少し恋する乙女の顔で、頼もしい「マモル先生」の背中を見つめていた。
「やっぱりマモルは凄いや。……お家でのダラダラ姿は、私だけの秘密にしておいてあげよう」
こうして、加藤真守の「異世界教師生活」がスタートしたのである。




