EP 32
数々の即死トラップと雑魚モンスターの群れを蹴散らし、真守たちはついに第一階層の最奥、ボス部屋の扉の前に立っていた。
扉は巨大な黒鉄製で、表面にはキュルリンの悪趣味なレリーフ(舌を出して笑う妖精の顔)が彫り込まれている。
「……ここから先はボスって奴か」
真守が『王帝』のグリップを握り直し、ゴクリと唾を飲み込む。
扉の向こうからは、今までとは質の違う、冷たく重い殺気が漏れ出している。
「簡単な奴が良いな……。だが、あの性格の悪いキュルリンを考えれば無理な話か」
デュラスが呆れたように肩をすくめる。
「適度なスリル」と言いつつ、初見殺しを満載にするのがあの妖精のやり方だ。
「大丈夫よ! 私達にかかれば、どんな魔物もイチコロなんだから!」
フィリアが頼もしく弓を構える。彼女のポジティブさは、暗いダンジョンでの救いだ。
「怖いですけど~……マモル様達と一緒なら、不思議と勇気が湧いてきます! 私が皆さんをお守りします!」
エルミナも震える足を叩き、聖騎士の覚悟を決めた。
「よ、よし。……行くか!」
真守が意を決して、重い扉を両手で押し開けた。
ギギギギギ……ズォォォォォン!!
扉が開くと同時に、冷気が吹き荒れる。
そこは、古代の闘技場のような円形の広間だった。
部屋の中央に、一体の騎士が佇んでいる。
全身を漆黒のフルプレートアーマーで覆い、身の丈ほどある長大な魔剣を地面に突き立てている。
だが、決定的に「あるべきもの」が無かった。
「な、何だ? ……頭がない」
真守が思わず後ずさる。
兜があるべき場所には何もなく、ただ虚無が広がっている。
首なし騎士――デュラハン。
「……来るぞ!」
デュラスが鋭く警告した瞬間、彫像のように静止していた暗黒騎士が動いた。
ブォン!!
予備動作なしの超高速移動。
瞬きする間に間合いを詰め、巨大な魔剣を横薙ぎに振るう。
「くっ……!!」
エルミナが瞬時に前に出て、聖盾を構える。
ガギィィィィィン!!
凄まじい衝撃音が響き、火花が散る。
「お、重いですぅ~っ!?」
パワー自慢の天使族であるエルミナが、たった一撃で数メートル後退させられる。
だが、その隙に真守が動いた。
「この野郎! 隙ありだ!」
真守は『王帝』を展開し、デュラハンの側面へ回り込んで三節根を打ち込む。
変則的な軌道を描く一撃は、通常の騎士なら防げないはずだ。
しかし。
キンッ!
「なっ!?」
デュラハンは剣を振った後の体勢のまま、左手のガントレットの甲だけで真守の攻撃を弾いたのだ。
まるで背中に目があるかのような反応速度。
「つ、強い! ただのアンデッドじゃない、達人の動きだ!」
真守が舌を巻く。
そこから、怒涛の接近戦が始まった。
デュラハンは二対一の不利をものともせず、流水のような剣技でエルミナの防御を崩し、真守の撹乱攻撃を的確に捌いていく。
「そこっ! ……くそ、硬い!」
「マモル様、危ないっ!」
エルミナが真守を庇い、鎧に斬撃を受ける。神気で強化された鎧でなければ、一刀両断されていただろう。
(接近戦では分が悪い……なら、遠距離から一点突破するしかない!)
後方で機を伺っていたフィリアが、呼吸を整え、精神を統一する。
彼女の身体から、赤い『闘気』が陽炎のように立ち上る。
(動きのパターンは見切った……。エルミナちゃんが受け止めて、マモルが弾かれた瞬間……そこ!)
「今! スパイラル・アロー!!」
フィリアが限界まで引き絞った弦を離す。
放たれた矢は螺旋状の風を纏い、ドリルとなって空間を抉り進む。
ヒュオオオオオオオッ!!
デュラハンが真守に意識を向けた一瞬の隙。
回避不能のタイミング。
ドォォォンッ!!
「グオオッ!?」
必殺の矢はデュラハンの胸板、心臓にあたる部分を正確に貫いた。
分厚い魔鉄の鎧が紙のように粉砕され、背中まで貫通する風穴が開く。
「やった! 命中!」
フィリアがガッツポーズをする。
心臓を破壊されれば、いかにアンデッドといえど活動を停止するはずだ。
だが。
「……ッ!?」
胸に風穴を開けられたデュラハンは、一歩も退かなかった。
崩れ落ちるどころか、その漆黒の剣にさらなる魔力を込め、より一層激しい殺気を放ち始めたのだ。
「何!? 死なない!?」
真守が驚愕に目を見開く。
「心臓がないから平気、ってわけじゃなさそうだぞ! 動きが鈍るどころか速くなってる!」
「厄介な……! まさか、この鎧自体が本体とでも言うんですか!?」
エルミナが冷や汗を流す。
胸の大穴から見えるのは肉体ではなく、空虚な闇だけ。
痛みを感じず、急所も存在しない「動く鉄塊」。
「オオオオオオォォッ!!」
デュラハンが音のない咆哮を上げ、暴風のような連撃を繰り出してきた。
「くそっ、物理攻撃じゃ倒せないのか!?」
フィリアの必殺技すら耐える不死身の門番。
真守たちは、この理不尽な強敵を前に、さらなる苦戦を強いられることになった。




