EP 37
Cランク昇格と、第一階層突破の祝杯をあげるべく、真守たちは自宅の広い庭で飲み会を開いていた。
「かんぱ~い!」
真守、フィリア、エルミナ、そしてデュラスがジョッキを合わせる。
夜風が心地よく、勝利の美酒は格別だった。
しかし、その平穏はすぐに破られた。
「おーい! 先生! 酒くせぇぞ! ズルいぞ!」
「マモル殿! 自警団も今日の巡回終わりました! 喉カラカラです!」
「か、閣下……! 我々も、その、匂いにつられて……!」
ぞろぞろと現れたのは、鼻の効くドワーフのガンツ親方ご一行、自警団のボルグ達、そして村外れでテント暮らしをしているデュラスの護衛兵(ワイズ皇国エリート騎士)たちだった。総勢30名以上。
「……お前らなぁ。ここは居酒屋じゃないんだぞ」
「まあ良いではないか兄弟。民と共に祝うのも貴族の務めだ(私の護衛が腹を空かせているのは不憫だしな)」
デュラスが許可を出してしまったため、庭は一瞬にして大宴会場と化した。
「仕方ない……。腹に溜まるツマミを作るか」
真守は立ち上がり、庭の隅にスキルで『石窯』を一瞬で建築した。
そして、取り出したのは大量の小麦粉と、トマト、チーズ、サラミ。
「この人数を一気に満たすなら、アレしかない」
真守は生地を空中で回転させて伸ばし、トマトソースを塗り、チーズと具材をたっぷりと乗せる。
それを高温の石窯へ投入!
数分後。
香ばしい小麦の焼ける匂いと、焦げたチーズの香りが庭中に充満した。
「ほらよ! 焼きたての**『ピザ』**だ!」
真守が巨大なピザを木製のプレートに乗せてテーブルに出す。
とろ~りと糸を引くチーズ。鮮やかなトマトの赤。
「な、なんだこの平べったい料理は!?」
「チーズが……伸びるぞ!?」
ガンツが恐る恐る一切れを手に取り、口に放り込む。
ハフッ、ハフッ……。
「……!!」
ガンツの目が飛び出た。
「うめぇぇぇぇぇぇっ!!」
「なんだこれ!? 外はカリカリ、中はモチモチ! この赤いソースの酸味と、濃厚なチーズが口の中で暴れまわる!」
「ビールだ! ビールを持ってこい! 合わないわけがない!」
自警団も、エリート騎士たちも、身分を忘れてピザに食らいつく。
「隊長! ダメです、こんな美味いものを知ったら、もう皇国のレーション(携帯食)には戻れません!」
「マモル殿! おかわり! 今度はあの『テリヤキチキン』ってやつを頼む!」
「ハイハイ、どんどん焼くから待ってろ!」
次々と焼き上がる、マルゲリータ、シーフード、マヨコーン、テリヤキ。
宴は深夜まで続き、その「悪魔的な美味さ」の噂は、参加者たちの口から翌日には村中に広まることとなった。
◇
翌日。
真守たちが酔い覚ましに村を歩いていると、どこからともなく甘い香水の匂いが漂ってきた。
「あらぁ、マモル様。昨夜は随分と賑やかでしたわね」
現れたのは、ゴルド商会のユリアン支店長だ。
いつもの笑顔だが、その背後には九本の尻尾が「早くよこせ」と言わんばかりに揺れている。
「……ユリアンさん。耳が早いですね」
「ふふふ。村中で持ちきりですわ。『とろける黄金の円盤』の話で。……騎士団の方々まで、よだれを垂らして噂しておりましたよ」
ユリアンは扇子を閉じ、真守の胸元に人差し指を這わせた。
「単刀直入に申し上げます。その『ピザ』という料理のレシピと、販売権利……商会に譲っていただけませんか?」
「レシピを?」
「ええ。マモル様が毎日焼くわけにはいきませんでしょう? 我々が店を出し、職人を雇い、大陸全土で展開します。マモル様には、その対価を」
ユリアンが懐から一枚の小切手を取り出した。
そこに書かれた金額を見て、真守は目を疑った。
「い、一億……!?」
それは、日本円にしておよそ1億円相当の金額だった。
「即金でご用意しました。これに加えて、売上のロイヤリティも毎月お支払いします。……いかがかしら?」
真守は震える手で小切手を受け取った。
たかが小麦粉とチーズの料理だ。それが、国家予算並みの金額に化けた。
「……商談成立だ。レシピだけでなく、石窯の設計図もつけよう」
「あら、太っ腹! 愛してますわ、マモル様(のお金を生む能力を)!」
ユリアンはホクホク顔で去っていった。
残された真守は、小切手を呆然と見つめた。
「いちおく……」
「マモル、すごいね! ゼロがいっぱい!」
「これだけあれば、ポテチが一生分買えます~!」
フィリアとエルミナが無邪気に喜ぶ横で、真守は冷や汗を流しながら呟いた。
「む、村が買えるぞ……。俺、ただの教師だよな? ローンどころか、城が建つぞ……」
「ククク……。食文化の侵略とは恐ろしいな。だが見ろ、マモル」
デュラスが指差した先では、昨日ピザを食べた騎士や村人たちが、「ピザ……ピザをくれ……」とゾンビのように商会へ並び始めていた。
「お前はもう、彼らの胃袋を支配した王だ」
真守は空を見上げた。
Cランク冒険者にして、億万長者のプラチナ商人。
彼の「平穏なスローライフ」は、加速するインフレと共に、ますます遠ざかっていくのだった。




