EP 30
森の奥深く、木々が開けた場所に、その異様な建造物は口を開けていた。
「安全第一」の看板が掲げられた巨大な石造りのゲート。その奥からは、肌を刺すような濃厚な魔素が漂い出している。
キュルリン・ダンジョン。
今や大陸中が注目する最難関迷宮の前には、ルナミス帝国騎士団が陣を敷き、我が物顔で通行を管理していた。
「……相変わらず、物々しいな」
真守たちが近づくと、豪奢なテントから一人の男が優雅に出てきた。
赤いマントを翻し、金ピカの鎧に身を包んだ男、レオパルド団長だ。
「おや……。これはデュラス殿ではありませんか」
レオパルドはデュラスを見つけるなり、わざとらしい笑顔で歩み寄ってきた。そして、その視線を真守たちのパーティ全体へと巡らせる。
「プラチナランクの商人や、高潔なる天使族まで居るとは……一体どんな組み合わせですかな? まるでサーカスの一座だ」
嘲るような響きを含んだ言葉。
真守は一歩前に出て、努めて冷静に口を開いた。
「初めまして、レオパルド団長。私がマモルです。こちらはお隣さんのエルミナとフィリアです」
「冒険者として登録しました。以後、お見知りおきを」
「……どうも」
エルミナとフィリアも続いて挨拶をするが、レオパルドは鼻で笑うだけで、すぐに興味を失ったようにデュラスへと向き直った。
「それで……デュラス殿。魔族の貴方が、いつまで人間の村に滞在されますのかな?」
その瞳には、隠しきれない嫌悪と差別意識が浮かんでいる。
「私も酔狂でしてな。魔族の幹部として、このキュルリン・ダンジョンの事は知っておくのも良いかと。観光ですよ」
「ほう、観光ですか」
レオパルドはニタリと口角を歪めた。
「そうで有りましたか。……ですが、出来れば早々に村を去って頂きたいのですがね」
彼は腰の剣に手を置き、周囲の騎士たちに目配せをした。
「何せ、この辺りは視界が悪い。我々人間には、薄汚い魔物も、高貴な魔族も見分けが付きませんのでね。……訓練中の兵達の矢が、誤ってデュラス殿に向けられるかも知れませんので」
「何!?」
あからさまな脅しに、真守が色めき立つ。
「間違って撃つ」と言いながら、実際は「撃ち殺す」という宣言に等しい。
しかし、真守が動くより早く、デュラスが片手でそれを制した。
「マモル、構うな」
デュラスは紫煙をゆっくりと吐き出し、氷のような冷徹な瞳でレオパルドを見下ろした。
「レオパルド殿、構いませんよ。どうぞ、ご自由に矢を放たせなさい」
「……ほう?」
「私に向けられる矢など、我が身に届く前に消し炭になり、塵になるだけです」
デュラスの全身から、ゆらりと紫色の魔力が立ち上る。
熱気など感じないはずなのに、レオパルドの額から脂汗が滲み出るほどの重圧。
「ですが……風向きによっては、その炎の火の粉が、指揮する者にも移るやもしれませんな。……よく燃えるマントをお持ちのようですし」
デュラスの視線が、レオパルドの赤いマントを舐めるように捉えた。
「撃てば、お前を殺す」という明確な死の宣告。
「くっ……!?」
レオパルドの顔が引きつる。
本能が警鐘を鳴らしている。この男は、自分ごときが喧嘩を売っていい相手ではない、と。
「ハ、ハッハッハッ……! 流石デュラス殿、冗談がお上手だ!」
レオパルドは引きつった笑いで誤魔化し、冷や汗を拭うふりをして一歩下がった。
「さて……冗談かどうかは、貴公の兵が矢を放った時に分かるでしょう」
「し、失礼する! 公務がありますのでな!」
レオパルドは逃げるようにテントの中へと引っ込んでいった。その背中は、先程までの威勢が嘘のように小さく見えた。
「……失礼はどっちよ。あんな人が団長なんて、信じられない」
フィリアが憤慨して弓を握りしめる。
「本当ですわ! 神罰が下ればいいのに!」
エルミナもプンプンと怒っている。
真守は安堵のため息をつき、デュラスを見た。
「デュラス、大丈夫かよ? あいつ、また何か仕掛けてくるぞ」
「ふん。あの手合いは何処にでも居る。権力を傘に着る小物は、最初にどちらが『上』かを理解させねばならん」
デュラスは新しいタバコを取り出し、ニヤリと笑った。
「最初が肝心だ。これで奴も、迂闊には手出し出来まい。……さあ、行くぞ。こんな入り口で時間を潰すのは勿体ない」
「ああ、そうだな。行こう!」
真守たちは気を取り直し、キュルリン・ダンジョンの暗い口へと足を踏み入れた。
その背後で、テントの隙間からレオパルドが憎悪に満ちた目で彼らを睨んでいることには気づかないまま。




