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EP 5

重厚な断熱ドアが、空気の抜けるような音と共に閉ざされた。

その瞬間、外の虫の声や風の音は完全に遮断され、静寂が訪れる。

「お邪魔……します?」

フィリアはおっかなびっくり、泥だらけのブーツを脱いで上がりかまちに足を乗せた。

その瞬間。

パッ!

「きゃあっ!?」

フィリアが小さな悲鳴を上げて真守の背中にしがみついた。

玄関の天井に設置された人感センサーLEDが作動し、昼間のように明るい光が二人を照らしたのだ。

「だ、大丈夫だフィリア。これは……えっと、『自動照明』みたいなもんだ。人が通ると勝手に光るんだよ」

「じ、自動照明……? 魔石も使ってないのに、こんなに明るい白い光が……?」

フィリアは目を白黒させながら、天井の小さな発光体を凝視している。

「さ、入って。中は新築そのままだから、汚さないようにしないとな」

真守は備え付けのシューズボックスから、自分用と来客用のスリッパを取り出した。

ふかふかのタオル地のスリッパだ。

「これ、履いていいの? すごく柔らかい……」

「ああ。床暖房はまだ入れてないけど、フローリングは冷えるからな」

廊下を抜け、真守はリビングへのドアを開けた。

「うわぁ……」

そこには、フィリアの想像を絶する空間が広がっていた。

20畳はある広々としたLDK。

壁には75インチの巨大な黒い板(4Kテレビ)が掛けられ、中央にはL字型の大きなファブリックソファ。

アイランドキッチンは人工大理石で輝き、最新の冷蔵庫が低い駆動音を立てている。

「ここが、マモルの……世界?」

フィリアは恐る恐るリビングの中央に進み出ると、ソファを指差した。

「これ、座ってもいい?」

「どうぞ。俺のお気に入りだ。高かったんだぞ」

「えいっ」

フィリアが腰を下ろすと、彼女の体は予想以上に深く沈み込んだ。

「ふにゃっ!? ……すごぉい。雲の上みたい。お尻が包まれてる……」

「人をダメにするソファってやつだな」

真守は苦笑しながら、キッチンへと向かった。

作業で汗をかいたし、腹も減っている。

「フィリア、泥作業で汚れただろ? 先に風呂……いや、シャワーでも浴びてくか? 飯はその間に俺が作るよ」

「シャワー? 滝浴びのこと?」

「似たようなもんだ。こっちに来てくれ」

真守は洗面所へと案内した。

ここもまた、フィリアにとっては驚きの連続だった。

巨大な鏡、陶器の洗面ボウル、そして――

「これが『お風呂』……? 王様のお部屋みたいにピカピカ……」

ユニットバスのドアを開けると、清潔感あふれる空間が広がっていた。

真守は給湯パネルを操作し、シャワーの蛇口を捻る。

カッ、という着火音の後、温かい湯気が立ち上った。

「うそ……火の魔石もないのに、お湯が無限に出てくるの!?」

「ガス給湯器ってやつさ。使い方はこう。こっちがシャンプー、こっちがボディソープ。……あー、着替えがないか」

真守は少し考え、スキルウィンドウを開いた。

貯まっているポイントを確認する。廃屋を解体したおかげで、ポイントは潤沢にある。

【購入:女性用ルームウェア(フリーサイズ・うさ耳フード付き)】

【購入:バスタオルセット】

虚空からポンッ!と可愛らしいパジャマとタオルが出現した。

「とりあえずこれを着てくれ。新品だ」

「マモル……魔法使いどころか、創造神様なの?」

「ただのローン地獄の家主だよ。使い方は分かったか? 覗いたりしないから、ゆっくり温まってくれ」

真守は顔を赤らめるフィリアを風呂場に押し込み、ドアを閉めた。

「ふぅ……」

真守はリビングに戻り、換気扇の下で赤マルに火をつけた。

紫煙をくゆらせながら、冷蔵庫を開ける。

ポイントで補充した食材が並んでいる。

「さて、と。異世界一発目の手料理、気合い入れるか」

フィリアの驚く顔が見たい。

前の彼女には「料理なんて男のやる事じゃない」と馬鹿にされたが、今は純粋に期待してくれる人がいる。それが少しこそばゆく、嬉しかった。

   ◇

30分後。

風呂場から上がってきたフィリアは、頬を上気させ、借りたルームウェアのフードを被っていた。

シャンプーのフローラルな香りが、リビングに漂う。

「マモル……あのお風呂、すごい。お湯が全然冷めないし、あの泡立つ石鹸、凄くいい匂い……」

夢見心地のフィリアだったが、キッチンから漂う暴力的なまでに食欲をそそる香りに、その表情が一変した。

「はうっ……! な、何この匂い!?」

「上がったか。ちょうど出来たぞ」

真守がダイニングテーブルに並べたのは、男の料理の定番だが、異世界では革命的なメニューだった。

――『豚バラとナスの味噌炒め』

――『炊きたての銀シャリ(白米)』

――『ワカメと豆腐の味噌汁』

――『冷えた麦茶』

「これは……?」

「俺の故郷の味だ。口に合うか分からないけど」

フィリアは椅子に座り、恐る恐る箸(の代わりにフォークを用意していたが)を持った。

「いただきます……」

まずは、艶々と輝く白米を一口。

「んっ!? ……あま、い? パンじゃないのに、噛むと甘みが広がる……」

次に、豚肉とナスを頬張る。

日本の味噌と砂糖、酒、みりんで味付けされた濃厚な甘辛さ。それが豚の脂と絡み合い、ナスのジューシーさと共に口の中で爆発した。

「んん~っ!!」

フィリアが目を見開き、足をバタバタさせた。

「なにこれ! なにこれぇ! しょっぱいのに甘くて、コクがあって……お肉が溶ける! この紫の野菜、トロトロ!」

「ナスだよ。油と相性がいいんだ。それを、この白いご飯と一緒に食べるんだ」

言われるがままに、フィリアは肉を口に残したまま白米をかきこんだ。

「……!」

言葉にならないようだった。

彼女の瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。

「お、おい、大丈夫か? 不味かったか?」

「ちがう、違うの……美味しい、美味しすぎて……びっくりして……」

フィリアは涙を拭うのも忘れ、夢中で食べ続けた。

アルニア村の食事も素材は良いが、味付けは塩とハーブを焼くだけのシンプルなものが多い。

「旨味」「発酵調味料」「出汁」という複合的な味の暴力に、彼女の味覚中枢は完全に陥落していた。

「……よかった。作り甲斐があるよ」

真守も自分の分を食べながら、ほっと息をついた。

向かいで「美味しい、幸せ」と呟きながら食べる少女を見ていると、ローンの重圧も、元カノへの未練も、少しだけ薄れていく気がした。

「……ごちそうさまでした」

完食し、満腹で動けなくなったフィリアが、幸せそうにソファに沈み込む。

「マモル……私、お嫁に行けないかも」

「え?」

「こんな美味しいもの食べさせられたら、もう他のご飯じゃ満足できないよぉ……責任とってよね?」

冗談めかして笑うフィリアだったが、その翡翠色の瞳は、どこか熱っぽく真守を見つめていた。

「……それは、困ったな」

真守はコーヒーキャンディを口に放り込み、苦笑いで誤魔化す。

だが、この異世界の少女との「同居生活(仮)」が、そう悪いものではないと思い始めていた。

窓の外は、偽装工作のおかげで不気味な廃屋に見えているはずだ。

しかし、その内側では、温かい明かりと笑い声が満ちていた。

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