EP 26
ゴルド商会アルニア支店、支店長室。
最高級の絨毯が敷かれ、香の匂いが漂うその部屋は、外の槌音が嘘のような静寂に包まれていた。
「あらぁ、マモル様、それに公爵閣下まで。今日はどのような『珍しいもの』をお持ちになりましたの?」
支店長のユリアンは、扇子で口元を隠し、目を細めて微笑んだ。その背後には、見えないはずの九本の尻尾がゆらりと揺れているような圧がある。
「単刀直入に行こう。……これを見てくれ」
真守は風呂敷を解き、ガンツと作り上げた試作品『魔導冷風機・涼風1号』を、マホガニーのテーブルにドンと置いた。
「……木の箱? 魔道具のようですが……」
真守が無言でスイッチのダイヤルを回す。
カチッ。ブゥゥゥン……。
低い駆動音と共に、ルーバーから涼しい風が吹き出し、ユリアンの前髪を揺らした。
「……っ!?」
ユリアンの目が、初めて大きく見開かれた。
彼女は手をかざし、その風の温度を確認する。
「冷たい……? 氷魔法のような冷気、ですが魔石の波動は微弱……。それにこの持続的な風……。こ、これは!?」
扇子を閉じ、身を乗り出すユリアン。
商機を嗅ぎつけた彼女の目は、¥マーク(金貨)の形に輝き始めていた。
「俺達は、この『品』を作れる『頭(設計図)』と技術を持っている」
真守が静かに切り出す。すかさずデュラスが、タバコの煙をくゆらせながら続けた。
「だが、品を作れる『身体(生産ライン)』は限られている。ドワーフの親父一人では、全大陸の需要は満たせまい」
「……なるほど」
ユリアンは瞬時に計算を終えた。
この機械があれば、富裕層は夏を快適に過ごすために幾らでも金を出す。需要は無限大。
「ふふふ……。設計図を提供し、我々が工場を作れば……。製造、物流、販売。人材を出せば、莫大な雇用も産まれますわね。村は潤い、商会は太る」
「これが何を意味するか、お分かりかな?」
デュラスが低い声で問いかける。
ユリアンは艶然と微笑み、真守を見つめた。
「ええ。貴方達は、『金を産む鶏(商品)』として使われるのではなく……『鶏を飼う側(支配者)』になるのですね。……いえ、ならなければならない」
ただの発明家なら、設計図を奪われて終わりだ。
だが、彼らは違う。真守という規格外の供給源と、デュラスという権力、そしてガンツという技術力。これを敵に回すか、取り込むか。
「鶏を飼う為には、狐や狼に襲われない『安全な環境』が必要なんです」
真守は、窓の外に見える騎士団の宿舎(レオパルドのいる方向)をちらりと見た。
「俺はただの教師(一般人)だ。この技術が知れ渡れば、権力者たちは俺を拉致してでも囲い込もうとするだろう。それでは商売どころじゃない」
「その為には、それ相応の『地位』が必要ですわね。……帝国の騎士団長ですら、手出しできないほどの」
ユリアンは扇子でパンと掌を叩いた。
「流石はユリアン殿。話が分かる」
デュラスがニヤリと笑う。
ユリアンは立ち上がり、鍵のかかった引き出しから、一枚の輝くカードを取り出した。
「分かりました。……このユリアンが、マモル様を商業ギルドランク『プラチナ』にして差し上げます」
「プ、プラチナ!?」
後ろで聞いていたフィリアが素っ頓狂な声を上げた。
「マモル、凄いよ! プラチナなんて、一国の王様と対等に商談できるレベルだよ!?」
「ええ。これを持っていれば、商会連合の『最重要保護対象』となります。騎士団如きが不当に拘束しようものなら、商会は全物流を止めて帝国に抗議しますわ」
ユリアンは、プラチナ色に輝くプレートを真守の前に滑らせた。
「その代わり……分かっておりますわね? この冷風機の販売権、独占契約ということで」
「ああ、もちろんだ。パートナーはあんたしかいない」
真守がカードを手に取る。ずしりと重いそのカードは、借金返済の切り札であり、最強の防具でもあった。
「ふふっ……。それでは、契約成立ですわね。マモル様、いいえ、『アルニア冷熱工業・代表』様?」
ユリアンは妖艶に、しかし獰猛な肉食獣の笑みを浮かべて握手を求めた。
真守はその手をしっかりと握り返した。
「よろしく頼むよ、支店長」
こうして、ただの借金持ちの教師・加藤真守は、一夜にして大陸有数の権力を持つ「プラチナランク商人」へと成り上がった。
これでレオパルド対策は万全。
あとは、この発明品で世界を涼しくし、懐を暖めるだけである。




