EP 4
アルニア村の小高い丘の上に、突如として現れた異物。
それは、中世ファンタジーの世界観を根底から覆す、ピカピカの新築現代住宅だった。
「わ~……凄い。こんなの、初めて見ました……」
フィリアは、その白く滑らかなサイディングの外壁にそっと触れた。
石でも木でもない、不思議な感触。そして何より彼女を驚かせたのは、夕日を反射してキラキラと輝く窓ガラスだった。
「この透明な壁、すごく硬い! 向こう側が歪んで見えないし、水たまりが固まったみたい!」
目をキラキラさせてはしゃぐフィリアとは対照的に、真守の顔からは急速に血の気が引いていた。
(や、ヤバい……。これはヤバすぎる!)
真守は周囲を見渡した。
幸い、ここは村外れの丘の上で、今は他に人はいない。だが、こんな目立つ建物が建っていたら、村人が気づくのは時間の問題だ。
土壁と茅葺き屋根、良くても石造りのこの世界で、このハウスメーカー謹製のモダン住宅は、あまりにも違和感の塊だった。
「目立ちすぎる……これじゃあ『ここに超文明の遺産がありますよ』って看板出してるようなもんだ!」
盗賊どころか、国軍や悪い魔法使いが飛んできてもおかしくない。35年ローンを背負った大事な城を、そんな危険に晒すわけにはいかないのだ。
真守は焦りながら、空中にスキルウィンドウを展開した。
「えっと、何か、何か隠せる機能は……!?」
必死にメニューをスクロールする。
【増築】【リフォーム】【家具配置】……違う、そうじゃない。
真守の視線が、一つの項目で止まった。
【外構・メンテナンス】タブの中にある、さらに細かいオプションメニュー。
【日曜大工・DIYサポート】
「これか!? 何か使える素材は……!」
真守はポイントを消費し、使えそうなアイテムを片っ端から実体化させた。
ボォン、ボォン、ボォン!
家の前に、資材の山が現れた。
大量の枯れた蔦、苔むしたように加工されたシート、風化してボロボロに見える木の板、そして泥汚れを再現できる特殊な塗料スプレー。
現代日本で言うところの、エイジング加工キットの超豪華版だ。
「よし! フィリア、手伝ってくれ!」
真守はスプレー缶を両手に持ち、悲壮な覚悟で叫んだ。
「ふぇ? て、手伝うって、何を?」
フィリアがキョトンとして首を傾げる。
「この家を、全力でボロ家に見えるように偽装するんだ! さっきまで建ってた廃屋みたいにな!」
「えええっ!? なんで!? せっかくこんなに綺麗なお家なのに!」
フィリアが信じられないといった顔で抗議する。当然の反応だ。
「綺麗だからダメなんだよ! こんなのが建ってたら、悪い奴らが『お宝がある』と思って寄ってくるだろ!? 幽霊屋敷だと思わせて、人を遠ざけないと!」
「あ……な、なるほど。さすがマモル、考えが深い……」
フィリアは納得したものの、まだ少し残念そうだ。
真守だって泣きたい気持ちだった。まだ一度も住んでいない新築の壁に、自ら泥を塗らなければならないのだから。
「……すまん、我が家よ。これも平和なローンのためだ」
真守は涙を飲んで、ピカピカの白い壁に泥スプレーを噴射した。
「ああっ!?」
フィリアの悲鳴が上がる。
「フィリアは、この『苔シート』を屋根や壁の隅っこに貼り付けてくれ! 俺は窓をこのボロ板で塞ぐ!」
「わ、分かった! ええい、勿体ないけど、マモルのためだもんね!」
二人は作業を開始した。
それは、新築住宅への冒涜的な破壊工作(に見える偽装工作)だった。
真守が窓ガラスのサッシに、朽ちかけた木の板を打ち付けていく(実際には強力な両面テープで貼っているだけだが)。
フィリアは、屋根の縁や基礎部分に、リアルな苔やカビが印刷されたシートをペタペタと貼っていく。
「もっとだ! もっと荒廃した感じを出せ! 蔦を絡ませろ!」
「こ、こうかな? 玄関の周りに蜘蛛の巣も張っちゃう?」
「いいぞフィリア、才能あるな!」
日が完全に落ちるまでの数時間、二人は汗だくになって作業を続けた。
そして、月が昇る頃。
「……できた、な」
「……うん、すごいボロ家だね」
二人は肩で息をしながら、自分たちの「作品」を見上げた。
そこにあったモダンな新築住宅は見る影もない。
壁は泥と苔でまだら模様になり、枯れた蔦が全体を覆い尽くしている。
窓は全て腐った板で乱雑に塞がれ、屋根の一部は(遠目には)崩れかけているように見える。
どう見ても、数十年は放置された呪われた廃屋だった。
「完璧だ……」
真守は満足げに頷いた。心が痛む完璧さだった。
「これなら、村長さんが見ても、さっき私が壊した廃屋がまだ残ってるようにしか見えないね」
フィリアが苦笑いする。
「よし。外見はこれでいい。……入ろうか、フィリア。中は新築のままだから」
真守は、蔦に隠れて見えにくくなった最新式の断熱玄関ドアの前に立ち、電子キーをピッとかざした。
カチャリ、と音がして、重厚なドアが開く。
外見は廃屋。一歩入れば、そこは新築の香りが漂う現代日本の玄関ホール。
そのあまりのギャップに、フィリアは再び目を丸くするのだった。




